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その7

「僕たちはここで少し休憩してるから先に行っててよ」


「ダメ」


「どうしてですか」


「あたしはおしっこがしたいんだよ!」


「……」


 効太郎と鐘馬の目はまん丸になり、ふたりとも少しのあいだ言葉が出ないでいた。 


「……先に行ってそのへんですればいいじゃないか」効太郎がぽつりとつぶやく。


「いくら先を急いだって、このへんにトイレのある小屋なんかありませんよ」


「そう、秘境だからね」


「秘境ですよね」


「秘境秘境」


「こんなとこでできるわけないでしょ!」


「見ないから大丈夫だよ」


「そうじゃなくて!」


「……そうだなあ、さっきのミミズの化け物が驚いて落ち葉の中から飛び出してくるかもしれないもんな」


「あたし、やっぱりガマンする」


 前を向いた千歳はさらにズンズンと足早に先を急いだ。尿意をごまかすにはそうするしかなかったのだろう。


「誰だっ!」


突然効太郎が大きな声を出した。


「えっ」驚いた千歳が振り返る。


効太郎は瞬間的に走り出していて、あとに残したふたりから見える位置で立ち止まった。

そうしてその場でキョロキョロと周囲を見回している。


やがてあきらめたようにふたりの元に戻ってくると、


「誰かいたよ」


「……そうなんですか。やっぱりあとをつけてきてる者がいたんですね」鐘馬がいった。


「ね。いった通りでしょ」千歳が胸を張った。「煉獄のやつらよ。違いないわ」


「うん……」効太郎はしばし考えるふうな顔つきになり、「じゃ、まだしばらくはしばらくは大丈夫ってことだな」


「えっ」


「効太郎さん、何が大丈夫なんですか」


「まだ向こうはこっちの落とした地図を手に入れてないって意味だよ。もし拾ってたら僕たちのあとをつける必要なんかもうなくなるわけだしね。それどころか落としたってことも知らないはずだよ」


「なるほど。いわれてみれば確かにそうですね」


「効太郎にしちゃ冴えてるじゃない。ちょっと考えりゃ誰にだってわかるけど」千歳が皮肉っぽくいう。


「もちろん、今のが森の動物じゃないとすればの話だけどね……」


 そういうと効太郎はまた、人影の見えたらしい方向に視線をやった。



      ×     ×     ×



「ここ、入るんですか」


 鐘馬が指をさす。

 森を歩いていると、突然洞窟の入り口が目の前に現れた。

 三人は今、そこに立っていた。


「ほら穴ですよ」


「洞窟だねえ」


「洞窟ですよ」


「なかなかますます秘境っぽくなってきたな」


「きましたね」


「で、千歳、ここに入るってわけ? 地図がわざわざ洞窟の中にヒラヒラ舞い込んだ確率は低いと思うけど」


「違うわよ」


 そう答えつつ、千歳は眼前にぽっかり空いた暗闇をじっと見つめている。洞窟はいかにもこの中に入ってみてください的なたたずまいに見える。吸い込まれそうな感じ、というのに近い。


「なんとなくだけど……」千歳は口を開くと「この奥に何かありそうな気がするんだよね、秘境チックなものがさ。ねえ効太郎、あんたの温泉鼻はぜんぜん反応しない?」


「え? うーん、そうだなあ」


 いわれてはじめて効太郎は、鼻を前に突き出すとヒクヒクと動かしてみせた。


「効太郎さん、どうしたんですか」


「どう?」千歳が上目づかいにうかがう。


「あるな」


「え」鐘馬が聞き返す。


「この奥に湯があるな」


「……やっぱり」千歳はひとりうなずいた。


「本当ですか」


「確かに千歳のいった通りだな。あるよ。湯。やっぱり秘湯じゃないかな。僕の鼻がそう教えるよ」


「……やるじゃない。さすが腐っても湯浴一族の王子ね」千歳は感慨深げに効太郎を見つめた。「じゃ、入るしかないわね」


 三人は互いに顔を見合わせると、うなずき合った。


「千歳、この中は暗いから、好きなだけおしっこができるよ」


 一瞬、効太郎をにらみつけた千歳だったが、


「行くよ」プイと顔をそらすと、先頭に立って洞窟の中に入っていった。ふたりの男があとに続く。千歳は胸ポケットからペンシル状のLEDライトを取り出し、内部を照らした。


「洞窟の中の秘湯ですか……。なんだか、っぽいですね」


「確かに。っぽいっぽい」


「ポイポイいってないで足もとに気をつけなよ。すべって転ぶかもしれないから。……わわわわっ、アイテッ!」


 大仰につるっとすべって転んだのは千歳のほうだった。

 つま先が真上の鍾乳石を指すような大胆な転びかただった。


「あ、大丈夫ですか」鐘馬が助け起こそうとすると、照れ隠しもあるのか千歳はその手をやっぱり邪険に振り払ってひとりでヨロヨロ立ち上がった。


「あの……大丈夫ですか」もう一度鐘馬が聞く。


「大丈夫だよ!」すっかりブチ切れている。




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