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その39


「え? の巻」


「いや、だからどうして『橙の湯』と『黄の湯』がこの湖の小島にあるってことがわかったんだよ」


「それは僕の温泉鼻のおかげだよ」塵芥のかわりに効太郎が答えた。「もともとはアップルビーのおかげだけどね」


「アップルビーって誰なのね?」まるひが聞いた。


「『緑の湯』の守り神ですよ」鐘馬が答える。「あなたがたもいっぺん会ってるはずですよ。温泉玉を持ち去ったんだから」


「ああ、滝の裏にいた金魚の化け物か。あれっ、おまえの背中にいるやつがそうなのか。そいつ、死にかけてるんじゃないか?」


「アップルビーはね、七つの秘湯すべての場所を知ってるんだ。僕たちも彼女のガイドでここまで来ることができたんだから、聞くんならアップルビーに聞くんだね」


「だから死にかけてるのよね」まるひがいった。


「きみたちが『緑の湯』から温泉玉を持ち出したせいだ」効太郎がひねもすたちを非難する。「彼女を早く温泉に入れて命を救ってあげないと『紫の湯』の場所は永遠にわからなくなるよ」


「チッ、そんなハッタリにだまされるものか」


「ま、信じないのは勝手だけどね」


「クソ……」


「どうするんだ。早く助けないと誰も究極の勇者にはなれないぞ」


「うーん。おまえのいってることは絶対にほんとなのか」


「絶対にほんとだ」効太郎は力強くうなずいた。


「確実にほんとなのか」


「確実にほんとだ」


「ほんとにほんとなのか」


「ほんとにほんとだ」


「ほんとにほんとにほんとなのか」


「ほんとにほんとにほんとだ」


「うーん。どうやらおまえのいってることはほんとのようだな」


「若!」まるひが思わず大声を出す。


「そうとわかれば早くその金魚の化け物を助けないといけないな。温泉に入れてやりゃいいのか。あそこの小島にある秘湯に入れるのが早いな。おい鵯兄弟」


「はい、ここに」ふたりが完璧なシンメトリー状態でひねもすの前に膝をついた。


「ボートを出せ。あそこの湯にいったん温泉玉を戻す」


「はっ」


「やっぱり凍ってるんだね」千歳がつぶやいた。


「若、もうちょっと考えたほうがいいと思うのね」


 まるひはひねもすを止めようとするのだが、


「かわまん。せっかく六つの湯につかったのに、残りのひとつに入れないんじゃまったくの無意味だ。ストレスしか溜まらない」といってひねもすは鵯兄弟に目配せした。


「若、あいつらがほんとのことをいってるかどうかはわからないのね」


「ウソだと思うんなら勝手にすればいいよ」効太郎が口を挟む。


「誰もそんなこといってないだろ、ほら」と、ひねもすはふたたび鵯兄弟に目配せする。


 鵯兄弟がそれぞれ折りたたまれたビニールシートのかたまりみたいなものを懐から取り出した。

 それをバサバサ地面に広げると、チューブから必死になって息を吹き込みはじめた。

 やがてそれらは次第に立体的になり、ゴムボートのかたちを呈し出した。


「臭左衛門殿、橙か黄色の温泉玉を出してやってくれ」


「若、ほんとにいいので御座候?」臭左衛門も疑わしそうな顔をしている。


「しかたあるまい」


「承知仕り御座候」


 臭左衛門は腰に下げた袋にゴソゴソと手を突っ込んだ。


「あそこに温泉玉を入れてたのか……」


 千歳が獲物を狙う豹の目になった。ひそかに塵芥に目配せすると、塵芥はコクンとうなずく。


「これと……これで御座候」


 橙と黄の温泉玉を取り出した臭左衛門は、ふたつの玉をいったんひねもすの手に渡した。


「そこまでだ!」


 鋭い千歳の声が響いた。


 驚いて全員が千歳に注目すると、彼女はいつのまにか自分の背中からアップルビーを下ろしていて、今度はヘッドロックをかませるような感じで彼女の頭を抱きかかえるようにした。


 しかも、もう一方の手にはいつのまに作ったのか先端を鋭く尖らせた木の枝が握られており、切っ先をアップルビーの脳天に向けているのだ。


「温泉玉をこっちによこせ。でないとこいつを殺す」


「……おまえ、何いってるんだ」ひねもすが唖然とした顔になる。


「ほんとに殺すぞ」


「千歳さん!」


 鐘馬もいきなり大胆な手に出た千歳をただただ驚いた顔で見ている。

 効太郎もただ黙ってなりゆきを眺めている。


「ハッタリだハッタリ」ひねもすが吐き捨てた。「やれるもんならやってみろ」


「そう。おまえらここまで来てあと一歩のところで勇者になれる機会を永遠に失ってもいいんだな」


 千歳の尖った枝を握る手に力がこもる。



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