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45/64

その45


「……」千歳は無言になった。


「私……効太郎さんたちが戻ってからいいます、『紫の湯』の場所を」


 そこに忍装束を着終えた塵芥が灌木を回り込んで『橙の湯』にやって来た。


「千歳殿、どうかしたのかの巻」


「……いや、別に」そういって千歳は橙の温泉玉を塵芥に渡した。


 受け取った塵芥はほかの玉が入った袋に入れた。

 その袋は腰にぶら下がっている。


「千歳殿、これ以上アップルビー殿をダマすのは無理の巻」


「えっ……ダマすってどういうことですか」アップルビーは聞き逃さなかった。「効太郎さんと鐘馬さんはほんとはどこにいるんですか」


「あのね」急に千歳は険しい顔になってアップルビーをにらみつけた。


「あたしはあんたの命の恩人なんだよ。あんたが助かったのはあたしがこの湯に入れてあげたからじゃない。もうちょっと遅れていたら、あんた死んでたんだよ。もうちょっと感謝の気持ちがあってもいいんじゃないの?」


「あ、そうでした。その通りですね。ほんとにゴメンなさい」アップルビーは深く頭を下げた。「悪気はなかったんです。それから、助けてもらってどうもありがとうございました」改めて礼をいった。


「いいんだよそんなこと。仲間でしょ。仲間ならとうぜんのことだよ。で『紫の湯』はどこにあんの」


 アップルビーの表情に、今度は怯えの色が浮かびはじめた。


「千歳さんの顔……なんかこわいです」


「こわくて悪かったわね。これは生まれつきなの。効太郎がいないとそんなにいいたくないの? そんなにあたしが信用できないの?」


「でも……私……」もじもじと左右の胸びれをこすり合わせている。


「さあ、湯に入れてやったんだから少しでも恩義を感じたら最後の湯の場所をいえ」


「やっぱりダメです。私、いえません」


「こんなこといいたくないけど、無理にでも吐かせることになってしまうよ」


「千歳さん……どうしちゃったんですか。何があったんですか。おかしいです。こんなのおかしいです。ほんとに千歳さんなんですか。教えてください。効太郎さんと鐘馬さんに何があったんですか」


 千歳は何もいわず、鋭い目でアップルビーを見つめながら、塵芥とともにジリジリとにじり寄ってきた。


「私、脅しには屈しません。千歳さんはほんとはそんなに悪い人じゃありません。私にはわかっています」あとずさりしながらアップルビーが懸命にまくしたてる。


「……しかたない」


 千歳がピタリと体の動きを止めると、


「ここでいつまでも時間を食ってるわけにはいかないし。塵芥」


「何の巻」


「手荒な真似はしたくなかったけど、アレをやるんだ」


「……アレをやるのかの巻」


「……な、何をするんですか」


 アップルビーはキョドりながら千歳と塵芥を交互に見やる。


 いっぽう、木陰から見守っている効太郎と鐘馬は、緊迫した場面に顔を見合わせ、今にも飛び出していこうとしているものの、うしろから鵯兄弟に刃物を向けられているので容易に動けない。


 さらにそのずっと背後の森の暗がりから、湖のほとりで効太郎たちが倒した五人の煉獄兵たちが遅れてここまで泳いできたらしく、これまた弓を引いてふたりに狙いを定めているところだった。


「あの金魚が最後の湯の場所を吐くまでそこでじっとしてろ。声もかけるな。わかったか」


 ひねもすがふたりに注意した。


 しかたなく効太郎たちは前に向き直ると、ただなりゆきを黙って見ているほかになかった。


「効太郎さん」


「うん、いくら裏切り者でも千歳がアップルビーに手荒な真似をするとは思えないけど……」


「そうですよね。あれだけ彼女のことを心配してたんだから」


 そんなことを話しつつ様子をうかがっていると、千歳が無言で塵芥にうなずきかけたのがわかった。


 塵芥はうなずき返すと、いきなりアップルビーのうしろに回って彼女をはがいじめにした。


「あっ」


 そして千歳がアップルビーのまん前に立ち、両手の指を鉤型に曲げるながら腕を伸ばすと、アップルビーの全身をいきなりくすぐりはじめたのだ。


「アハハハハ、アハハハハ、やめて、やめて、アハハハハ」


 アップルビーは身をよじりながら塵芥から逃げようとする。


「……え」




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