その51
× × ×
最初、霧か靄みたいなものが視界いっぱいにたちこめていて何も見えなかったが、しだいに晴れていくと、雲の中の世界の全貌が姿を現した。
効太郎たちはゆっくりとせりあがってくる感じで雲の上にニョッキリ体を出した。
「……」
キョロキョロとあたりを見回す。
光による移動が完了し、体が完全に静止した時には、三人は大地にしっかりと足を下ろしていた。
くるぶしのあたりまで霧がただよっているので地面はよく見えなかったが、おそるおそる足を前に踏み出すと、固い地面はしっかりと足もとを支えていた。
地上の秘境にいるのと風景にさしたる違いはなかった。
緑は萌え、なだらかな丘の斜面があって、思ったより広い。
ただし地平線の向こうには雲の壁が垂直にあって、そこで世界が終わっていることを示していた。
「『紫の湯』はどこだろう」
「あの丘の向こうじゃないでしょうか」鐘馬が指をさす。
三人は互いにうなずき合うと、丘を目指して歩きはじめた。
× × ×
「あっ」
アップルビーが思わず声をあげた。
丘を越え、岩場を登ると『紫の湯』はすぐに見えてきた。
結構広大な湯だまりだ。今までで一番広い。
そこにはすでに、箕笠子ひねもす以下煉獄一族の連中がいて、ゆっくりと湯につかっているところだった。
皆、気持ちよさそうだ。
湯は岩々に囲まれていて、身を隠すにはもってこいだ。
連中はこちらにまったく気づいていない。
「……とうとうあの人たち、七つの秘湯を制覇したんですね」アップルビーは絶望的に漏らした。
効太郎と鐘馬は黙って湯気の向こうのひねもすたち煉獄一族の様子を見ている。
「……思った通りだな」効太郎がふとつぶやくようにいった。
「ですね」鐘馬があいづちを打つ。
「あの……何がですか」
「ねえアップルビー、あいつらをよく見て」
「あ、はい」
改めて彼女は目をデメキンのようにさせて湯の連中をよく観察した。
「お湯に入ってます」効太郎の顔を見て、そのままを報告した。
「うん。ほかには」
「はい」もう一度観察する。「裸です」
「うん。ほかに何かある?」
「はい。えーと、あっ、女の人」
「毟沢まるひ?」
「はい。あの人も裸で一緒に入ってます」
「えっ?」効太郎と鐘馬は驚いて思わず身を乗り出した。
「なあんだ、よく見ろよ。彼女だけ水着を着てるじゃないか」
「あっ、ほんとですね」
「びっくりしたよ」
「私もびっくりしました」なぜか鐘馬が胸を撫でおろした。
「あの……それが何か」
「いや、そうじゃなくて、あいつらのことをもっとよく見てみろよ」
「はい」
「何か気がついたことはない?」
「はい。えーと、あ、あれは……」
「何かわかったか」
「はい。あの人たち、ちょっと光ってます」
「そう、光ってるだろ」
「はい。ここのお湯って、そんなに肌がツヤツヤになるんですか。でもそうでしょうね。ここまでずっと秘湯めぐりをしてきたんだから、そりゃお肌もきれいになるでしょう。ピカピカですよ。でも、あんなに光るものなんですね」
そういいながら、なおもじーっと湯の中の煉獄たちを観察していたアップルビーだったが、何を思ったのか、急にプッと吹き出した。




