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その57


「うるさいの巻。人のことはほっといてくれの巻。それより念仏でも唱えとけの巻」塵芥はくるくると鎖鎌を回しはじめた。


「待てそこの変な忍者。われわれは究極の勇者の名にかけてここでそんな刀傷沙汰は許さないぞ」


 ひねもすの号令一下、煉獄一同はザッと一歩前に出た。

 皆の玉袋が揺れた。


 両目を閉じたひねもすは千歳に向けていた両手を、今度は高々と空に掲げ、ほかの者たちもそれにならった。

 まるで新興宗教か何かの儀式だ。


 彼らの体からひときわ強い光が発せられた。


「見ろアップルビー」効太郎が煉獄の連中を顎で示した。「あれが究極の勇者のカリスマビームだ」


「カリスマ……ビーム?」アップルビーはぽかんとした顔をしている。


 千歳は、どこか芝居がかったひねもすたちの振る舞いにすっかりシラケ顔だ。

 塵芥も鎖鎌を回しながら不思議そうに彼らの放つ光を見つめている。


 ひねもす以下煉獄一族の発する光は周囲を明るく照らしてはいるが、ただそれだけのことだった。

 恍惚としているのは当のひねもすたち煉獄の連中だけだった。


「……あんたら何、してんの?」


 思わず笑みさえこぼしながら千歳が聞いた。

 相手は忘我の境地にでも入っているのかまったく誰の言葉も聞く耳持たない。


 鐘馬も効太郎をうしろからはがいじめにした状態のままで、煉獄一族の行いを怪訝そうに眺めていた。

 効太郎はこの隙をついて体を自由にすることもできそうなところだったが、彼自身も煉獄一族の放つ光に気を取られていて、じっと動かずにいた。


「あの……効太郎さん」アップルビーがおずおずと話しかけてきた。「私……あの光を見ても何も感じないんですけど。究極の勇者になった人たちがこんなにいるのに、それでも千歳さんは地上の侵略をあきらめようとしないじゃないですか。あの人たちのカリスマ性ってどこにあるんですか。あっ!」


 突然アップルビーの体に塵芥の鎖鎌が巻きついた。


「アップルビー!」


 思わず効太郎は飛び出して行こうとしたが、その時に改めて自分が鐘馬にはがいじめにさせられていることに気がついた。

 鐘馬のほうもハッとなって力をこめなおした。


「キャーッ!」


 アップルビーはそのまま湯から引きずり出され、ブーンと中空で弧を描くと、岩場の上に戻っていた塵芥にキャッチされた。

 相当長い鎖のようだった。


「効太郎、アップルビーは人質に取ったぞ。邪魔者のいないところで勝負しろ!」同じくいつのまにか岩場に後退していた千歳が怒鳴った。「鐘馬、鐘馬、おまえもこっちへ来い!」


 効太郎をはがいじめにしていた腕をスッと離した鐘馬は、効太郎に一瞥をくれるとバシャバシャと湯を駆けていき、高々ジャンプして千歳、塵芥のいる岩場に降り立った。


 塵芥はアップルビーの腰に手を回し、ぶら下げるようにしている。

 彼女はもはや抵抗する気力も失っているかのように、ただ悲しげな顔でされるがままになっていた。


 千歳たちは岩場の陰にスッと姿を消した。


 その間、ひねもすたち煉獄一族の連中は、まだずっと湯の中で両手を差し上げて意味不明の光を放ったままそこにじっと立っている。


 彼らをチラと見た効太郎は、急いでこれも湯の中をしぶきを上げながら走り出し、ジャンプすると岩場にしがみついて、千歳らのあとを追った。 



      ×     ×     ×



 そこは平原だった。


『紫の湯』から岩場を越えると突如広がった見通しのいい大地は、足もとに絶えず雲が流れている。


 今、二十メートルほど前に千歳、アップルビーを抱いた塵芥、そして鐘馬が横並びに立っており、効太郎が追って来るのを待っていた。


「来たか効太郎」千歳がいった。


「来たよ効太郎」効太郎が答えた。「アップルビーを離せ」


 塵芥があっさりとアップルビーを離した。

 アップルビーはドテッと地面に落ちた。

 彼女は千歳を見上げ、


「千歳さん……これから何をするつもりなんですか」


「危ないからあんたはどっかに行ってて。そこにいると邪魔」


 千歳は前を見たままアップルビーに警告した。


「なんで効太郎さんと戦わないといけないんですか。煉獄一族の人たちはもうすっかり心を入れ替えたじゃないですか。もう誰とも戦う必要なんかどこにもなくなったじゃないですか」


「塵芥、黙らせて」


 塵芥は黙ってふたたびアップルビーの腰を抱き上げるとトコトコ歩き出した。

 そのまま邪魔にならないところまで運んでいく。


「鐘馬さん! 鐘馬さん! どうしてですか。あんなになかよくしてたのに。効太郎さんと幼なじみなんでしょ。一緒に苦労してここまで旅してきたんでしょ。どうしてですか。どうしてこんなことになっちゃったんですか」


 誰も答える者はなかった。

 鐘馬はアップルビーを一顧だにしなかった。無言で効太郎にまっすぐ視線を据えたままでいる。




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