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その54


 アップルビーは、それでもまだ納得できない顔をしている。


 なんといってもその最大の理由は、ひねもすたちがまったく究極の勇者っぽく見えないところにあった。勇者を勇者たらしめるカリスマ性がゼロのところだった。

 なので効太郎の話を聞いても納得した様子には見えなかった。


「フン、そんなことだと思ったよ」


 どこからか声がした。


 一同が声のしたほうに目をやると、広い湯だまりのまんなかに当たるここから二十メートルくらいは離れた大きな岩の縁に、千歳と塵芥が並んで立っていた。

 ちょうど湯に入っている者たちを上から見下ろす感じだ。


「『究極の勇者』だなんて、何か裏があると思ったんだ。なんのことはない、おまえらはただのフヌケにさせられただけじゃないか」


「あの……誰か大声で何かいっておりますが」鵯兄弟がひねもすにいった。


「千歳だ。……やっと来たな。おーい千歳、遅かったじゃないか。ここまで来るのに迷わなかったか。迷うわけないよな。山の頂上まで一本道だったんだから。来られやすいように温泉玉もそのまま置いといたし。おまえらもどうだ、この湯、気持ちいいぞ」


 ひねもすが親しげな態度で千歳たちに呼びかける。


「冗談やめてよね。あー、あたしたち、ほんとに七つの秘湯なんか制覇しなくてよかった。効太郎、全部あんたの罠だったんだね。記憶喪失のこともウソだったんだね」


「悪かったよ」効太郎は素直に詫びた。「でもお互いさまだよね」


「アハハハの巻、違いないの巻」塵芥が笑う。そこには少し余裕も感じられる。


「そのことはもういいよ。あんたたちの無様な様子を見て、あたしたち羅鈍一族の勝利を確信したから。あんたたちはそこでいつまでも裸で乳くり合ってればいいんだよ。あたしたちは山を降りてこれからちょっと地上を侵略しに行ってくるから。行くよ塵芥」


 その場を離れようとする千歳だったが、芝居がかったポーズで塵芥が呼び止めた。「ああ千歳殿、しばし待たれよの巻」


「どうしたのよ」


 ピタリ止まった千歳に対し、


「見るの巻。きゃつら、まだお湯にのんびりつかったままでアホみたいな面してこっちを見てるの巻」


「それがどうしたの。アホだからでしょ」


「どうも拙者には匂うの巻。あの態度も何かの罠のように思えるの巻」


「何の罠」


「わからないの巻。でもわれわれ羅鈍一族が行動開始するって宣言してるのに、いくらフヌケになったとはいえあの態度は不自然な気がするの巻。内心何か企んでいるに違いないの巻。煉獄のやつらの体がボーッと光ってるのも気になるの巻」


「……そうかな」塵芥の言葉に多少千歳の心が揺れたように見えた。


「ここは念のため、まずはフヌケになったきゃつらを叩いておいたほうが得策ではないかと思うの巻」


「うーん、確かにそうね」


 千歳は塵芥のアドバイスに従う気になったのか、またしても効太郎や煉獄一族のほうに体を向けた。


「厳正なる会議の結果、地上侵略の前にまずあんたたちを叩きのめすことにしたから」


 そう宣言すると、岩場から空高くジャンプして、塵芥とともに『紫の湯』にしぶきをあげてザブリと飛び込んできた。


 すっくと立ち上がると「覚悟はいい?」


 そのとなりでは、塵芥が懐から鎖鎌を取り出してジャラジャラと振り回しはじめた。


 さっきからの千歳らの会話をずっと聞いていた一同は、相変わらずお湯に肩までつかった状態で、特に緊張感を表すこともなく、まるで物珍しい見せ物を見ているかのような視線を向けている。


「調子狂うわね。さあ、向かってきなさいよ」


「ヘイカモンの巻」


 ジリジリと微妙に湯の中を移動しつつ敵をにらみつけている千歳と塵芥だったが、効太郎やひねもすたちは不思議そうに相手を見つめているばかりで、そこからまるで戦意を立ち上らせてこようとしない。


「く……」千歳の眉がますますつり上がってきた。「バカにして……」


「そんなことより千歳、きみも肩までつかったらどうだい。塵芥さんも」効太郎が声をかけた。「この湯、結構気持ちいいよ」


「おあいにくさまね。あたしたちはそこにいる煉獄様のおかげでほとんど秘湯には入れなかったの。この湯に肩までつかったって究極の勇者にはなれないんだよ。フヌケの勇者にはね!」


 おもいきりあざけりの気持ちをこめて吐き捨てる千歳だったが、ひねもすたちは互いの顔を見合わせるだけで、千歳のいったことの意味がまるで理解できないといった面持ちだ。




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