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その23

 相手にしても今ごろ気づくなんてよっぽど絶望に打ちひしがれていたと見える。


「実はこれこれこういうわけなんだ」効太郎がもう一度最初から丁寧に説明した。


「……えっ、じゃああなたたちも被害者なんですね……」


 ようやく相手にも話が伝わったようだった。ふたたび顔を上げた金魚はゆっくりと立ち上がった。


「見てください。長いあいだ守ってきたお湯が、いきなりやってきたよその人たちにこんなふうにされてしまいました」


「温泉玉を取られると、その湯は凍ってしまうんだね」


 効太郎が気の毒そうに凍った湯をもう一度見やった。


「その通りなんです」金魚がうなずいた。「その方たちはさんざん『緑の湯』を堪能されたあと、温泉玉を無断で持っていってしまったんです」


「どんなやつらだった?」


「団体さんでした」金魚が答える。「代表のかたは確かご自分で『箕笠子ひねもす』さんとか名乗っておられました」


「やっぱり煉獄一味だったんだ」効太郎がいった。


「そのようですね。『赤の湯』に来る前にここを訪れたようですね」鐘馬が答える。


「うん。……でもおかしいな」


「何がですか」首をかしげる効太郎に鐘馬が聞く。


「僕たちより先にここに来たってことは、秘湯の地図を手に入れたのはほぼ間違いないって考えていいんだよな」


「そうなるんでしょうね、おそらく」


「だったらもう僕たちのあとをつけてくる必要なんかないはずだ。いったい誰がずっとつけてきてたんだろう。『赤の湯』で出くわしたのはたまたまだったと解釈しても、なんか変な気がする」


「温泉亀のお爺さんのいうとおり気のせいだったのかもしれませんよ」


「うーん、気のせいだったのかな……」


「私も千歳さんも気がつきませんでしたから、そうなのかもしれません」


「まあいいや」そういうと効太郎は地面に横たわっている千歳を見やった。「まずは千歳のことをなんとかしないと」


「どうします?」


「うーん、わからない」


「あの……その方、どうかされたんですか」


 金魚が胸びれで千歳のことを指さした。


「敵の毒矢にやられたんだ。きっともう全身に毒が回ってるに違いない。見てよ、もう苦しんでさえいない。そんな気力さえ残ってないんだ」


「千歳さん……」


 鐘馬も、もはや悲しげな目で死にゆく千歳のことを見つめることしかできなかった。


「お気の毒に……」温泉金魚は両方の胸びれを合わせると目を閉じ、南無……と合掌した。


「う、うーん……」


 千歳が寝返りを打ち、横向きになってこちらに背中を向けた。

 と、はずみでバスタオルがはだけ、白いお尻がプリッとむき出しになった。


「あ……」鐘馬が思わず声を漏らし、金魚は目をパチクリさせた。


「鐘馬……死者の尊厳を守ってあげよう」


 首を振り振り効太郎が低いトーンでいった。握った拳を震わせている。


「あんな恥ずかしい格好のままいたいけな乙女を天国に旅立たせたとあっちゃ見送る僕たちの立つ瀬がない」


「……そうですよね」


 鐘馬はおごそかにうなずくと、千歳にしずしずと近づいていった。

 そうして千歳のかたわらにしゃがみ込むと、くしゃくしゃになったバスタオルをバサッと広げ、もう一度掛け布団のように千歳の上にかぶせようとした。


「……」


 千歳が首を横に向けるようにして鐘馬をじっと見ている。


「あっ」鐘馬は驚いたはずみで、広げたバスタオルをあらぬ方向に敷いてしまった。


「……どうしたの?」


 これまでにないほど穏やかな笑顔で、千歳は鐘馬にほほえみかけた。


 鐘馬がわなわな震えているのを見た千歳は、ゆっくりと完全全裸で無防備状態の自分の体に目をやった。


 もういっぺん鐘馬を見ると、ふたたび千歳はほほえんだ。

 次の瞬間、千歳と鐘馬の絶叫が空洞にこだました。



      ×     ×     ×



「ふんふんふーん」


 鼻歌を歌いながら温泉金魚が何やら裁縫のようなことをしている。


 尾びれを体の下に敷くような感じで横座りになりながら草を編んでいるのだった。


 紡錘型の体を腰のあたりで曲げた曲線の具合が妙になまめかしく、温泉金魚が確かに女性であることをそのたたずまいからいやでも意識させられた。


 そのかたわらで、三人の男女が裸のまま座り込み、互いに背を向け合いずっと黙りこくっていた。

 千歳はひとり岩壁に向かい、壁を眼力で破壊せんばかりに睨んでいる。もちろん体にはバスタオルを巻いている。

 効太郎と鐘馬は情けなさそうな表情で、時折相手の顔をチラチラと窺うようにしている。こっちのほうはふたりとも丸裸なので、よけいにみっともない感じに見える。

 温泉金魚が備蓄していたものなのか、三人のかたわらには木の実や果物の皮や種などが固められていて、彼らはようやくここで食べ物にありつけたようだったが、空腹を満たせた満足感よりも、気まずい感じのほうがあきらかに勝っていた。


「……ただの湯あたりだったんですね」


 鐘馬が恨めしそうな目でいった。


「……そのようだね」


「毒矢じゃなかったんですね、あれ」


「見立てがはずれることだってたまにはあるよ」


「まだ、機嫌をなおしてくれませんね」


「しかたないさ。温泉玉をふたつとも取られてしまったんだから。いや、ここのを合わせると全部で三つか」


「私たちはこれからどうすればいいんでしょうね」




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