兄と弟
「弟――?」
「ああ、ふたつ違いの弟。といってもガキのころ以来、ろくに会ってもなかったけどな。まだ生きてたのか」
ギルはこちらを見ないまま、素っ気なく言う。
最初、ギルに似てると思ったのは、気のせいじゃなかったんだ。
「よかったね」
「よかぁねえよ。すまなかったな、こんな目に合わせちまって」
「これは、自業自得。ギルの弟のせいなんかじゃないよ」
ギルの弟が何者なのかはわからないけど、あの強さは本物だった。
今度殺りあっても、勝てる気がしない。
再会するなら、心残りのない時がいい――。
そこまで考えて、わたしは、はっと首を巡らせた。
わたしの心残り――。
「ギル、琥珀色の髪で、黒ずくめの男の子見なかった? 小柄な感じの」
自分で少年に「逃げて」と言ったものの、少年がいったいどこへ逃げたのか、なんてもちろん知らない。
逃げた先で、もしギルの弟――ロニと遭遇して再回収なんかされてたら、困る。
「小柄? そういえば、通りの向こうに消える影を見たような気はするけど、それが――?」
「それ、どこ!?」
「この前の道を抜けた、五番区に向かう小道の角」
「ありがとう!」
五番区は、昼間、掏摸を追いかけた先で少年と出会った、あのあたりを抜けた先になる。
わたしは、駆け出した。
「あ、おいっ!」
背中でギルの声が聞こえたけれど、その時にはもう建物を飛び出していた。
直後、なにかにぶつかりそうになって、慌ててかわす。
「ヴィドル!?」
「シャーレ、大丈夫だったか?」
心配そうな顔で立っているのは、さっき気絶させて放置しといたヴィドルだった。
無事、気が付いていたのならなによりだけど。
「どうして……。っ! もしかして、ギルを呼んできたの、あなたなの?」
「ギルの噂は耳にしてたからな。幸い、ギルのほうは見分けがついたし」
「そう――。ありがとう」
わたしのことを気にかけて動いてくれたことに関しては、お礼を。
ふんっ、とヴィドルが鼻を鳴らす。
「でも、わたしなんかの為に、ギルを危険に巻き込んだりされたら困るわ」
「っ、なんだよ、その言い方ぁ」
ヴィドルがムッとしたのがわかる。
「率直な意見よ。それと、この中ね、何人か寝こけてる奴らいるから、あとはあなたたちの好きにしたら?」
言いおいて、わたしは再び駆け出す。
ギルが来なければわたしは死んでいた。
でも、もしロニがあそこで退く気にならなかったら。ロニがギルの弟じゃなかったら。
ギルがあそこで死んでいてもおかしくなかった。
お人よしじゃあ、この世の中、生きてゆけない。
ヴィドルも、ギルも、お人よしすぎる。
そんな風に、気にかけられても、わたしにはなにも返せないのに。
わたしはもやもやするものを振り払うように、速度を上げた。




