その61
「……あの人たち、まだやってます」
アップルビーは少しあきれた表情でひねもす以下煉獄の連中に目をやった。
「あれっ? なんですか。煉獄の人たち以外に誰かいます。全体の数が増えてます。仲間が応援に来たんでしょうか」
「よく見なよ、アップルビー」効太郎が指をさす。
「はい、よく見てます。あっ」
アップルビーが目を見開いた。
煉獄連中を取り囲むようにして一緒にお湯につかっていたのはゴリラの集団だったからだ。
その数およそ二十匹くらいはいるだろうか。
「仲間だとばかり思ってましたけど、よく見るとゴリラさんたちみたいに見えますね」
「見えるはずだよ、ゴリラだもの」
「いつのまに……。それにしてもずいぶんなついてますね」
アップルビーの感想通り、ゴリラ集団は立ち並んで両手を高々と上げた煉獄一族のまわりで、いかにも和気あいあいと、ほほえみあいながら湯をたのしんでいるように見えた。
すっかり目尻の下がったあんな穏やかな顔のゴリラたちの様子は、決して動物園などでは拝めないものだった。
「あのゴリラさんたちは何なんですか?」
不思議そうにアップルビーが聞くと、
「きみには本当に横のつながりがないんだな。彼らは『紫の湯』の守り神さ」瞬太郎が答えた。
「えっ」
「彼らは守り神の中でも特に鉄壁のディフェンスを誇る強面のチームなのだ。それが今は見ろ、聖域を犯す煉獄連中と一緒に『紫の湯』をたのしんでいる。なぜだかわかるか」
「あっ、カリスマビーム」
「その通り。ひねもすたちはあのように集団瞑想しながらカリスマビームを発することで『紫の湯』の守り神たちから争いや憎しみの心、敵意その他もろもろのマイナス感情を浄化しているんだよ。やつらのカリスマビームがなかったら、われわれも今ごろはゴリラ軍団と意に添わない戦いを強いられていたところだったんだ。ワシも素顔を見せるわけにはいかなかったしな」
「親父が正体を見せるとゴリラの守り神たちは敵意をなくすけれど、それじゃ今までの目的がパーになるってことだしね」
「そうだ」瞬太郎が頷く。
「……」
「アップルビー、きみはひねもすたち煉獄の連中がとても真の勇者になったようには見えないっていったけれど、それは正しいんだよ」効太郎が父親の言葉を引き継いだ。「だってきみの心の中は最初からきれいなんだから」
「……え? どういうことですか」
「もともと平和を愛する者には彼らのカリスマ性は伝わらないんですよ、アップルビーちゃん」鐘馬がつけ足す。
「そうそう、七つの湯を制覇したからといって、過剰なまでにヒーロー性を高めるようなことになったら本末転倒だからね」千歳がさらに言葉を足した。
「でも、どうして……」
瞬太郎が説明した。
「真の勇者とは歴史に名をなさず、無名性の中に埋もれて消えていくものだ。世の中を浄化したあと、黙ってその場から去っていき、誰からも忘れられていくのが理想の姿というものだ」
「……はあ」
「勇者が後世の人々により変に神格化されしまうと、場合によっては勇者自身の業績や意志が曲解され、それが極端にひどくなってしまった時、決して本人が望んでいなかった方向へ向かってカルト化した集団が現れるかもしれないし、それが大多数ともなると、頂点に立つ者が歪んだ権力を持つようにもなってくる。そのくせ権力者は勇者の意志を継いでいると信じて疑わない。だから勇者はアイコンにしてはいけないんだよ。最終的にははじめから時代を変えた英雄などいなかったと見なされること、それが真のヒーロー道なのだ。だから箕笠子ひねもすたちが勇者としてわれわれの目に恐れ多く見える必要はないんだ。いやむしろそんなふうに見えちゃいけない」
「……」
理解できたのかできなかったのか、それとも納得できないのか、アップルビーは黙ってしまった。
× × ×
「さあ、ここは勇者様たちにまかせて、僕たち一般庶民はそろそろ山を降りようか」
効太郎がうーんと伸びをして、自然の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「そうですね。もう用事もすんだことですし」鐘馬は眼前に広がる草原をまぶしそうに眺めている。




