ふたつの選択肢
馬鹿でかい笑い声は、近づくにつれて聞き苦しさが増す。
突き当りの廃墟。
その離れをゼム爺は寝床に選んでいた。
今、男たちの声は離れではなく、廃墟の一階から聞こえてくる。
灯りなどほとんどないこの一帯にあって、その一室からは光が漏れている。
随分と贅沢な暮らしぶりをしてるみたいだ。――この場所にあっては。
一応、入り口には見張りがひとり立っている。
見覚えのない顔だ。ボルドムがどこかから連れてきた新顔かもしれない。
わたしが近づくと、男が下卑た笑みを浮かべた。
「ボルドムに用があるんだけど」
要件を短く告げる。
「金は?」
わたしは、懐から袋を取り出して、男へ向かって軽く投げた。
じゃらりと、そこそこ重そうな音を立てて、男の手の中に収まる。
男はその感触を確認してから、その袋を自分の懐へしまった。
「急いでるんだけど」
「悪いが先客がいる。そっちが終わるまでのあいだ、俺が相手をしてやるよ」
面倒だな、とわたしは小さく嘆息した。
こんな程度の奴の相手をしたところで、無駄な時間ばかりかかって、ちっとも目的に近づけないのは目に見えている。
「悪いけど、そんな時間はないの」
「そりゃあ残念だ。それじゃあ、とっととここを立ち去れよ」
「それは困るわ」
「おまえに与えられた選択肢はふたつだ。おれと来るか、今すぐ立ち去るか」
こいつを黙らせて、ひとりで中に乗り込む。
中にいる連中をまとめてねじ伏せて、ボルドムの口を割らせる。
――そういう選択肢があることに、気づけない程度の頭しかないらしい。
「残念ね」
あなたの頭が。
「さあ、どっちにする?」
「あなた……」
男の頬が緩んだのがわかった。
「それじゃあ、こっちに来な」
言われるままに、男に近づく。
うつむき気味で、瞼は伏せ気味に。
華奢な体がより一層華奢に見えるように。
男の腕が、わたしの腰に回される。
廃墟の中は盛り上がっているようで、多少の音がたったところで、気づかれはしないだろう。
わたしはその腕をつかんで捻り上げた。男の体は一回転して地面に投げつけられる。
「静かにして。あなたに与えられた選択肢はふたつ。今ここで死ぬか、わたしの用が終わるまで静かにしてるか、よ」
せっかく選択肢を教えてあげたのに。
逆上した男が、声を上げて反撃しようとしたものだから、わたしはその男の顎を思い切り蹴り上げた。
男が沈黙する。――強制的に、だけれど。
わたしは男の懐から金の入った袋を取り戻すと、廃墟の一階へと急いだ。




