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その31


      ×     ×     ×



「……たぶん、もう少しだと、思います」


 効太郎に背負われているアップルビーが、苦しげな息を吐く。

 うしろに鐘馬、温泉忍者、千歳が続き、一行は森の中を歩いている。次の湯をめざして。


 千歳が温泉忍者の背中に、


「……で、あんたどうしてついてきてんの」


「先刻ご承知の巻」チラと後ろを向いて忍者が答えた。「温泉玉を取り返すための巻。貴殿らもそうであろうの巻」


「なんかあんた戦力になりそうな気がしないんだよね」


「心外の巻。それに拙者は同じ守り神としてアップルビー殿のことはほっとけないの巻」


「ところで」今度は当のアップルビーをおぶった効太郎が温泉忍者のほうを振り返り、

「あなたの名前は?」


塵芥ちりあくたと書いて塵芥じんかいと申すの巻」


「はあ、塵芥さん」


「左様の巻」


「しかしここは大きな木がいっぱい生えていますね」鐘馬が歩きながら周辺を見回す。「幹から幹へ飛び移っていったら時間が短縮できるかもしれませんよ」


「確かに短縮できそうだな。木の上のほうに登っていけば見晴らしもよくなるかも」


 前に向き直った効太郎が答える。

 森は鬱蒼としている。


「じゃそうすれば」千歳が吐き捨てる。「猿みたいにね」


 一同の眼前に倒れた巨木が立ち現れ、しかも一部がアーチ状になっているので、人間がくぐるのには充分すぎるくらいの広さと高さがあった。


「ほら、天然の木のトンネルだよ。どうしてこんなもんが自然にできるんだろう」


「ほんとですね」


「まったくその通りの巻」塵芥も同調した。


「……フン」不機嫌なのは千歳だけだ。


 やがて視界が開けると、一行は断崖絶壁に出た。


 眼下は深い谷底になっていて、途中から雲海に隠れているので、ここから足を滑らせでもしたらどこまで落下していくのかまったく見当がつかない。


 雄大な光景だ。


 効太郎たち一同の立っている向かい側にも急峻な垂直の高い断崖が迫り来ている。巨大な絶壁に圧倒的な自然の脅威を見せつけられる思いだった。


「ねえアップルビー」と効太郎は背中の温泉金魚に呼びかける。「ここまで来たけど、この崖を降りていくの? どうやって降りるんだい」


「……」


 返事がない。


「ねえ、大丈夫? アップルビー」


 心配そうに自分の背中に声をかける。


 鐘馬がアップルビーの顔を覗き込む。


「効太郎さん、彼女、相当弱ってきてますよ」


「ほんとかい」


「ほんとです。息が浅くなって目もすっかり閉じちゃってます。アップルビーちゃん、大丈夫ですか。まだ死んでませんよね」


 温泉忍者の塵芥が近寄ると、同じようにアップルビーの顔を見て、


「いいや、このぶんだと死期はそう遠くないの巻」


「本当ですか」深刻な表情で鐘馬が驚く。


「おいアップルビー、アップルビー、まだ生きてるだろ。死ぬなよ。まだ死ぬなよ」効太郎が精一杯呼びかける。


 眠っているように見えるアップルビーは、さっきまでとくらべてむしろ安らかな顔をしているが、皮膚は乾燥して皺だらけ、すっかり痩せこけていた。


「これはもう死ぬるの巻」つれなく忍者がいった。


「いや、こんなところで死んじゃダメだよ」効太郎は意識があるのかないのかもよくわからないアップルビーをはげまそうとする。「大丈夫大丈夫」


「いや、それでも死ぬるの巻」塵芥がクールにいい放つ。


「僕が死なせないよ」


「無理の巻。死ぬるの巻」


「なんとか死なないようにするさ」


「無理の巻。死ぬるの巻」


「うるさいうるさいうるさい!」うしろの千歳がとうとう激高した。


「あびっくりしたの巻」


 千歳は温泉忍者塵芥に詰め寄ると、


「さっきから死ぬる死ぬるってうるさいんだよ!」


 塵芥は千歳の剣幕に気圧され、


「いや……拙者は早く何とかしないと一刻を争う事態だという意味でいったの巻」


「一刻を争うのはわかってるよ!」そう怒鳴ると千歳は次に先頭の効太郎に大股で近づき、

「今度はあたしがおぶるよ」


「……あ、ああ」


 効太郎はいわれるままにアップルビーを千歳の背中に預けた。


「軽い……」


 アップルビーの軽さにショックを受けたのか、千歳はその場に固まり動かなくなってしまった。


「……千歳さん?」鐘馬が声をかける。


「……どうすれば、いいの?」


 アップルビーの軽さが相当な衝撃だったらしく、ここへきて千歳はふたたび泣き出しそうな顔になってしまった。


「効太郎、この子を助けてよ」すがるような目で効太郎を見た。



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