危険な存在2
結局、あの少年に関しての報告はしなかった。
掏摸があったこと、犯人には逃げられてしまったこと。
警戒が必要だということ。
伝えたのはそれだけだ。
「シャーレ、飲んでるか?」
がし、と肩にかたい腕の重さがのしかかってくる。
「飲んでる飲んでる」
おざなりに応えると、腕はそのままに、ギルがどさりとわたしの隣へ腰をおろした。
「腕重い。どけて」
「まあま、そう言わずに。あ、おまえ、これただのぶどう水じゃん。こんなときくらい、酒飲めよ。あーんしんしろって、もし前後不覚になっても、俺が最後までちゃんと面倒みてやるからさ」
わたしは全力で疑いの眼差しをギルに向ける。
「ギルと一緒なのが、危険なんじゃない」
「おまえ俺って人間を誤解してるって。こう見えて俺、すっげぇ優しいんだぜ。絶対後悔させねえし?」
「どの口が言ってんの」
「この口。味見してみる?」
胡桃色の瞳が、ぐいと近づいてくる。
酒のにおいがしない。
ギルだって、酒は飲んでいないに違いない。
鼻先がわずかに触れ合う。
わたしは思わず息を止めた。
「逃げなくていいの?」
唇が触れる直前、ささやくように、ギルが訊く。
こういうところが、優しいんだろうな。
思わずふふっと笑みをこぼすと、ギルが深い息を吐きながら、顔を離した。
「なんだよ」
「逃げなくても、無理強いしないのはわかってた。ギルのこと誤解してるわけじゃないと思うけど?」
「いいや、誤解してる。俺自身、自分のことわかってなかったのかもな。おまえ、そんな余裕ぶってるけど、次は止まらないかもしれないぞ」
「次があれば、その時考えるよ」
ギルがぼりぼりと頭を掻いている。
そう。ギルと一緒だと、危険だ。
ギルがいい奴だっていうのは、充分にわかってる。
それだけに、うっかり惚れてしまいそうで危険だ。
ギルが、危険だ。
わたしに惚れられたら、命を落とす。
比喩でなく。
だから、わたしはもう、誰にも惚れない。