危険な存在1
お祭りで賑わう街の中を、ひとり、重たい足取りでとぼとぼと歩く。
陽気な雰囲気を、どこか他人事のように感じながら。
わたしはずっと考えていた。
人ひとりを消し去る魔術?
確かに、魔術を使うことのできる階級の人間は存在する。
けれど、その習得方法は門外不出。
一部の特権階級に属する者しか使えない。
それに、あのとき、彼はわたしを抱きしめていた。
両手がふさがっていて道具は使えなかったはずだし、呪文を唱えている様子もなかった。
魔術なんて、使っていなかったはずだ。
あとは、あの銀の容器。
開かないほうがいい、と彼はわたしに忠告した。
それはつまり、開いたらわたしにとってよくないことが起こると知っていたということ。
もし開けていたら――。
通りに倒れていたはずの男を思い出す。
あの男のように、跡形もなく消されていた?
ぞくり、と肌が粟立つ。
開かなくてよかったと、心から思う。
わたしの考えていることが正しければ、あれはとても危険だ。
そんな危険なものを持って、彼はいったいなにをしようとしているのか――。
「ようシャーレ。なんだよ辛気臭い顔して」
考え事をしているところにぽんと肩を叩かれ、わたしは必要以上に驚いて小さく飛び跳ねてしまった。
「な、なによ、ギル」
振り返ると、顔見知りの青年がひとり、にやつきながら立っていた。
漆黒の髪に胡桃色の瞳。すっと通った鼻筋と、意思の強そうな眉が印象的だ。
細身のわりにしっかりと鍛えられた体は、いざというとき、腰に下げた長剣をいとも軽々と扱う。
「それはこっちの台詞だ。見回りご苦労、ってねぎらってやろうかと思ったのに、どうしたんだよ」
長身をかがめて、わたしの顔をのぞき込んでくる。
「別に……」
わたしは視線を逸らしながら、小さく答えた。
頭上で、ギルが嘆息している。
「ま、いいけど。そろそろ交代の時間だろ。さっさと引き継いで、俺たちも祭りを楽しもうぜ」
先日、お祭りの開催にあたり、シィムの自警団が臨時で応援要員を募集した。
わたしやギルはちょっとした小遣い稼ぎをかねて応募し、今日の昼間が当番にあたっていた。
ギルの言うとおり、そろそろ引き継ぎの時間だ。
詰所に行けば、報告と引き換えに報酬がもらえる。
その報酬を足しにして、夜は仲間とどんちゃん騒ぎ――という予定だった。
けれど――。
さっきの一件を、どう報告すればいいのだろう。
悩んでいると、突然、尻を触られた。
反射的にその手をつかんでひねり上げる。
「いてててて」
「なにしてくれてんの」
「いやぁ、あんまり悩まし気だから、なぐさめてやろうかと思って」
ギルが悪びれない口調で言う。
「この手、使い物にならなくしてほしい?」
「降参、降参! それだけは勘弁して」
情けない表情を浮かべて懇願するギルを見て、やれやれとわたしは手を放した。
本当はわたしに許しを請わなくても、この程度、ギルならどうとでも返せるくせに。
「わかったわ。とりあえず、報酬をもらいに行かないとね」
「そうそ。さっさと済ましちまおうぜ」
わたしはギルに促されるまま、詰所へ向かって歩き出した。