序2
金属がぶつかりこすれ合う嫌な音と、血や臓物や糞尿の臭いと、人の口から発される様々な声と。
目には見えないけれどそこかしこにあるだろう憤怒や恐怖や憎悪、言い表せない様々な想いの残滓。
それらが満ちる場所に、ぽつりと立つ小柄な人影がひとつ。
場違いなほどの無表情と、ぴくりとも動かない四肢。
いつからそこにいたのか、いつの間に現れたのか、わかる者は誰もいなかった。
立ったまま死んでいるのではないかとすら思わせる生気のなさ。
けれど確かに、彼はそこにいた。
黒衣を纏い、頬にかかる赤い血をぬぐうこともせず、両の手はぶらりと脇に下げたままで。
やがて日が暮れ、戦闘は終わりを迎え、動ける者はその場を去った。
闇の中、立っている者は彼ひとり。
ふらり、と。
ようやく、彼が一歩を踏み出した。
微かに聞こえるうめき声をたどり、声の主を探し出す。
生きているのが不思議なほどの重傷を負った瀕死の戦士の傍らに立ち、感情のこもらない瞳で見下ろすと、自分の襟に指を入れて、上衣の下から、首にかけている鎖をひっぱり出した。
その鎖の先には、銀色の、懐中時計ほどの大きさのものがぶら下がっている。
彼が片手でその蓋をはじくように開くと、中にはどこの国の文字とも判別のできない文字と複雑な文様が描かれており、淡い光を発していた。
彼はためらう様子もなく、慣れたようにその文様の書かれている面を、瀕死の戦士へと向け、何事かを呟いた。
と、その光はまるで意思を持っているかのように膨れ上がり、瀕死の戦士を包み込んだ。
空がうっすらと白み始め、彼が立ち去るとき、その場にはただ静寂のみが残されていた。