掏摸(すり)
「ちょっと君、なにやってんの⁉」
漣の月。15番目の日である今日。
レイリィア王国東端の都市シィムでは盛大な秋祭りが行われている。
広場には多くの店が並び、シィムの住人だけではなく、秋祭りを楽しもうと他都市から訪れた人々でにぎわっていた。
祭りに合わせて旅芸人も訪れており、広場で曲芸や踊りを披露している。
そんな陽気な雰囲気に呑まれた人々は、とかく注意力が散漫になりやすい。
つまり、そういう人を狙った犯罪の成功率は、どうしても高くなる。
――からといって、そんなになんでもかんでも調子よくいくと思ったら、大間違いだ。
わたしは人ごみの中、通行人とすれ違いざまに、さっとなにかを自分のローブの下に隠した少年の腕を、しっかりと掴んでいた。
少年は、自分の身になにが起きているのかわかっていないのか、焦りの色すら浮かべず、ただぼんやりとわたしを見返している。
「なにやってるのか、ってきいてるの」
わたしはもう一度、同じことを繰り返した。
「……なにも」
ぼそりと呟く少年の声は小さすぎて聞き取りにくい。
「なにも、ってことはないでしょう⁉」
とぼけるつもりかもしれない。
若干声を荒げながら、少年に詰め寄る。
身長はわたしと同じくらいだから、目線がちょうど同じくらいの高さにある。
琥珀色の長い前髪に隠れ気味の、藍色の瞳は、うしろめたさに揺らぐことなく、まっすぐにわたしを見返している。
普通なら、多少なりとも動揺するだろうところなのに。
肝が据わっているのか、それともまだ自分のおかれている状況を理解できていないのか。
周囲の人たちが、不審に思って足を止め始める。
少年が、微かに首を傾げた。
苛立ったわたしは、少年の腕を黒いローブの下から引っ張りだす。
その手に握られているのは、引きちぎられた鎖につながれた丸い銀色の容器。
蓋の部分に、精緻な彫刻がほどこされていて、見るからに高価そうだ。
とても、身一つで放浪をしているのであろうこの少年の持ち物とは思えない。
やっぱり。
わたしはひとつ、ため息をついて、少年の手からその銀の容器を取り上げる。
懐中時計――?
中を改めるため蓋を開けようとしたところで、少年の手が伸びてわたしの手を上から押さえた。
「ダメよ。これ、あなたのものじゃないでしょう」
「やめたほうがいい」
「確認するだけ。別にわたしのものにしようなんて考えてないわ」
「望んでいないなら、開いたらダメだ」
思った以上に強い力で握られ、わたしは手を動かすことができない。
ぼうっとしているかと思えば、わけのわからないことを言い出す。
もしかしたら、まだよくレイリィア語が理解できていないのかもしれない。
「ちょっと、放して――」
「あんた、言葉わかるか?」
強引に手を振り払おうとしたところで、少年に真顔で問われて、一気に脱力する。
それはこっちの台詞だ。
わたしは長いため息を吐いてから、銀の容器を握る手の力を緩めた。
「はいはい。わかった。了解よ。これは開かない。それでいい?」
「……別に、望むんなら構わないけど」
いったいどっちなの。
「望むって、なにを――?」
さっきもそんなことを言っていた。
わたしの問いに、少年は決まり切ったことのように答えた。
「終わりを」
と。