青年の笑み
「せっかくの祭りの夜だもんなぁ。どうせなら、楽しみてぇよなぁ」
ボルドムの表情に浮かぶ嗜虐的な笑みに、わたしは、ああ、と思う。
ああ、こういう表情を、わたしはこれまでに何度も見たことがある。
短刀をその手でくるくると回しながらわたしを見るその目は、追い詰めた得物をどう料理しようか考えるのが楽しくて仕方がないという風に見える。
「そうよね。楽しまないとね」
立ち上がり、短剣を抜いて構える。
ボルドムの腕がたつ、という印象はない。
本人もそれがわかっているから、護衛を連れていた。
――役に立ってないけど。
ボルドム相手なら、充分勝機はある。
腰を落とし、床を蹴ろうとしたその時、すっと青年が動いた。
「どうやら、よほどこの荷物のことが気になるらしい」
青年が足で少年を踏みつけながら愉快そうに言い、いつの間に抜いたのか、手に握っている短剣の切っ先を少年に向けた。
「やっ……」
「やめてほしい? なら、抵抗はしないことだ。そこの彼は、大事な取引相手なんでね。なにかあってもらっては少々困るんだ」
青年がほがらかに告げる。
けれどその赤い瞳からは冷たさしか感じられない。
この青年は、危険だ。
自分によく似たにおいを感じる。
そう、きっと彼は、なにかをするのに躊躇ったりしない。
わたしは手に持った短剣を床に放り、反抗の意思がないことを示すしかなかった。
彼なら、あっさりと少年にとどめを刺す。
逆に言えば、少年はまだ生きているはずだ。
「その取引、わたしが相手じゃダメなの?」
青年が目を丸くしたのち、あははははと笑いだした。
「面白いことを言う。だが残念ながら、今、この状況で、君を取引相手に選ぶことが、私にとって有益だとはとても思えないね」
「どうしてそんなことが……っ!」
青年相手に反論しようとした時、しびれをきらしたのか、ボルドムがいきなりわたしの腕をつかむと、そのまま床へ引き倒した。
反射的に抵抗しそうになって、慌ててその衝動を抑え込む。
「ああ、話はそのまま続けてもらっていいぜ。こっちはこっちで勝手にやらせてもらうからよ」
ボルドムが片手でわたしの上衣を短剣で切り裂く。
その布でわたしの両腕を頭の上で縛った。
抵抗するな。抵抗するな。抵抗するな。
なんとかして少年からあの青年を引き離す。
彼を人質にとられていると、わたしは動けない。
上衣の下に着ていた麻のシャツへ、ボルドムが手を伸ばす。
なにか方法を――。
手がかりを探して視線を彷徨わせていると、少年の琥珀色の前髪の下に、こちらへ向けられている藍色の瞳を見つけた。
気づいてる⁉
いったいいつから――。
ともかく、少年が生きていることが確認できてほっとする。
その口が、微かに動いている。
声は出していない。
青年も、気づいてはいないみたいだ。
でもなんて言ってるのか――。
肌に触れるボルドムの手にうんざりながらも、少年の口の動きを観察する。
『反撃しろ』
唇の動きから読み取れたのは、その一語。
『おれは大丈夫だ』
続く短い言葉。
なにがどう大丈夫なのか、わたしにはわからない。
けれど、彼にもなにか手があるのかもしれない。
このまま、ボルドムの相手をしていても事態は好転しない。
相手がボルドムひとりなら、別のことに夢中になっている隙を狙うこともできるけれど、今はあの青年がいる。
少年の言葉にかけよう。
わたしは小さくうなずいて返すと、視線をボルドムの頭へと向けた。




