橘田柑子の場合(1)ー2
アンティーク感が溢れる木の椅子に腰掛けると、すぐさま黒いカフェエプロンに包まれた女性の店員が木の板に挟まれたメニューを運んできた。
「いらっしゃいませ、こちら・・・・」
開いたメニューを木のテーブルに置くと同時に、店員は急にだんまりする。やけに視線を感じる。俺とリイベは息を合わせるように店員の顔をじっと見る。店員は申し訳なさそうな顔で俯いている。そして、そんな彼女の顔を俺は知っている。
「同じクラスの朝霧さんだよね」
何となく重苦しかった空気を打ち破ったのは、リイベのその一言だった。
彼女は謝戸高校の同じクラスである朝霧五十鈴。黒髪を高めのツインテールでまとめ、毛先がカールしているのが特徴であり、早くもクラスのギャルグループの中心となっている女子だ。
「うん、そうだけど・・・・。何でいんの?」
「何となく気になっちゃって。ごめんね、お邪魔しちゃったかも」
「いや、あたしはそういうの気にしないからいいけどさ。そんなことより・・・・」
リイベと会話をしていた朝霧が、流し目で俺の顔を見る。
「君らって付き合ってんの?」
「コ・・・・橘田と私が?」
「そう」
「いやいや、ただの中学からの友達だよ」
「あ、そうなんだ。でも普通は勘違いしちゃうよねー」
朝霧はあからさまな愛想笑いで場を和ませる。
「注文は後がいい?」
「私は決まってるけど、橘田は決まった?」
「俺は何か分からないけど、この『テ』でいいよ」
「じゃあ私は『カフェ・アロンジェ』で」
「かしこまりー」
彼女は木のテーブルに広げられた木の表紙のメニューを閉じ、木のフロアーをコツコツと音を立てながら持って帰った。急な出来事に焦っていた俺も漸く心を落ちつかせ、木の椅子へと深く腰掛けた。・・・・この店、雨漏りが起きたら一巻の終わりである。
「いやぁ、ビックリしたね」
「・・・・そうだな」
「おや、どうしたの」
ついうっかり、俺は不満そうな顔を見せてしまった。というのも、実は俺は朝霧五十鈴という女がどうも苦手なのである。
「今日の学校でさ、朝霧さんと他の何人かで、一人の女子生徒をからかってたじゃん」
「なんだ、あんたも見てたの」
「ああ。見ていてあんまり気分のいいものじゃなかったな」
「ま、女子の間だとよくあるんじゃない。からかわれてた高嶺さんは、一目も二目も置くほどの別嬪さんだし、ソネミもあると思うよ」
その高嶺雪奈という女子は、スタイル抜群で、顔立ちも非常に良く、茶色がかった煌びやかなロングヘアを纏った、まさに傾国の美女という言葉の代名詞と言っていいほどの美少女であるのだが、いかんせん愛想が悪いのだ。
彼女に声をかけるクラスメイトを何人か見たが、すべて10文字以内の言葉で返すほど寡黙であり、表情も非常に硬いため、すでに苗字とかけて「高嶺の花」と男子の間では異名をつけられている。
そんな見た目と性格からなのか、朝霧グループに少し目をつけられているようだ。
「女の世界ではね、見た目が良いとワリを食うのよ」
「それ、自分に照らし合わせて言ってる?」
「まあ、私も少し見た目が可愛いからさ。小・中学校と厄介が多かったもん」
「自分で可愛いとか言うなよ」
「いや、客観的に見たらそうなのかなって」
「さあ、どうかね」
「あはは、釣れないなぁ」