その59
まだウーッと呻いている千歳を気の毒そうに見やりながらアップルビーがいった。
「千歳くんには悪いことをした」忍装束をパンパンと払い、効太郎の父親、瞬太郎がようやく立ち上がった。「彼女には無理やり協力してもらったからな」
「イテテテテ」頭を押さえつつ、ようやく上体を起こした千歳は、瞬太郎を見上げて「これでいいんですね」
「ああ、ありがとう。すまなかったな」
「えっ? えっ?」アップルビーがキョロキョロとふたりを見比べている。
「アップルビーちゃん、きみにはほんとに申し訳ないことをした。今回の件、きみが一番の被害者だといっていい。許してくれ。この通りだ」
瞬太郎が深々と頭を下げると、千歳もそれにならって、
「ビーちゃん、今までつらく当たってほんとにゴメン。私、心の中じゃずっと泣いてたんだよ。イテテ……。それもこれもすべて湯浴一族のためだったんだ。いくらでもあやまるから、私のことをキライにどうかならないでほしい。ゴメンっ」そういうとアゴが自分のふとももにくっつくくらいの勢いで頭を下げた。
「効太郎さん……どうなってるんですか」両者に挟まれ困惑しきりのアップルビーが、すがりつくような目で効太郎に助けを求めてきた。
「一番あやまらなきゃいけないのは僕だよ。結果的にきみを巻き込んでしまったんだからね。どうか許してほしい」そういうと効太郎も、小島の時に続いて改めてアップルビーに深く頭を下げたのだ。
「ええーっ、そんなに頭を下げられてばかりじゃ私困ります!」何がなんだかわからないアップルビーはとうとう取り乱しはじめた。
「いやあ、パニックになりかけのところ申し訳ないんだが……」本当に申し訳なさそうに御影山瞬太郎が頭を掻きつつ「まだひとり残ってるんだ」
そういって、倒れている鐘馬に視線をやった。
鐘馬は、これまたうぅーんとばかり、ちょうどいいタイミングで息を吹き返し、上体を起こすと、一同の注目の視線が自分に注がれているのを知った。
「……もう、お芝居は終わりのようですね」
落ち着いた口調で一同を見回す。
「……」アップルビーは絶句している。
「ま、僕には最初からわかってたけどね」効太郎がこともなげにいう。
「ほんとですか」鐘馬は立ち上がるとこちらに近づいてきた。
「そりゃそうさ、いくつからのつきあいなんだよ。鐘馬があんなキャラじゃないってことくらい最初っからお見通しだよ」
「完璧に裏切り者になりきったつもりだったんですが……」
「甘い甘い。その点親父は立派だったよ」と効太郎が自分の実の父親に目をやった。「親らしさを完全に捨て去って、いもしない温泉忍者としてアップルビーに死ぬる死ぬるって冷たくいい放ってたところなんかまったく演技賞もんだったよ」
「いやあ、あれは芝居とはいえわれながら心苦しかったよ。全部おまえの行動にどんな影響を与えるか見るためだった」瞬太郎が頭を掻く。「アップルビーちゃんは人知を超えた守り神だから簡単に死ぬわけがないのはわかってたんだが、千歳くんが芝居を忘れて本気で怒り出してしまってな、途中から完全に本物の温泉忍者扱いだったよ……」
「だって……いくら旦那様の芝居でもあれはひどすぎると思って、つい……」千歳が抗弁した。
「全部が全部示し合わせた芝居ってわけじゃなかったんだね。ま、千歳はもともとああだからな」
「ああって何よ」
「それってことさ」噛みついてきた千歳の態度を指摘するように、効太郎が怒る彼女のことををアゴで示した。
「でも、千歳さんをマジにさせたほど旦那さまの演技は完璧だったのに、よく見破りましたね。さすがは効太郎さんです」鐘馬が感心したようにいう。
「いや、ワシが例の小島の『黄の湯』で泳ぎさえしなければよかったんだ。あまりにもお湯が気持ちよかったものだからついあそこで脱いでしまったんだ」
「しかもぜんぜん泳げてないし」効太郎がまぜっかえす。「尻がプカプカしてただけだったじゃないか。あれには煉獄の連中もすっかりあきれてたよ」
瞬太郎がまた頭を掻いた。「いやぁ、面目ないの巻」
ハッハッハッハッハッハッ。
「いいかげんにしてください!」
目にいっぱい涙をためながらアップルビーが怒鳴った。
彼女のそんな様子を見たのははじめてだったので、皆、意外な顔をしてアップルビーに注目した。
「……そうだったな。彼女をひとり蚊帳の外にしてしまったよ。これじゃ何がなんだかさっぱりわからないのも無理はない。おい効太郎、おまえにはもう完全に全部が全部わかってるのか」瞬太郎が聞いた。
「はあお父さん、だいたいは」
「じゃあアップルビーちゃんにはちゃんと説明してあげなきゃいけないな。要するにワシは、この秘境を訪れる前にふたつの目的を息子の効太郎に託したんだよ」瞬太郎が説明する。「ひとつは簑笠子ひねもす以下煉獄一族の連中を究極の勇者にさせて平和を愛する者たちに変えてしまうこと、もうひとつはボンクラ息子の効太郎に秘境行きのミッションを与えて逞しく成長してもらうことだったんだ」




