承諾
「ちょっ、ま、待って! ごめん、嘘!」
わたしは慌てて少年を呼び止める。
けれど、少年は立ち止まらない。
しまった。失敗した。
無難なこと言おうと思ってたのに、急かすから――。
「ご、ごめんってば!」
追いすがるように、少年の黒いローブの端を掴む。
「放せ」
肩越しに冷たい目を向けられて、わたしはなおさらローブを掴む手に力を込めた。
「無理」
「おい」
「ああもう。会いたかったから! もう一度、あなたに会いたかっただけなの! それが用件よ。これでいい!?」
結局、誤魔化すのを諦めて素直に告白した。
「だから、会ってどうするつもりだったのかって訊いてるんだろ」
なのに、少年は特に満足する風でもなく、ローブをわたしの手から引き抜こうと、くいくいと引っ張る。
わたしとしては、この手を放すわけにはいかない。
「それは……」
知りたいから。教えてほしいから。
あの、不思議な力のことを。
そして――。
「それは?」
「――わたしを雇わない?」
少年が、再び瞬きをする。
「――は?」
「わたしが君を守ってあげる」
「必要ない」
一蹴された。
「そんなこと言わないで」
「用件がそんなことなら、これ以上話すことはない」
「そこをなんとか」
「無理だ」
にべもない。
「じゃあ、ただのお供でいいから」
「不要だ」
「それじゃあ、奴隷でもいい」
「はあ!? あんた自分がなに言ってるかわかってんの?」
少年が目を剥いた。
「別に、お給金がほしいわけじゃないし。旅費くらいは自分で稼げるし。わたし、なんでもするよ」
「冗談でも、そんなこと言うな。あんただって、奴隷がどんな扱い受けるか知らないわけじゃないだろ」
叱られて、はっとする。
確かに、今のは言っちゃいけないひとことだった。
「――ごめん。不謹慎だった」
謝りながら、自分でも驚いていた。
夢中だったとはいえ、自分がそんなことを考えていたなんて。
どうして、そこまで――。
この少年が、どんな人か、知りもしないのに。
でも、今、このときを逃したら、もうきっとこの少年に近づける機会はない。
そんな予感がするから。
はあ、と頭上で深い嘆息が聞こえた。
「あんた、おれが怖くないの?」
「君のことは怖くないよ」
怖いのはあの力。でも、それでも知りたいって気持ちのほうが強いから。
「……勝手にしろよ。おれについてきたせいで、あんたがどうなろうと、おれは知らないからな」
「少年!! ありがとう!!」
やった!
わたしは感激のあまり、少年に飛びついた。
「なっ、や、やめろ! おれ、臭うんだろ。離れろよ!」
少年がじたばたと暴れている――つもりかもしれないけど、わたしにはもなんかぞもぞしてるって程度にしか感じられない。
「大丈夫。わたしそんなの気にしないから」
「嘘つけ。さっき洗濯しろって言っただろ」
「あれは、咄嗟に……。別に本当に思ってるわけじゃないから」
「放せって!」
あんまりもぞもぞするからこそばしくなって、わたしはようやく少年を放した。
「ありがとう!」
「ああ、もう。本当に知らないからな」
黒いローブを自分に引き寄せるようにしながら、少年が言う。
「うん。大丈夫」
「それと、その少年っていうの、やめろよ。おれはイオ」
「イオ? それが名前?」
あまり、聞かない音だ。
「ああ」
「よろしく、イオ。わたしはシャーレ」
「わかった」
イオがうなずいてくれる。
これで、一緒にいることができる。
一緒にいれば、知りたいことも訊ける――かもしれない。
急には無理かもしれないけど。
ひとまず、わたしは一緒にいてもいいと言ってもらえたことに、心の底から安堵していた。




