軋み
ギルが仲間に声をかけられて腰を上げる。
去ってゆくギルの背中をちらりと見やって、わたしは小さく息を吐いた。
酒は飲まないけれど、おいしいものは食べて帰るつもりでいる。
今度、いつまともな食事にありつけるかわからないし。
わたしは少し冷めてしまった炙り肉を口に放り込んだ。
せっかくの祭りの夜、せっかくおいしい料理が目の前にあるのに、あちこちからきな臭い話題が聞こえてくる。
世界のとある一か所で起きた戦火がまたたく間に世界中に広がり、今やどこもかしこも戦場となる可能性があった。
一昨年を境に、急激にこの世界は激変した。
それ以前から、不穏な動きは各地であった。
平和、協調。
多くの国々がそんな言葉を掲げる世界が軋みはじめているのは、誰もが薄々感じていた。
傭兵稼業が忙しくなったのは、そのころからだ。
世界の五分の一を占める大国、デラトグスの国王が亡くなった。そのあとに即位した王の奇矯さが、世界を混乱に陥れた。
強大な力を持つ王国。
それ故に、影響力は大きく、混乱は国内のみに留まらなかった。
混乱は連鎖する。
争いもまた、連鎖してゆく。
それまで、世界は比較的平穏さを保っていたけれど、とはいえどこもかしこも平等に平和であるわけはなく、たとえばここレイリィア王国の隣国ワームヴでは紛争が絶えなかった。
レイリィアの東端にあるこの街の、裏路地の隅で育った家も親もない子どもたちを狩り集め、傭兵として育て上げる大人がいても不思議ではなかった。
また、そうして育てられた兵たちが、感謝と復讐の意を込めて、傭兵団の幹部を殺しつくすことがあったとしても、驚くことではないはずだ。
今、わたしの所属する傭兵団は、この祭りに合わせて里帰りしていた。
十歳になるかならないかのときに攫われたわたしにとっては、実に六年ぶりの故郷だった。
小遣い稼ぎのためとはいえ、かつて掏摸をして生きながらえていた自分が、掏摸を捕まえる側になるなんて、皮肉ではあるけれど――。
そして、彼と出会った。
底知れない深さを感じさせる藍色の瞳をした、琥珀色の髪の、あの少年と。
そこまで考えて、わたしは席を立った。
どうしても、彼のことが頭から離れない。
危険だとわかっていても、もう一度、彼に会いたいという思いを消し去れない。
まだ、この街にいるかな。
それすらわからないけれど、それでも、明後日よりも明日、明日よりも今のほうが、彼がまだこの街に留まっているという可能性は高いはず。
わたしは足早に店をあとにした。