その62
一同は、ずっと『紫の湯』につかったままの煉獄の連中からすでに離れ、しばし雲の上の桃源郷のようなこの緑の大地の上にそれぞれ寝転んでたりしゃがんだりしながら思い思いに休息を取っているところだった。
「あの人たちはどうなるんですか」アップルビーが箕笠子ひねもす以下煉獄の連中のことを誰にともなく聞いた。「あんなに長いこと湯につかって湯あたりしないんでしょうか」
「勇者は湯あたりなんかしないよ」千歳がいたずらっぽい笑みを浮かべた。「湯あたりする勇者なんてカリスマ性ゼロじゃない」
「はあ……」もともと彼らからみじんもカリスマ性など感じていないアップルビーは、ただ曖昧にうなずくだけだった。
それどころか、さっきからずっとどこかうかない顔をしている。
「やつらはこれから六つの温泉玉をそれぞれの湯に返しに行かなきゃならないから、地底に戻って総選挙をやるのはそのあとのことになるだろうな。これからいろいろ忙しくなるだろうし、それまでゆっくりお湯につかってるさ」座り込んでいた瞬太郎は、立ち上がると尻をパンパンと払った。
「勇者もつらいね」千歳はむしって口にくわえていた草をフッと吐いた。
「つらいつらい。さあそろそろ行くか。すべては丸くおさまったしな」うながすように瞬太郎が一同を見た。
「行きましょうか。平和に解決できてよかったですね」鐘馬も立ち上がる。
「ほんとだなあ。ほんとだよ」効太郎がうなずく。
「ほんとにね」千歳もみんなの顔を見ながら明るい表情だ。
「これから地球の平和は、ひねもすたち真の勇者がカリスマビームで守ってくれることだろう」瞬太郎。
「とにかく解決してよかった」効太郎。
「よかったですね」鐘馬。
「よかった」千歳。
「ああよかったよかった」効太郎。
ハッハッハッハッハッハッ。
一同が揃って笑い声をあげた。
と思いきや、アップルビーひとりだけは笑っていなかった。むしろ逆にとても悲しそうな顔をしている。
「……アップルビー、どうしたの?」
様子が変な彼女に気づいた効太郎が声をかける。
アップルビーは悲しげな顔で一同を見回すと、
「……そろそろ、お別れなんですね」
ぽつり、そういうと目を伏した。
その言葉を聞いた一同は、彼女が『青の湯』の守り神だったというのをずっと忘れていたことに思い至った。
「……そうか。そうだったよね」
効太郎は毛剃の滝の裏側の、あの暗くて寂しい洞窟の中のことを思い出した。「きみはあそこの守り神だったんだよね」
「……そうでした。ずっと忘れていました」鐘馬の声も心なしか沈んでいた。
「……」
千歳は無言でアップルビーを見つめている。適当な言葉が何も出てこないといった感じだった。
「みなさんと一緒にいられるのも、この雲と、下の山を降りるまでなんですね……」
さっきまでの明るい笑いはどこへやら、一同の中に沈んだ空気が流れ込んできた。
「私は……これから先も、たぶん永遠にあの滝の裏で『青の湯』を守り続けていきます。みなさんとご一緒したことでそれがどんなに大事な使命か改めてわかりましたから。でも、少しのあいだだったけど、あの滝の裏から飛び出してみなさんと一緒に外の世界を旅できたことは、とてもとてもたのしかったです。これから先もずっとずっと忘れません。みなさんがお家に帰ったあとも」
そういうと、アップルビーはつとめて明るい笑顔を作ってみせた。
それでも一同は笑い返すことができないでいた。彼女が無理していることは誰の目にも明らかだったからだ。
「別に……いいんじゃないの、使命なんて」
不意に効太郎がぽつりといった。
「えっ」
アップルビーも、ほかの連中も効太郎を見る。
「イヤなら別に無理して守り神なんて続けることはないよ」
「でも……そんなこといわれても」
「本心はどうなんだ。これから先も、きみはずっとあの洞窟の中でたったひとりですごしたいのか?」
「……」
「効太郎、それをこの子に聞くのは酷じゃないのか」父親が息子をたしなめる。でも効太郎は黙っていなかった。
「本当はいやなんだろ。いやならいやだってハッキリいったらどうだ」
「効太郎さん……」




