その28
とうとうその場に泣きくずれ、地面に顔を伏せると千歳は号泣した。
その頭をポンポンと軽く叩く者がある。
「……?」
千歳は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
怪訝な表情の金魚の顔がすぐ目の前にあった。
「……え」
思わず千歳の顔が硬直した。それはどこかしら笑っているようにも見えた。
「そんなに悲しいことがあったんですか?……」
金魚はありったけの同情をこめた目で千歳を見つめた。
「泣きたい時はおもいきり泣いたほうがいいと思います」
そういうと腕組みをし(ヒレ組みをし)金魚はひとりで目を閉じてうんうんとうなずいてみせた。
「……」
しだいに千歳の表情が邪悪なものに変わっていった。もとの目つきの悪さを取り戻し、すっくと立ち上がるとものすごい形相で金魚をにらみつけた。
「あ……ああと……」鐘馬があわてて千歳の腕を掴むと、こちらのほうに引っ張った。
「痛いわね、何すんのよ」
「どうか怒らないでください。彼女も一生懸命なんです」
「そうそう、一生懸命なんだ」効太郎も金魚の味方をする。
「だいたいあんたたちが深刻な顔してたからあたしだって早とちりしたんじゃないの! 気を失ってただけじゃないの! いい面の皮だよ!」
「いやあ」効太郎は頭に手をやり「俺たちだってまさか彼女が気絶ついでに寝てるなんて思わなかったからなあ。な鐘馬」
「そうです。どうやらさっきのはうわごとじゃなくて寝言だったようですね」
「そうそう。うわごとでも寝言でも一生懸命俺たちにあやまってたんだから、もういいじゃないか」
「……なんかいっつもあたしだけ悪者になるのはなんで? あたし、間違ったことっていっぺんでもいったことある?」
「さあ、よくわからないけど、きっと一回くらいはあるんじゃないかな」効太郎が答えた。
「いつよ! どこでよ!」
「いや、そういうことじゃなくて」
「じゃどういうことよ!」
「いや、だから」千歳の剣幕に押されて効太郎もタジタジになっている。「人は誰でも間違いを犯す生き物だから」
「一般論なんか関係ない!」
「そ、そうですね……」もはや効太郎は敗走の準備に入った。
「あの……みなさん何か揉めているんでしょうか?」
すると金魚がこちらにひょこひょこやって来て、三人の顔を交互にキョロキョロ見くらべながら不思議そうな顔をした。
「いやあ、なんでもないなんでもない。みんな無事でほんとによかった。さあ、気を取り直してもっぺん登るか」
「私……今度こそ落ちませんから……」
「あんた、性懲りもなくまたあたしたちと一緒に登る気?」千歳が金魚をにらみつける。
「あ、ああ、そうだね、金魚さんはここで待ってもらったほうがいいかもしれないね」
「え……ここでひとりで、ですか」
「きみが一緒に苦労しててっぺんまで来てもしょうがないと思うんだよね」
「そうですけど……」
金魚はまた不安げな顔になってきた。どうやらよっぽどこれ以上ひとりぼっちにさせられるのがいやらしい。
「あの……どのくらいここで待てばいいんでしょうか」
「そうだなあ」と効太郎は岩塔を見上げ、「うーん、わからない」
「確かにわかりませんね」鐘馬が引き継ぐ。「ここからだと高さがどのくらいあるかわかりませんからね」
「一時間ですか、二時間ですか」
「うーん」
「三時間ですか、四時間ですか」
「うーん」
「五時間ですか、六時間ですか」
「うーん」
「七時間ですか、八時間ですか」
「キリないよ!」業を煮やして千歳が口を挟んだ。「行ってみなきゃわかんないんだよ! ほんとにこれ以上ムダな時間を過ごしてるわけにはいかないんだよ!」
「千歳さんって……」シュンとした表情で金魚がいった。「私のことがきらいなんですね」
「だからそういうことじゃなくて!」
「千歳はもともと誰に対してもこうなんだよ、気にするなよ」効太郎がなぐさめると、鐘馬も続いて「あなたのことがきらいだなんて、そんなこと絶対にありません。現にさっきだってこの人……」
「黙ってろ鐘馬」見ると、ものすごい形相で千歳がにらみつけていたので、鐘馬は思わず言葉を飲み込んだ。




