変化
「待て! わっ、悪かった! 悪かったって!」
ヴィドルがこちらへ手を突き出し、更に後ずさる。
「それで? ゼス爺はどこにいるの?」
「ゼス爺は、死んだ」
「えっ……」
「一昨年の冬だ。なんかおかしい咳が続いてると思ったら、ある日、朝には冷たくなってたぜ」
わたしは一瞬言葉を失い、けれど、それも仕方のないことと納得する。
ゼス爺は、わたしがここにいたころから既に爺さんだったし、まともな家も食料もないこんな生活だ。
いつ病をこじらせて死んでも、まったくおかしくない。
むしろ、こんなところで暮らしながら長生きできているほうが、驚きなのかもしれない。
「……そう。じゃあ、今は誰が?」
当時、ゼス爺がこの一帯に身を寄せる者を取りまとめていた。
この街の裏の情報はゼス爺に集まってきたし、その情報を材料に、この一帯に住む者を守ってくれてもいた。
「ボルドムが」
吐き捨てるように、ヴィドルがひとつの名を口にした。
ボルドム――。
その名前を聞いて、思わず眉間にしわがよる。
あまり、近づきたいとは思えない種類の人間だった覚えがある。
「なんでよ」
「あいつに敵うやつがいねえんだ。仕方ねえだろ」
ゼス爺の死後、誰がその役を引き継ぐか、悶着があったに違いない。
ゼス爺が誰かを指名していたかもしれない。
けれどそれを、ボルドムが力でねじ伏せた。
そういうことなんだろう。
「なっさけないわね」
「あいつひとりなら、なんとかならんこともなかっただろうけどな。あいつは何人もの手下に自分の身を守らせてる。手が出せねえ」
「その何倍の人間がここにいるのよ。全員で囲んで殺っちゃえばいいじゃない」
「おまっ……」
ヴィドルが口をぱくぱくとさせている。
「なに?」
「……本気か?」
「むしろ、なんで今まで誰も殺らなかったのか疑問だけど?」
「いや、確かにあいつにはこっちも苦汁を飲まされてる。だからって命まで取るっつーのは」
どうしたいのか、いまいちわからない。
「まあ、わたしはどうせ今や部外者だし、内輪の問題にあえて手を出そうとは思わないけど。とにかく今は、情報がほしいのよ。ボルドムに会わせて」
「簡単に会えるとは思わねえほうがいいぞ」
「どういう意味?」
「男なら金、女なら――」
ヴィドルが、ちらりとわたしの胸に目を向けた。
――そういうことか。
わたしは肩をすくめた。
「いいんじゃない」
「はぁ!?」
「いいんじゃない。とにかくわたしには知りたいことがあるの」
「おまえ――」
ヴィドルはなにかを言いかけたけれど、結局それを飲み込んだ。
でも、憐れむような目をわたしに向けてくるのは、やめてほしい。
「勘違いしないで。明日の朝には、ごつい男の死体が何体か転がってるかもしれないって話よ。あんたたちのいざこざに首を突っ込むつもりはないわ。ただ単純に、相手の出方次第では、相応の代償を支払ってもらうってだけ」
「いくらおまえでも、さすがに何人もの男を相手にそれは――」
「上手くいかなかったら、明日の朝転がってるのはわたしの死体ってだけの話でしょ。ほら、早く案内してよ」
今宵は祭りの夜。
ボルドムが油断していればやりやすい。
そうでなくても、わたしは知りたいことさえ知れればそれでいい。
ヴィドルが深く息を吐き出す。
「どうなっても知らねえぞ」
「承知の上よ」
わたしがうなずくのを確認して、ヴィドルが歩き出す。
六年間で変わったもの。変わらないもの。
この先に待っているのは、果たしてどちらか。
どちらだとしても、あの少年に会うための方法は、これしか思い浮かばなかった。
なんの手がかりもなしに探し当てることができると楽観できるほどの子どもでは、もうないから。




