その64
「意外だ……」
「……え、何?」
「なんだかきみはまるで効太郎に特別な感情を持っているように見えるぞ」
千歳はちょっと焦ったように、
「ちょっと何いってんのよ。旦那さまでもいっていいことと悪いことがあるよ」
「そこで何をモメてるんですか」こちらも拍手の手を止めずに鐘馬がふたりに聞いてきた。
「何でもないわよ。おめでとうおふたりさん!」
千歳は満面の笑顔を作ってみせ、ことさら大きな声で効太郎とアップルビーを祝福した。
効太郎とアップルビーはしあわせそうな顔を向けることで千歳の祝福に答えた。
× × ×
一同は山を下りていく。
青空が広がり、雄大な風景の中、くねった一本道を、アップルビーは効太郎に背負われながら、鐘馬、千歳、瞬太郎とともに、まるでハイキングに来ているかのように、和気あいあいとたのしげな空気をあたりに発散させつつのんびりと坂道を下っている。
背後の空には一同が今までいたところの雲が相変わらずかたちも崩さずに浮かんでいる。
あの中にある『紫の湯』では、まだ箕笠子ひねもすをはじめとする煉獄一族の連中がゴリラ集団と一緒に湯につかっているのだろうか。
「……でも、街に帰ってもこれからが大変だぞ」
瞬太郎がアップルビーを背負いながら歩く効太郎を見ながらいった。「もともと地底人とはいっても何せ人間と金魚が結婚するっていうんだからな。そりゃ世間は黙ってないだろう。悪い意味で有名人にさせられる可能性はじゅうぶん考えられる」
「……ですね」鐘馬が同調した。
「アップルビーちゃんが世間の目に耐えられるかどうか、あたしちょっと心配だな」千歳がいった。
「いや、しかし」と、瞬太郎は千歳に対してむしろ反論し出した。「本当のことをいえば、こんなこといいながら、実はワシはそんなにふたりのことを心配してはいないんだ」
「どういうこと?」不思議そうな顔になって千歳が聞く。
「今までずっとボンクラだと思っていた効太郎のやつ、見事なまでにワシが与えたこの秘境での課題をクリアしたからだよ。ここまでの才覚があれば下界に下りてもきっとうまくやっていけるさ。きっとアップルビーちゃんとしあわせな家庭を築くことだろう」
それを効太郎の背中で聞いていたアップルビーが元気よくいった。
「わたし、湯浴温泉旅館のいいおかみさんになります。お望みならよろこんで客寄せ金魚にもなります。きっと旅館を繁盛させてみせます」
「客寄せ金魚になんかならなくていいよ」効太郎がやさしい声をかけた。「きみは見せ物じゃなくておかみさんなんだから。どっしり構えていればいいんだ」
その言葉を聞いた父の瞬太郎が、ポツリひとりごとのようにつぶやいた。
「……効太郎、おまえはある意味、真のヒーローかもしれんな」
「えっ、どういうこと」耳ざとく効太郎が父に聞き返した。
「いや、別に意味はないさ」
「でも、旅館にはいっぱい温泉があるんでしょ」アップルビーが口を挟む。「わたし、今からたのしみだな」
「いくら金魚でもお風呂で泳いじゃダメですよ、アップルビーちゃん」鐘馬が笑みを浮かべつつ忠告した。
「えっ、泳いじゃダメなんですか」
「……いいさ、目立たなきゃ泳いだって」効太郎が助け船を出す。「金魚は泳ぐのが仕事なんだから。何だったら僕もきみと一緒に泳ぐよ。大浴場でさ」
「じゃ、あたしも泳ぐ。アップルビーちゃん、あたしと競争しよう」千歳が乗り気で口を挟んだ。
「いいですよ。でも泳ぎなら私、負けませんから」
「それなら僕も参加させてください」鐘馬も横から噛んできた。「泳いでいいっていうんでしたら」
「鐘馬、残念だけどきみは誰にも勝てないよ。泳ぎでは」
「えっ、なぜですか」
「鐘馬のいちもつがデカすぎてお湯の抵抗を受けるからだよ。決まってるじゃないか」
「効太郎さん何いってるんですか。全裸で泳ぐわけないでしょう」鐘馬が反駁する。
「いや全裸だよ。だいたい水着で温泉に入ってどうするの。基本的には露天でも水着は邪道だよ」
「あ……それもそうですね。え? じゃ、千歳さんも全裸で泳ぐってことですか?」
「バカ、何いってんのよヘンタイ」
「こらこら、そもそも温泉で泳ぐな」とうとう瞬太郎が一同に注意した。「特別に許すのはアップルビーちゃんだけだ」
「ゴメン、父さん」効太郎がバカに素直にあやまった。
ハッハッハッハッハッハッ。
一同はみなたのしそうに笑った。
効太郎も、鐘馬も、千歳も、瞬太郎も、そしてアップルビーも。
今度こそ誰ひとり欠けることなく、全員が心の底から笑い声をあげた。
みんなで笑うと、いとも簡単に幸せな気分になれることに、この時誰もが気がついた。
(おわり)
「ヒーローズ・ジャーニー」完結です。ありがとうございました。




