表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/27

面影

 月下の街を歩きながら、わたしは思う。

 生まれ育った街。馴染みの街。

 けれどここを離れていた六年間という時間のせいで、どこかよそよそしさを感じてしまっている自分。


 六年間で変わったもの、変わらなかったもの。

 どちらもたくさんあると思うけど。


 祭りの夜。

 あちこちから酔っぱらいの声が聞こえている。

 どこかから、陽気な音楽と歌声も。

 ところどころ音が盛大にはずれるものだから、わたしは思わず頬を緩めた。


 街の造りはほとんど変わっていない。

 わたしは昔、寝床にしていた区画へ向かっていた。

 頼れる身内もなく、家もない。

 そんな人々がどこからともなく集まり、できあがった一帯。

 

「よ、姉ちゃん。こんな時間にひとりでどこに行こうってんだい?」

  

 区画まであと少し。

 そこの角を曲がれば――、というところで、あちこち擦り切れた布を纏った男が、声をかけてきた。


「今夜の月は、いい月ね」

「……あ?」


 男が、わたしの頭の上から足の先まで、舐めるように見る。


「ゼス爺さん、今夜はどこにいるの?」


 わたしが問うと同時に、男の目つきが変わった。

 襤褸の下からなにかを取り出そうとする。

 けれど遅い。

 男が構えるより前に、わたしの抜いた短剣の刃が男の喉に添えられていた。


「安心して。わたしよ、シャーレ。あなた、ヴィドルね」

「シャー……レ?」


 男が目だけを動かして、わたしの顔を改めて見る。


「シャーレ……? 誰だ? もしかして、あの? いや、あいつはもっと……」


 ヴィドルがなにかぶつぶつと独り言をつぶやいている。

 六年前、ほんの子どもだったわたしと違って、ヴィドルは当時もう三十近かったはずだ。

 面影は六年前と変わっていないから、近くで見れば、わたしには相手が誰だかすぐにわかった。


「もっと、なに?」

「なにって……」

「言ってみてよ」


 首筋に添えた短剣を、少し、押し付ける。


「いや……」

「言わないと、どうなるかわかるわよね?」

「いや、それはその、もっとその辺の餓鬼より餓鬼らしい、板きれみたいでそりゃあ目つきが悪くて手に負えねえ……」

「わかった。もういい」


 わたしは短剣を引いた。

 間違いなく、六年前のわたしだ。

 ヴィドルが安堵の息を吐く。


「おまえ、シャーレの名を騙ってどうするつもりだ? なにが目的だ」

「わたしがシャーレだって」 

「だから今言っただろうが。シャーレはおまえとは似ても似つかねえガキだったよ。成りすましなら、もっと上手くやりな」 


 駄目だ。

 ちっとも信じてない。

 当時十歳になってもいなかった子どもが、いつまでも育ってないと思うなよ。


「わたしにしこたま蹴られたケツの痣は、もう治った? 引きちぎられそうになった耳たぶは、もうすっかりくっついた? わたしに短剣の柄尻を捻りこまれそうになった鼻の穴は、大丈夫だったかしら?」

    

 ヴィドルの目がこれでもかっていうくらい、見開かれる。


「おまえ、シャーレ……!?」

「だからそう言ってるじゃない」

「シャーレだと!?」

「だからそうだってば」


 ヴィドルが、一歩あとずさる。


「おまっ……本当に?」

「しつこい」


 いい加減、キレるよ。

 と苛立っていたら、ヴィドルが急に両手で自分を抱き占めた。

 

「だっておまえ……。だったら、かしら? とか、じゃない、とか、そんな気持ちの悪ぃしゃべり方すんじゃねえよ。あまりの気持ち悪さに鳥肌立つだろうがよ」


 急にどうしたのかと思ったら、そこ!?


「失礼ね!」 


 あんまり失礼なこと言うとまた痛い目に合わせるわよ、とわたしは目を眇めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ