その56
「鐘馬さん! いったいどういうことですか?」
アップルビーは目を白黒させ、急に人格が変わった鐘馬を見つめる。
「見ての通りよ。あたしたちは最初っからグルだったの」千歳が答えた。
「そんな……」
「煉獄一族が地上に攻めてくるっていうのにヘラヘラしてる効太郎さんを見て私は湯浴に見切りをつけたのです。次期頭首がこの方じゃ湯浴一族に未来はありません」
鐘馬は今までとは打って変わって冷徹な表情をしている。
さっきからずっと鎖鎌を振り回し続けている塵芥が鐘馬の言葉を受けて、
「それで鐘馬殿は拙者たち羅鈍一族と結託したの巻」
「う……ううん」効太郎が呻いたかと思うと、自分の頭に手をやった。「お湯の底で頭を打った……」
どうやら会話ができるほどには回復したようだ。
「……効太郎、あんたほんとは前から薄々感づいてたんじゃないの? 鐘馬のこと」
千歳が皮肉な笑みをまじえながら、一層悪い目つきで効太郎のことをにらみつけた。
「それに鐘馬、あんたもあんたよ。あたし、あんたの記憶喪失が本物かどうかずっとわからなくてヒヤヒヤしてたんだから。あたしがずっとあんたにアイコンタクト取ってたの気がつかなかったの?」
「……いえ、気がついてはいたんですが」鐘馬が申し訳なさそうに「何しろ効太郎さんは勘だけはいいものですから、私たちがグルだってことを悟られないようにするためには千歳さんのことを無視し続けるしかありませんでした」
すると効太郎が、鐘馬にはがいじめされた状態のままで急に大きくうなずいたのだ。
「ああ、ああ、あれはそういうことだったのか」
「……何よ」
「道理でずっとショボショボした目で鐘馬のことを見てるなあって思ってたんだ。要するにあれはアイコンタクトだったんだね」
「……チッ、あたしのことをバカにできるのもこれでもうおわりよ。塵芥、そろそろ勝負をつけて」
「ラジャーの巻。効太郎殿、悪く思うなの巻。ターッの巻!」
塵芥が効太郎めがけて鎖鎌を投げた。
分銅のついているほうではなく、半月形の鋭い鎌のほうを。
キラリと刃が光り、そいつはもう効太郎の胸のすぐ前にあってほとんど心臓をえぐる寸前だった。
「キャーッ!!」
アップルビーは絶叫して左右の胸ビレで両目を覆った。
そこへ、すばやく太い光が差し込んできたかと思うと、光線を浴びた鎖鎌は、ポチャンとお湯の中に落ちた。
おそるおそる両手を目から離したアップルビーは、まだ無傷のままでいる効太郎の姿を認めると、ホッと安堵の息を吐いた。
次に光の出どころを目で追うと、ひねもす以下、煉獄一族の連中が、湯から立ち上がった状態のままそれまでより一層強い光を全身から発していた。
「おい、醜い争いはもうやめようぜ。ストレスがたまるだけだ」
落ち着き払った口調のひねもすが千歳たちに対し、いちもつをぶら下げたままの状態でシリアスにいった。
「この『紫の湯』を血に染めるなんてぶっそうなことはやめてほしいのね」
「まったく無意味なので御座候」まるひに続けて臭左衛門も「われわれはもう地上も地底も支配するつもりはないので御座候。従って羅鈍のそなたらが地上を侵略する理由はなくなったはずで御座候。これからそなたらがやろうとしていること、今やっていることにはなんの意味もないので御座候」
「その通りだ。この期に及んで暴力など何も生み出さないぞ。措け措け」最後に鵯兄弟も参加した。
「調子のいいこといわないでよ!」思わず千歳が怒鳴る。「今までさんざん地底で悪政を働いたあげく、地上に出てきてそこも全部自分たちのものにするなんてずっと息巻いてたくせに。あたしたち羅鈍一族があんたら煉獄一族のおかげでどんだけ虐げられてきたかわかってんの? 湯浴一族と一緒に地上に追いやったのもあんたらのせいでしょ。それが今になって何? もう地上の侵略はやめました? 羅鈍の連中も無意味なことはやめろ? ふざけないでよね。あんたたちがフヌケになった今、あたしたち羅鈍一族が取ってかわるのはとうぜんの成り行きなんだよ。これは復讐よ。何が非暴力よ、何が融和友愛の精神よ、甘いこといってるから支配されてしまうんだよ。そんなお花畑みたいな考えが通用すると思ってんの? 殺らなきゃ殺られるんだよ。あたしたちに身を持ってそのことを教えてくれたのはあんたたちでしょ。それに、あたしたちを丸め込んで永遠に地底の故郷に帰れなくさせた弱腰の湯浴一族だってあたしは許さない。だからひねもす、効太郎、ふたりともこの地で永遠に行方不明になってもらうよ」
「鐘馬、ほんとにきみも同じ考えなの?」
効太郎は依然として自分をはがいじめにした状態のままでいる鐘馬に、首を不自然にうしろにねじるようにして聞いた。
「ええ、私の父上だってもともとあなたのお父様の考えには反対でしたからね」鐘馬が答える。「私たちはあくまで地底で煉獄一族と最後まで戦うべきだったんです。だからこそ私は羅鈍と結託する道を選んだのです。煉獄より先にこの地上を支配して、それから地底に取って返して煉獄一族を完全に滅ぼす、これが私たちの考えたことなんです」
「おいひねもす。完全に無力化したおまえら煉獄一族はあとまわしだ」千歳はありったけの軽蔑のまなざしをひねもすたちに向けた。「何がカリスマよ、何が究極の勇者よ、何がみんなでなかよくよ、おいひねもす、悔しかったらあたしと勝負する?今ここで」
「俺たちは暴力を決してふるわない。でも暴力をふるう者を決して許さない。なぜなら、俺たちは平和を愛する究極の勇者だからだ」
「じゃどうすんのよ」
「私たちがあんたの暴力を引き受けるのね」かわりに毟沢まるひが答えた。
「効太郎を傷つけるのならわれわれを先に傷つけるので御座候」臭左衛門が続ける。
「他人の痛みを引き受けられるのは勇者の本懐だ」さらに鵯兄弟が言葉を引き継いだ。
「おまえの気がそれで済むんなら、憎い煉獄一族に今ここで復讐するがいいさ。俺たちは一切抵抗しない。それは誓おう」
簑笠子ひねもすはすべてを受け入れるというポーズなのか、両手を千歳に向けて差し出した。
「フン」千歳は鼻で笑った。「哀れなもんね。フヌケになったおまえらにもう用はない。あとでゆっくりひとりずつ私たち羅鈍一族の恨みを晴らさせてもらうから。それより今は」と鐘馬に身動きを封じられている効太郎のほうを向き「あんたが先よ効太郎。さあ、塵芥」
すると塵芥は、またしても懐中から別の鎖鎌を取り出して、その刃先をギラリと光らせた。
「それ、いくつ持ってんだよ」あきれた顔で効太郎がいった。「よくそれできみの懐がズタズタにならないね」




