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その63


「効太郎……」


 いつになく真剣な効太郎に、鐘馬も千歳も意外の念に打たれている。


「僕らが街に帰ったあとも、きみはたったひとりで誰も訪れない『青の湯』を永遠に守り続けているなんて、想像しただけでも耐えられない気持ちになるよ」


「でも、それは、しかたのないことだし……」アップルビーの声は聞き取れないくらいにちいさかった。「誰かが守っていかないといけないし……」


「本当にそう思ってるの? 本当にしかたがないって思ってるの?」


「わたし……」


「このさいはっきりいったほうがいいよ、アップルビー」


「……いやです」


「えっ」


「……いやです、わたし。あそこでずっとひとりぼっちでいるのは、いやです!」


 とうとう大声でアップルビーは本心をぶちまけた。


「わたし……、みなさんと一緒に山を下りたいです。街へ行って、そこでみなさんと一緒に暮らしたいです!」


「あちゃー」とうとういっちゃったよとばかり、瞬太郎は右手で自分の顔を覆った。


「よくいったね、アップルビー。それでいいんだよ」


 泣き虫のアップルビーは、またしてもぼろぼろととめどなく涙を流しながらおちょぼ口をふるわせていた。


「おい効太郎。おまえそんな無責任なこといっていいのか。だいたい『青の湯』はこれから誰が守っていくんだ」瞬太郎が困った顔で効太郎に問いただす。


「勇者になった煉獄一族の誰かが守ればいいんじゃないの? 勇者なんだから立派な守り神になれるよ」


「しかし……」


「アップルビー、僕と結婚しないか」


 唐突に効太郎がいった。


「えーっ!」


 なぜか千歳が一番大きな声を出した。


「結婚すれば『青の湯』を離れる大義名分ができるだろ。できないかな。いやできる」


「効太郎さん、それ政略結婚じゃないですか」鐘馬があわてた口調でそういった。


「金魚と人間が結婚するなんて聞いたことないよ!」千歳が必死な声を出した。「湯浴一族の血はどうなっちゃうのよ」


「政略結婚じゃないさ。僕はなにごとにも一生懸命なアップルビーを今までずっと見てきて、もし結婚するならこの子しかいないと思ったんだ。ちょうどいいきっかけだし、プロポーズしてみたんだよ。ね、どうかなアップルビー。僕と一緒に山を下りない?」


「……アップルビーちゃん、どうしたのですか」彼女の様子がおかしいのを見て鐘馬が怪訝な顔になった。


 アップルビーは完全に硬直していた。赤い体をさらに真っ赤にさせ、半分白目を剥いている。


「……世間知らずのお嬢さんにはちょっと刺激が強すぎたようだな」瞬太郎がアップルビーの顔を覗き込むようにしてつぶやいた。「お嬢さんといっても、われわれより何千年も長く生きてるが……」


「旦那さま、そんなのんきなこといってる場合じゃないでしょ」千歳が不平をぶちまけた。「効太郎は守り神を秘境から略奪しようとしてるんだよ」


「略奪……」


 千歳にいわれた父親の瞬太郎は不意に目を閉じると、深く考え込む様子を見せた。


 やがてその目をパッと開き、


「すべてはアップルビーちゃんの意志に従うべきだな」悟ったように語った。


「……」千歳は黙った。


「アップルビーちゃん、大丈夫ですか」心配そうな顔で鐘馬がアップルビーを気遣う。


 アップルビーの目に黒いものが戻ったかと思うと、ゆっくりとその焦点が合ってきた。


 まるでずっと気を失っていたかのように彼女はあたりをキョロキョロ見回した。

 彼女を心配する顔が並んでいた。

 その中心に効太郎の顔があった。

 するとアップルビーはまた真っ赤になり、目を伏せてしまった。


「アップルビー」


 効太郎に声をかけられ、おそるおそる彼女は視線を上げる。

 しばらく上気した顔で効太郎を見つめていたアップルビーだったが、意を決したように、はっきりとした口調でいった。


「わたしを……効太郎さんのお嫁さんにしてください! 山を下りたいからいってるんじゃありません! わたし……今の効太郎さんの言葉で決心しました!」


 千歳を除く一同の顔がパッと明るくなった。


「アップルビー、一緒に山を下りよう!」効太郎は両手をアップルビーに差し出すと、彼女はそれをふたつの胸びれで掴んで立ち上がった。


「はい!」


 そうしてふたりはお互いをじっと見つめあった。

 今度はアップルビーも視線をそらさなかった。


 一同から拍手が巻き起こった。


 ただひとり、不平顔だった千歳だったが、こちらのほうもやがて表情を柔らかくさせていき、最初は不承不承だったが、しだいに固い笑顔になって拍手に参加した。

 そんな千歳を見て瞬太郎が拍手しながら、


「これでよかったんじゃないかな」


「あたしは完全に認めたわけじゃないけど、まいいか」




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