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その32


「そのつもりだよ」


 そう答えた効太郎は、崖の切っ先に立つと、あまりにも厳しい人跡無縁な大自然の風景を睥睨した。


「……お?」


 崖の縁まわりを見ると、一本の巨木が崖の突端から傾いで下に向かって伸び、谷底に通じ倒れかかっているのが視界に入った。

 いったいどんな力が加わったのか、ちょうど滑り台のような傾斜になっており、先のほうが雲海の中に消えている。


「……あれをつたっていけば降りられるかもしれない」


「それしか方法がなさそうですね……」


「危険の巻。あの木が谷底の地面まで伸びているはずがないの巻」


「確かにその可能性は低いですね」


「でも、このまま先に行けないんじゃ引き返すしかないし、そうなると」


「ダメよ、この子が死んじゃうわ。みんなが反対しても、あたし、行くから」


 アップルビーを背負った千歳が勢い込むように反対し、ひとりでさっさと巨木の根っこに向かって走っていった。


「一応試してみますか」


「決まりだね」


「やれやれの巻」


 効太郎たちは千歳のあとを追って走り出した。



      ×     ×     ×



 千歳はすでに、アップルビーを背負った状態で巨木にしがみつき、虫のような動きでゆっくり崖下に降りていこうとしているところだった。

 片手でアップルビーの腰を支え、もう一方の手と両足を器用に使っている。

 もうその体は崖からはみ出しており、木から落ちると谷底へ真っ逆さまの状態だった。


「何がなんでも助けたいようですね」


 鐘馬が感慨深げにいった。


 巨木の根っこまで辿り着いた効太郎たちは、千歳のフットワークの軽さにしばし見入っていた。


「おーい、大丈夫かーっ?」


 効太郎が声をかけると、千歳はチラとこちらを見たが、特に返事を返すことなく自分の行為に没頭した。


「無謀の巻……」


「僕たちも行くか。塵芥さんはどうする?」


「しかたがないの巻。拙者もお供するの巻。しかし、どうせ空中で木が途切れているのは間違いないの巻」


「何もしないよりマシだよ。そこまで行けば何か新しい展開が待ってるかもしれないし、何もなければ戻るまでさ」


 そういうと効太郎は巨木に貼りつき、千歳と同じような格好で傾斜を降りていった。

 あとに鐘馬が続き、首を振り振り塵芥が続いた。


「もしこれで、目指す秘湯が凍ってたらどうするのかの巻」


「さあ、どうしようかなあ」


「そうなったら困りますねえ」互いに顔を見ず、巨木をスルスル降りていきながら三人は言葉をかけ合った。


「困るよ。そら困る」


「可能性はゼロではないの巻」


「だよなあ」


「そうですよねえ」


「しかるに貴殿らからあまり緊張感が感じられないの巻」


「確かにそうかもしれないな」


「うーん。ですね」


「アップルビー殿の命がかかってるの巻」


「いや、そりゃもちろん助けるよ、な、鐘馬」


「もちろんです」


「だからの巻。その辿り着くべき湯が凍ってたらどうするのかと拙者はいってるの巻」


「それ、まだわからないしなあ。凍ってるかいないか。最初からわかってたらこんな危険な真似はしないよ」


「それはその通りの巻。しかしの巻」


「もしお湯が凍ってたらその時はその時さ。その時にまた考えればいいよ」


 それ以上は不承不承塵芥も黙るしかなかった。



      ×     ×     ×



「ほおらやっぱりこうなったの巻。最初からわかってたの巻」


 ふたたび塵芥が勢いづいたのはそれからまもなくのことだった。




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