イオ
「そういえば、あの、銀の円形の入れ物は?」
のんだくれたちが行き倒れている食堂の横をすり抜け、宿屋の部屋へ戻ったわたしたちは、ひとまず寝台に並んで腰を下ろした。
裏通りで、男ひとりを消し去った、あの銀色の容器。
それが今のイオの首には下げられていない。
「ああ。あいつに拘束されたとき、取り上げられたか落としたか――」
イオは大したことじゃない、とでもいう風に言って、首をこきこきっと鳴らした。
「大事なものじゃないの?」
「別に。どうせ、放っといてもおれのところに戻ってくる。あれは、そういうものだ」
「戻ってくる?」
意味がわからない。
足が生えて、歩いて帰ってくるわけでもないだろうに。
「一年や二年放っておいても、おれは別に構わない。持ち主がどう扱おうが、おれの知ったことじゃないしな」
一年や二年って、相当な時間だと思うけど。
「あれは、人が消えるのと関係があるの?」
「あんた、関係ないと思うのか?」
思わない。
答えはわかっているとでもいうように、イオがうなずく。
「つまりそういうことだ」
「どういうことよ」
「おれにひっついてたって、別になにも起こらない。なにか期待してるんなら、期待外れだったな。おれだけじゃあ、なにもできない。なにも起こせない。子どもひとり消し去れない」
イオは、ぼんやりと天井を見上げながら淡々と続ける。
「それは……」
「おれはただ、管理者として選定されただけだ。死を司る神・ヴェルリアルに」
ヴェルリアル――?
聞いたことのない名前だ。
異国の神様なのかもしれない。
ともかく、人を消し去るのはイオじゃなくて、銀色のあれの力だってことはわかった。
つまりあれがないと、イオはただの細くて今にも折れてしまいそうな、非力なただの男の子――ってこと?
肉の少ない横顔や、細い首、はっきりとわかる喉仏なんかを、観察しながら考える。
体重だって、きっとわたしのほうが重い――。
なんてことを考えていると、部屋の外、階段を上がってくる足音が微かに聞こえた。
まだ、夜明け前。
酔いつぶれて道端で寝ていたヤツがひと眠りして酔いが覚めたもんだから宿へと戻ってきたのか、なにか目的があってこんな早朝に起き出して動いているのか。
はたまた夜通し起き続けていて、現在に至るのか。
足音は、わたしが借りている部屋の前で止まった。
トントントンと軽く戸を叩く音が三回。三拍分の間を置いて、一回。
わたしは、知らず体に入っていた力を抜いた。
今のは、傭兵団の仲間うちでの合図だ。
「入っていいわよ」
ギィ、と扉を開けて、黒髪の青年が顔をのぞかせる。
「帰ってたか」
ギルが、ほっとしたように息を吐き出す。
「さっきはありがとう」
「いや。無事でなによりだ。互いにな」
「本当にね」
この稼業、一度別れたら次に会える保証なんてない。
「そいつが、おまえの探してたヤツだな」
ギルが、鋭い視線をイオに向ける。
イオは、ちらりとギルに視線をやったものの、興味なさそうにすぐ目を逸らす。
「そう、イオ。ちょうどよかった。あのね、ギル。彼、うちの傭兵団に入りたいんだって」
「「はあ!?」」
わたしが告げると、ギルとイオの重なった声が部屋に響いた。




