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その2


「ほんとにこの湯は効きますよね」鐘馬が目を閉じ、実感をこめていう。


 三人はさっき、岩がゴロゴロしているガレ場の斜面を通過している時に落石にあい、揃って崖から転落したのだった。


「百歳千歳……だっけ? きみの名前。きみも僕たちと一緒に崖から落ちたのに、なんできみだけなんともないんだ」効太郎が千歳に聞く。


「知らないよそんなの。日頃のおこないの差じゃないの」


「記憶もなくしてませんしね」鐘馬が首をかしげる。


「何いってんの。あたしにいわせりゃ、あんたたちがふたりとも仲良く記憶喪失になるほうがよっぽど不自然だけどね」


「そりゃ確かにそうだよなあ」効太郎が同意する。「どうして僕たちが三人でこんな山奥の秘境まで来たのかいまだにさっぱり思い出せないんだからね」


「経緯についてはさんざん説明した通りよ」


「そうだけど……あんな話、そう簡単に信じられるもんじゃないよなぁ」


「そうですよねぇ」


「真実だからしょうがないでしょ」


「でもなあ」


「そうですよねぇ」


「地底人が地上に攻めてくるって……なあ鐘馬」


「ほんとですよねぇ」


「あのねぇ」千歳があきれた声を出す。「あたしたちだって元々は地底の住人なんだよ。そいつらに追い出されて地上に出てきたんだから」


「でもなぁ。そんな話……すぐに信じろっていうほうが無理ってもんだよ。なあ鐘馬」


「ほんとですよ」


「とにかくあたしたちにはこんなところで油売ってるヒマはないの。打撲が癒えたんならすぐ出発しなきゃ。落とした地図を探さないと。あれを敵に拾われたらあたしたちは一巻のおわりなんだから」


「ああ、秘湯めぐりの地図の話? それってそんなにだいじなのか?」効太郎が聞く。


「だからそう説明したでしょ。それをあんたが落としたんじゃない!」


「このお湯だって秘湯じゃないの、もしかして」


「そうですよ。こんな山奥にあってまわりに誰もいないんだから、ここも立派な秘湯ですよ」


「あたしがいってる七つの秘湯には、それぞれ温泉玉が底に沈んでんの!」


「温泉玉って、ひょっとしてこんな感じのやつですか」


 不意に鐘馬がお湯の中から右手を出した。

 その手には丸い玉が握られている。青い光沢を放っていて、ふつうそこらへんに転がっている石とはあきらかに様子が違う。


「あっ、それどこにあったの」千歳が目を剥く。


「いえ、なんかお尻のへんがゴロゴロするなと思ったから」


 千歳は腰をかがめて鐘馬の持っている球体に顔を近づけた。


「……話によると、温泉玉の大きさは野球のボールくらいで色は七色……間違いない、これは温泉玉だよ」そうして鐘馬から玉を受け取ると、それをためつすがめつしながら、次にふたりがつかっている湯だまり全体を見回した。


「驚いた……。ここは七つの秘湯のうちのひとつ『青の湯』じゃない……」目を丸くさせ、驚いた顔になった。


「へえ、そうなんだ」


「ここが」


「こらツイてるわ。あたしたちは崖から落ちて、はからずも青の湯に辿りついたってわけか。……やっぱり日頃のおこないって大事なんだな」感慨深げに千歳が目の前の秘湯を見つめた。


「お湯が青いのは空の色を映してるだけにも見えるけど……」効太郎がお湯を両てのひらですくってボチャボチャ落とす。「確かに青いといえば青いね」そうしてそのお湯をパシャッと鐘馬にかけた。


「あっ、効太郎さん、何するんですか」


 負けじと鐘馬もお湯を効太郎にパシャッとかけた。


「やったな」効太郎がさらにやり返す。


 そうしてふたりは笑いながらお湯のかけ合いに興じはじめた。


「何やってんの。やめなさいよ。ねえ効太郎、効太郎って」千歳が険しい顔で「あんたは湯浴ゆあみ温泉旅館の跡取りなんだよ。二代目としての使命があるんだよ。わかってんの? もっと自覚を持った行動を取ってくれないとダメでしょ」


 そういわれてピタリと手を止めた効太郎は、


「うーん、急に跡取りとかいわれても、何せ記憶をなくしちゃってるからなあ。僕は御影山効太郎っていう自分の名前もきみに教えてもらったくらいだしね」


「私は朔望月鐘馬だそうです」鐘馬が改まった感じで効太郎に自己紹介をした。


「らしいね。僕の名前は御影山効太郎。だそうだよ。どうぞよろしく」


「よろしくお願いします」


 ふたりは今さらながら全裸同士でガッチリと握手した。


「……ほんとバカ」千歳が冷たい目で見下ろしている。「でも鐘馬、あんた記憶喪失になっても人に敬語で話すところはぜんぜん変わってないね」


「ああ、確かにそういえばそのようですね」鐘馬が自分の言葉づかいに今はじめて気がついたような顔をしてみせた。



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