その30
「千歳さん……」
「おい千歳、まだあきらめるのは早いんじゃないか。まだ四つの湯を敵に先行されただけだろ。七つすべての湯に入らないと勇者にはなれないんだろ。ひとつでもこっちが先に入って温泉玉を取ってしまえばそれだけでもう互角なんだから。あとは敵の奪った温泉玉を取り返しゃいいだけなんだし」
「そうですよ千歳さん、希望は最後まで捨てちゃいけません」
「……もう無理じゃないの? 地図は敵側にあるんだよ絶対」
「なあに、地図がなくてもこっちにはアップルビーがいるじゃないか」
「そうですよ千歳さん。時間をムダにできないといったのはあなたですよ。早く次の秘湯の場所をアップルビーちゃんに教えてもらってみんなで行きましょう」
「率爾ながらおたずね申すの巻」温泉忍者が口を挟む。
「あ、はい、なんでしょうか」
「アップルビーというのは誰のことかの巻」
「え、同じ守り神なのにご存じないのですか?」
鐘馬がそういってキョロキョロ見回すが、どこにも彼女の姿がない。
「あれ? おかしいですね。アッップルビーちゃん?」
「どうしたんだ鐘馬」効太郎が訝しげに聞く。
「アップルビーちゃんが……あっ」
見ると、灌木の中に沈み込むようにして、いつのまにかアップルビーが倒れていた。
しかも今度はあからさまに苦しそうな表情でハァハァ息をしている。
「お、この方、ずいぶん苦しげの巻」
「アップルビーちゃんしっかりしてください」
「大丈夫? アップルビー」
効太郎と鐘馬がしゃがみ込んで彼女のことを心配そうに覗き込んだ。
さっきの手前、千歳はイヤな顔つきで、
「今度は何よ」と、ひとりだけアップルビーのほうを見ようともせず腕組みをしながらあさっての方向を向いている。
鐘馬が千歳を見上げ、
「どうやら全身の皮膚が乾燥していますね」
「ああ、ずっとお湯に入っていないんだ。温泉金魚なんだからこうなるのは自然だろうね」
「どうすればいいのかの巻」
効太郎たちの後ろに立ってアップルビーを見下ろしながら、飛び入りの温泉忍者も心配そうだ。
「そりゃ早く温泉に入れてやることだろうなあ」
「それはわかってるの巻。それしかないの巻。わかってて聞いてみただけの巻」
「……ごめん、なさい。いつも、いつも、足手まといになってばっかりで……」
息も絶え絶えにアップルビーが皆にあやまった。
「いいんだよアップルビー。気にしなくていいよ。きみがいなかったらこの秘湯まで来れなかったんだから」
「そうですよ」鐘馬も効太郎に続けて「逆にこんなふうになるまで私たちに同行してくれて、感謝していますよ」
「フン」
かたわらで聞いていた千歳が効太郎たちのほうを向き、
「逆だろ。こんなふうになるんなら一緒に来るべきじゃなかったんじゃないのかよ。この上の湯も凍ってるっていうしさ。あたしたちその子抱えてどうすればいいっていうのよ」
「否応なく次の湯を探すしかないの巻」忍者が千歳を見る。
「……そうだなあ。アップルビー、ここから一番近い秘湯の場所を教えてくれないか」
「……はい」
しかし彼女はさらに衰弱してきているようで、呼吸は荒いまま、目もうつろになってきている。
「こりゃ急がないといけませんね」
効太郎が温泉忍者に、
「あなたも守り神なんだろ。ってことは七つの秘湯の場所を知ってるよね。こっから一番近い湯を教えてくれないか?」
「いやあ、拙者は……」と温泉忍者は申し訳なさそうに頭を掻き「よその秘湯のありかはまったく知らないの巻」
「えーっ」千歳がまたイヤな目で温泉忍者を見た。「守り神はみんな知ってんじゃないのかよ!」
「そんなこと誰がいったの巻? 守り神でも知らないものは知らないの巻。自分の担当するお湯を守るのでいっぱいいっぱいの巻」
「ってことはやっぱりアップルビーに頼るしかないってことか……」効太郎はそういってアップルビーに声をかけた。「アップルビー、絶対に助けるから心配すんなよ」
アップルビーは苦しそうにうなずいた。
「……次の湯も凍ってたらどうすればいいんだよ」
千歳が吐き捨てるようにつぶやいた。




