面影
月下の街を歩きながら、わたしは思う。
生まれ育った街。馴染みの街。
けれどここを離れていた六年間という時間のせいで、どこかよそよそしさを感じてしまっている自分。
六年間で変わったもの、変わらなかったもの。
どちらもたくさんあると思うけど。
祭りの夜。
あちこちから酔っぱらいの声が聞こえている。
どこかから、陽気な音楽と歌声も。
ところどころ音が盛大にはずれるものだから、わたしは思わず頬を緩めた。
街の造りはほとんど変わっていない。
わたしは昔、寝床にしていた区画へ向かっていた。
頼れる身内もなく、家もない。
そんな人々がどこからともなく集まり、できあがった一帯。
「よ、姉ちゃん。こんな時間にひとりでどこに行こうってんだい?」
区画まであと少し。
そこの角を曲がれば――、というところで、あちこち擦り切れた布を纏った男が、声をかけてきた。
「今夜の月は、いい月ね」
「……あ?」
男が、わたしの頭の上から足の先まで、舐めるように見る。
「ゼス爺さん、今夜はどこにいるの?」
わたしが問うと同時に、男の目つきが変わった。
襤褸の下からなにかを取り出そうとする。
けれど遅い。
男が構えるより前に、わたしの抜いた短剣の刃が男の喉に添えられていた。
「安心して。わたしよ、シャーレ。あなた、ヴィドルね」
「シャー……レ?」
男が目だけを動かして、わたしの顔を改めて見る。
「シャーレ……? 誰だ? もしかして、あの? いや、あいつはもっと……」
ヴィドルがなにかぶつぶつと独り言をつぶやいている。
六年前、ほんの子どもだったわたしと違って、ヴィドルは当時もう三十近かったはずだ。
面影は六年前と変わっていないから、近くで見れば、わたしには相手が誰だかすぐにわかった。
「もっと、なに?」
「なにって……」
「言ってみてよ」
首筋に添えた短剣を、少し、押し付ける。
「いや……」
「言わないと、どうなるかわかるわよね?」
「いや、それはその、もっとその辺の餓鬼より餓鬼らしい、板きれみたいでそりゃあ目つきが悪くて手に負えねえ……」
「わかった。もういい」
わたしは短剣を引いた。
間違いなく、六年前のわたしだ。
ヴィドルが安堵の息を吐く。
「おまえ、シャーレの名を騙ってどうするつもりだ? なにが目的だ」
「わたしがシャーレだって」
「だから今言っただろうが。シャーレはおまえとは似ても似つかねえガキだったよ。成りすましなら、もっと上手くやりな」
駄目だ。
ちっとも信じてない。
当時十歳になってもいなかった子どもが、いつまでも育ってないと思うなよ。
「わたしにしこたま蹴られたケツの痣は、もう治った? 引きちぎられそうになった耳たぶは、もうすっかりくっついた? わたしに短剣の柄尻を捻りこまれそうになった鼻の穴は、大丈夫だったかしら?」
ヴィドルの目がこれでもかっていうくらい、見開かれる。
「おまえ、シャーレ……!?」
「だからそう言ってるじゃない」
「シャーレだと!?」
「だからそうだってば」
ヴィドルが、一歩あとずさる。
「おまっ……本当に?」
「しつこい」
いい加減、キレるよ。
と苛立っていたら、ヴィドルが急に両手で自分を抱き占めた。
「だっておまえ……。だったら、かしら? とか、じゃない、とか、そんな気持ちの悪ぃしゃべり方すんじゃねえよ。あまりの気持ち悪さに鳥肌立つだろうがよ」
急にどうしたのかと思ったら、そこ!?
「失礼ね!」
あんまり失礼なこと言うとまた痛い目に合わせるわよ、とわたしは目を眇めた。