その60
「……」
「そこで効太郎さんのお父さんは」と、鐘馬が引き継いだ。「温泉忍者に扮して私たちのあとをこっそりつけてきたというわけなんです」
「……それにしても、ずいぶん手の込んだことをしたもんだね」効太郎が苦笑した。
「さらにワシの旅館に勤める仲居の娘さん、百歳千歳くんを鐘馬くんとともに挙動不審の裏切り者として設定し、状況をできるだけ混乱させ、効太郎を騙すようにし向けたんだ。予想外の出来事に対し、息子がどう振る舞うのか確かめたかったからだ。地図から七つめの秘湯の場所を消したのもそのためだ。そこでおまえがどのように行動するか、その機転を見てみたかったんだよ」
「……」アップルビーは言葉も出ない。しかしそのあとの流れはだいたい理解できた。
まず、自分たちのあとをつけてくる千歳の真意がわからない効太郎は、崖から落ちたのをさいわい記憶喪失のフリをして千歳から本当の目的を聞き出そうとした。
千歳は千歳で合流したのち仲間のフリをして効太郎を出し抜き、自分だけ勇者になる、という役割を演じようとしていた。
さらにギリギリのところで鐘馬もまた効太郎を裏切る演技をして、効太郎を混乱させ試そうとした。
温泉忍者塵芥に扮してあとから芝居に参加した父の瞬太郎も同じだった。
「ちなみにワシの使った鎖鎌はすべてゴム製でな」瞬太郎はゴムの鎌をクニャクニャ曲げてみせた。
それを見てアップルビーがホッと息を吐いた。
「そういうことで、効太郎の勇気と機転を試すつもりでしたことが、アップルビーちゃん、すっかりあんたを巻き込むことになってしまった」瞬太郎がいった。「計画を遂行するためとはいえ、苦しんでいるあんたをお湯に入れて楽にさせてあげるのを後回しにしたのはまぎれもない事実だ。さっきあやまったがもういっぺんあやまるよ、この通りだ」
瞬太郎が改めてアップルビーに頭を下げると、それにならって効太郎、鐘馬、千歳も頭を下げた。
「……もう、いいんです。頭を上げてください」アップルビーが遠慮がちに胸びれをふるふると振った。もう表情には穏やかさが戻ってきていた。
「効太郎さんが私を滝の外に連れ出してくれなかったら、どのみち私は体が乾燥して、ひとり洞窟の奥で苦しみ続けていたんです。効太郎さんは命の恩人です。だから効太郎さんは私に頭を下げることなんてないんです。それに、効太郎さんだって私と同じダマされたクチでしょ」
「いやいや違うよ」頭を上げた効太郎は首を横に振り「外に連れ出したのは秘湯の場所を案内してもらうためだったし、それに煉獄一族の連中を究極の勇者にさせるっていう本当の目的をずっときみにいわなかっただろ」
「あっ、そうか。でも……」
「あたしだって効太郎にはダマされてたんだよ。記憶喪失だなんていわれたからあん時は焦ったじゃない。鐘馬だってそう」千歳が口を挟んだ。
「ワシも効太郎がここまでやるとは思わなかったよ。温泉鼻もこの秘境の中ですっかり鍛えられたようだし、どうやらわが息子は思っていたほどボンクラではなかったようだな」
「あたしもそう思う」千歳にしては珍しく効太郎を持ち上げた。「何だかんだいってもやるべきことはきちんとやりとげたんだしね」
「私も同じです」鐘馬もまた、効太郎を賞賛した。「とっさに記憶喪失のフリをするなんて機転はそう簡単に誰でもきかせられるはずはありません。さすがは効太郎さんです」
「いやあ、鐘馬だってキッチリ僕に合わせてくれたよね。僕をダマすつもりが先に千歳を一緒になってダマしたてくれたんだから。臨機応変さすがは鐘馬だよ。それにくらべりゃ僕はやっぱりボンクラだと思う。地図と一緒におにぎりまで落としちゃったしね。あれは辛かった」
「あ……またおにぎりの話」千歳が呆れる。
「もったいないことをしたよ」
「あの……お話ちゅう申し訳ないんですけど」
不意にアップルビーがおずおずと口を挟んできた。
「わたしの疑問はまだ完全には解決してません」
「……え? まだ何かわからないところがあったかな」瞬太郎が首をかしげてみせる。
「さっきからずっと解決してない問題が残っています」
効太郎はじめ、鐘馬、千歳、瞬太郎が顔を見合わせた。
「煉獄の人たちのことです」アップルビーは一同を見回した。「あの人たちが究極の勇者になっただなんて、私にはどうしても信じられないんです」
「確かにね」千歳がニヤニヤしながらいう。「あいつら、勇者どころか逆に単なるスットコドッコイになったようにしか見えないよね」
「よし、じゃあやつらが今どうしてるか確認しに行くとするか」
瞬太郎の言葉によって、一同は草原から『紫の湯』まで引き返した。




