その33
断崖の上から巨木をつたって谷底の途中まで降りていった効太郎たちだったが、あんのじょう雲海を下に突き抜けたあたりで木は途切れていたからだ。
一同はまさに宙ぶらりんの状態だった。
「結局は拙者が思った通りの巻」
「いやあ、ほんとだね」
効太郎は素直に負けを認めた。
「僕も途中で途切れてるんじゃないかと思ってたんだけどね」
「じゃあなんでわざわざここまで来たの巻」
「可能性をひとひとつつぶしていくしかないからかなあ」
「確かにそれしかありませんよね」鐘馬が効太郎のいいぶんに同意する。
ともあれ一行は目もくらむ大自然の中空で行き止まりの目にあった。
眼下には目もくらむ光景があった。
遠い遠い地上には岩がゴロゴロしているのが見えた。
もちろんここからだと砂粒みたいにしか見えないが。
それはスカイダイビングで飛行機から飛び降りる寸前に目に入る光景に近い距離だった。
「千歳、大丈夫?」細くなった木の先っぽで追いついた効太郎は、ずっとアップルビーを背負ったまま固まっている彼女に言葉をかけた。
千歳は木から落ちないようにしがみついてじっとしている。
「万策、つきた……」その口から絶望的な呻きが漏れる。
「そら見ろの巻。いわんこっちゃないの巻」塵芥が吐き捨てるように遠くからいった。
「効太郎さん、どうします」続いてやって来た鐘馬がいった。
「そうだなあ」効太郎は少し考える様子を見せ「いっそのこと飛び降りるか」
「……フン。さすがのあんたも、ここまで来ると冗談にもヒネりがなくなってきたわね。それともヤキが回ったの」千歳が皮肉たっぷりに悪態をついた。
「冗談じゃないさ。本気だよ」
「バカ。あんたひとりで飛び降りれば」
「下に飛び降りるんじゃないよ。ほらあれ」
そういって効太郎は向かい側にある断崖絶壁を指さした。
「効太郎さん、なんですか。何かあるんですか」
「よく見てみろよ」
「あっ、なんだあれの巻」塵芥が驚きの声をあげた。
よく見ると何やら巨大なものが向かいの絶壁にへばりついているのだった。
どうも生きものに見える。
しかしあんな大きなのは前代未聞だ。
「ひょっとして、あれ……」千歳もすっかり呆気に取られている。
「大きな生きものに見えますね。なんだろう」
「ただの生きものじゃないの巻」
全身がぬるりとした軟体動物に見える。
本体の周辺で触手のようなものがうねうねとうねっている。
それにはひとつひとつに丸い吸盤のようなものが規則正しくボツボツと並んでいる。
巨大蛸が絶壁に貼りついているのだった。
「蛸の巻……」
「蛸ですね。どうやらそのようにしか見えません」
「……」
千歳が一瞬ほほえんだ。しかしすぐに笑顔を引っ込めるとウンザリした顔で、
「……ここ、どこの国? あたしたち、今どこのワンダーランドに来てんの?」
「わからないけどこれが現実なんだからしょうがない」効太郎が達観したようにいった。
「あの大きな蛸、秘湯の守り神なんでしょうか」
「さあ、どうなんだろう。僕の温泉鼻は反応してないけど」
「塵芥さん、わかります?」
「拙者もさすがに温泉蛸は聞いたことないの巻」
「それで、あれがどうだっていうのよ」イライラした口調で千歳が効太郎に聞いた。
「え、何が」
「何がじゃないでしょ。指さして何かいおうとしたじゃない」
「あ、ああ、そうだったね。実はあいつの体に飛び移ろうと思ってね。ほら、この木にはいっぱい長い枝が生えてるだろ。枝の先まで行って反動つければ飛び移れるんじゃないかな、あの蛸に」
「アハハハの巻」塵芥が笑い飛ばした。「なあんだの巻。そんなの無理の巻。ここからじゃ遠すぎるの巻」
「効太郎さん、塵芥さんのおっしゃる通りそれはいくらなんでも無茶ですよ。いくら反動つけてもあそこの崖まで届きませんよ」
「それ以前の問題だろ!」千歳が非難の色をたっぷりこめて「飛び移ったところであの蛸があそこでじーっとしてれば結局はここにいるのと変わらないじゃないのよ!」
「それに」と塵芥も続けて「あの体、ぬめぬめしてるから飛び移ってもすべって落ちてしまうの巻。掴みどころもなさそうの巻」
全員が効太郎の提案に否定的な意見を述べまくった。
「不評だね……」効太郎が頭を掻く。




