素性
青年は前へ。わたしは横へ。
最初の一撃はすんでのところでかわした。
けれど、スピードが違う。やっぱり、速い。
青年は一瞬でわたしのほうへと向きを変える。
さっきはね飛ばされた短剣は遠い。
追撃がくる。
わたしは近くに転がっていた椅子を盾にした。が、椅子はあっけなく真っ二つに割れて落ちる。
舌打ちをしたい気分だけど、そんな余裕もなく、即座に跳び退る。
青年の短剣が、わたしの頬を掠める。髪がひと房、散る。
床を転がって、ボルドムが使っていた短剣を掴んだ。
すぐさま、膝立ちになって、その短剣で青年の攻撃を受け止める。
ギィン、と短剣がぶつかり合い、音をたてた。
重い。
両手で短剣を支えるけれど、ぎりぎりと押し込まれる。
「すばしっこいね」
「貴方ほどじゃないけど」
真紅の瞳が、僅かに細められる。
青年の口から、くすっと、小さな笑い声が漏れた。
「残念だな」
「なにが、かしらっ……」
青年の力に抵抗しながら、問う。
「ここで君が死んでしまうのが、だよ」
「もっと楽しませてあげられるほどの腕がなくて、悪かったわね」
これ以上、力比べをしていたら、負ける。
体勢的にも不利だ。
わたしは渾身の力を一瞬に込めて、青年の短剣を押し返した。
わずかな隙に、半身になって切っ先をかわす――つもりだったけれど、青年の反応のほうが速かった。
右腕を、青年の短剣がえぐる。
それでも、距離をあけることには成功した。
と思った直後だった。
青年の足が、迫っていた。
左腕を立てて、その攻撃を受け止める。側頭部への直撃こそ免れたものの、ミシ、と骨が軋んだような気がした。
蹴りの勢いに負けて、床の上を転がる。
回転が止まった、と思ったとき、眼前には白刃があった。
ここまでか――。
避けるほどの時間はなかった。
防ぐだけの時間も。
別に、死ぬのはなんとも思わない。
そう思ってたけど――今は少しだけ、惜しい。
結局、あの少年とはこれきりになってしまうことが。
迫る短剣を最期まで見届けようと思っていた。
その刃が、喉を突き破る寸前、消えた。
「シャーレッ!」
カランとどこかで短剣の転がる音と、わたしの名前を呼ぶ声。
青年の短剣が、弾き飛ばされている。
わたしはすかさず体を捻って、青年に回し蹴りを見舞おうとしたけれど、既に青年はわたしの傍らから消えていた。
体勢を整え、距離をあけたところに立つ青年と対峙する。
「シャーレ、大丈夫か!」
「ギル……」
なんでここにいるの?
ギルが、わたしの盾になるように立つ。
ギルのおかげで一命をとりとめたことは間違いないけれど。
「おや、闖入者が。空気の読めなさは相変わらずのようだね」
くすくすと笑う声。
「相変わらず――? っっおまえ!?」
そのとき、初めてギルは相手の顔をまともに見たようだった。
「まあ、楽しみはとっておくのもいいものだしね。今宵はこれで失礼しよう。それじゃあ」
「ちょっと――」
「待て、ロニッ――!」
青年は、そのまま、わたしが侵入するとき破った窓から、外へと姿を消した。
窓辺に駆け寄ったものの、既に青年の姿はない。
「ギル、あの人、知り合いなの?」
ギルは、信じられない、というように頭を軽く振りながら、取り出した布で素早くわたしの腕を止血している。
「ギル――」
「ロ二。――俺の弟だ」
問いを重ねようとしたわたしの言葉を遮るように、ギルが短く口告げた。




