その42
「ほうっておけ」
ひねもすが吐き捨てる。
「湯浴の二代目がボンクラだってことはこれで証明されたようなもんだ。仲間に裏切られてボサーッと突っ立ってやがる。こんなやつに何ができる。究極の勇者とやらにさせない限りわれわれ煉獄一族が地上を支配するのはほとんど確定したようなもんだ」
そうして効太郎に面と向かって、
「おい、二代目。これで勝負は決まった。おまえら湯浴一族の連中は地上でのほほんと暮らしてるうち完全にフヌケになってしまったな。だいたいおまえらにはぜんぜん緊張感がないんだよ。いったいこの秘境に何をしに来たんだ。温泉旅行じゃないんだ。ピクニックじゃないんだ。遊びじゃないんだ。命をかけた一族どうしの戦いなんだ。おまえらが究極の勇者になれないのは自然の理だったんだ。おまえらは秘湯じゃなく町に帰っておまえんちにあるぬるま湯にでもつかってろ。俺たちはあの金魚を奪還して最後の『紫の湯』の場所を聞き出し、見事究極の勇者になってやるよ。そうして地上侵略開始だ。おまえら湯浴一族をヒエラルキーの最下層に落としてやる。ヒーローには俺がなる。俺が温泉族の長になって歴史に名を残す。ああなんてストレスの吹き飛ぶ夢だろう。悔しいだろう。さぞかし悔しいだろう。もともと七つの秘湯の秘密はおまえの親父が握ってた門外不出の情報だったんだからな。秘密ってのはバレるもんだ。おまえらはこのまま家に帰るなり、俺の勇者ぶりに刮目するまでつき合うなり好きにすればいい。じゃあな」
気持ちよさそうにまくし立てると、湖に浮かべたボートに乗り込んだ。
すでに三台のボートには毟沢まるひ、鵯兄弟、散蓮華臭左衛門とあとふたりの弓兵が分乗していた。
湖の岸には残り数人の煉獄兵と、そして効太郎と鐘馬が残るかたちになった。
ボートの上のひねもすはニヤニヤした顔で彼らを見ながらやがて、同乗している鵯兄弟の漕ぐのに合わせてゆっくりと湖の中にちいさくなっていった。
「……行ってしまいましたね」鐘馬がぽつりといった。
「ずいぶんないわれようだったな」
「確かに、ずいぶんないわれようでしたね」
見ると、岸に残った煉獄兵たちが警戒するようにこちらに視線を向けている。
中のひとりが明らかにこちらに対して身構える姿勢を取った。
「若はああおっしゃったが、やっぱりわれわれはおまえたちを黙ってここから帰すわけにはいかない」
「戦うっていうのか」効太郎が煉獄の連中のほうを向く。
「倒すのだ」
「あなたたちはそんなに湯浴一族のことがきらいなのですか」
「われわれが地上を支配すると今度こそおまえたちには逃げ場所がなくなるからな。たとえ二代目がボンクラでも湯浴一族である限り油断がならん」
「えっ、きみたちまで僕のことをボンクラ呼ばわり?」
「知れたことよ!」
その言葉を合図に、五人の煉獄兵たちは、一斉に効太郎と鐘馬に飛びかかってきた。
ふたりはすばやく体をかわすと、逆に敵を次々に投げ飛ばしていく。
「うおっ」
「ぎゃっ」
次々に水音をたてて、煉獄兵は湖に落下する。
それでもひるまず水を滴らせながら立ち向かって来る敵に対し、効太郎と鐘馬はその場からあわてて逃げ出した。
すると今度は、ふたりの背後から風を切る矢が飛んできたのだ。
そのうち最初の一本がギリギリ脇をかすめていき、ハッとなった効太郎が振り返ると、すでに二弾三弾の矢がこちらに向かって飛んできているのがわかった。
効太郎は鐘馬とともに矢をヒョイヒョイかわすと、隙を見てふたりで地面の小石を拾い上げ、敵どもが弓を構えているあいだにおもいきり石を敵に向かって投げた。
「あいたっ」
「てーっ」
声が聞こえてきた。ことごとく命中したらしい。弓兵は一気にバッタリと倒れた。
もとの場所に足早に戻ってくると、倒れて呻いているのは三人だった。
あとふたり足りない。
「残りはどこだ」
「どこでしょうね」
キョロキョロしていると、背後の木陰からいきなり飛び出してきた残るふたりの敵兵に効太郎と鐘馬ははがいじめにされた。
刹那、ふたりは両膝を地面について敵兵どもを前のめりに回転させるように投げ倒した。
「うっ」と声を上げたふたりの敵兵はそのまま気を失って動かなくなった。
効太郎と鐘馬は立ち上がって息を吐くと、まわりを見回した。
「なあんだ、僕たちって結構強いんだな」
「わりとやるもんですね」
「そういえば僕らって『赤の湯』で襲われた時も敵をバッタバッタやっつけたよな」
「そうでしたね」
「僕らは最初から究極の勇者なんじゃないのかな」
「それは……どうでしょうか」鐘馬が少し首をかしげた。「強いっていっても五人倒しただけでしょ」
「ああそうか。百人くらいいっぺんに倒せば究極の勇者かもしれないね」




