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その21


「坊ちゃん、父上に負けない立派な大人になるんじゃぞ」


「ああ、わかったよ」


 車内アナウンスに答えると、温泉亀の運転手がふたたびこちらを振り返り、力強くうなずいた。


 昇降口が開き、効太郎は温泉亀にうなずき返し、鐘馬は頭を下げるとふたりは……いや計三人はバスから降りた。


 手を振るとバスは走り出し、河原に突然出現したかのような違和感丸出しの舗装道路の坂道を上っていった。バスの姿が雲海の中に消えてしまうと、舗装道路そのものも音もなくスーッと消えていった。


 しばらくボーッと見ていたふたりだったが、


「あ、こんなことしてられないんだった」


「あ、そうでしたね」


「滝の裏側か」見上げて効太郎はつぶやいた。


「裏側ですね」


「とりあえずそこの脇の崖を途中まで登ってみるか」


「ですね」


「でも、彼女を背負ったままじゃ無理だな」


「むずかしいですね」


「何かいい方法はないかな」


「うーん、そうですねえ」


「……ないなぁ」考えたあげく、効太郎はそう結論づけた。


「え、ないですか」


「ないない」


「ないですか」


「ないない」


「じゃどうしましょう」


「どうしようもないなあ」


「どうしようもないですか」


「片手で彼女を支えながら背負って、片手で登るしかなさそうだなぁ」


「でも、それはちょっときびしそうですね。それに、ずっと効太郎さんばかり背負わせちゃ申し訳ありませんからそろそろ私が代わりましょうか」


「いや、いいよ」


「いいんですか」


「いや、実は背中に感じるこの感触、そんなに悪くないんだ」


「……? どういう意味ですか」


「柔らかくて、ちょっといい感じなんだ。首筋に当たる吐息もなかなかいけるんだ」


「効太郎さん何考えてるんですか」鐘馬があきれ顔でいった。


「冗談だよ冗談。鐘馬は真面目すぎるんだよ」


「冗談でしたか」


「半分はね。じゃ登ろうか」


 そうしてふたりは滝の脇の崖をよじ登りはじめた。

 先に鐘馬が登り、あとから千歳をおぶった効太郎が登った。そうしないとバスタオル一枚を体に巻いただけの千歳は下から見上げられること対してきわめて具合のよくないことになるからだった。


「効太郎さん、大丈夫ですか。いけそうですか」


 先を行く鐘馬が効太郎を見ずに、岩にしがみつきながら声をかけた。


「うん、案外大丈夫だ。大丈夫は大丈夫なんだけど」


「どうかしたんですか」


「千歳の体重のおかげでこすれるんだ」


「何がこすれるんですか」


「下半身が岩にこすれるんだ」


「あ、なるほど」


「鐘馬はどうだ」


「あ、そうですね。そういえば私も多少こすれてます」


「そっちもこすれてるんだ」


「こすれてますこすれてます。でもこれはしかたありませんよ。服を着てないんだから」


「きっとそれだけじゃないぞこれは」


「え、どうしてですか」


「大きいんだよ、きっと。お互い。サイズが」


「大きいんですか」


「大きい大きい。たぶん大きい」


「そうですか。いやあ、いうほど大きいわけじゃないでしょう」


「いや大きい」


「そうかなあ。ふつうでしょう」


「いや、大きい大きい」


 愚にもつかないやり取りをしているうちに、滝の脇を半分ほどの高さまで登ってきていた。一歩踏み外せば転落して命を落とすその位置で、フリチンのふたりはようやく滝のうしろに隠れている黒い穴を発見した。



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