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力の顕現

「他者を退ける程の… 力?」

(そうだ)

「何故私に?」

(見た所、レン=ヤスツナには魔法の才能が無い様に想うのだが)

「うっ」


 想わず顔が引き攣ってしまう。何年も言われ続けている事ではあるが、面と向かって言われるとまだ平気な顔をして聞き流せられない。


(今まで自分をバカにしていた者、力及ばず期待に応えられなかった者、そんな人々を見返す事ができるのだ)

「……」

(全てを退け、頂きへと達する事ができるのだ。素晴らしい事だと想わないか?)

「…そうですね」

(…そうだろう?)


 口角を上げてニヤリと嗤う。自分が想う最高に悪い笑顔をして見せた。すると影の表情も嗤っている様に見えた。もっとも相変わらずの影なので、本当に嗤っているのかは判らないが。


「ですが、申し訳ございません。私にはその力は必要ありません」

(……聞かせてもらおうか)

「はい」


 表情を戻して影に告げる。考えなくもない。実際に力が欲しいとは想うのだ。だけれども…


「私はまだ自分の力すら満足に扱う事が出来ていません。実際、魔力の循環すら上手く出来ていないのが現状です」


 影は私の言葉を静かに聴いている。私はそれを見て言葉を続けた。


「体力だってそうです。動き続けられる程の身体能力はまだ無い。でも、時間を掛ければある程度は手に入れる事もできる。ですが…」


 息を吸い、決意を込めて言葉を紡ぐ。


「今の未熟な私が力を持ったとしても、それは唯の驕りにしかならないでしょう。そんな人間が頂きに立つなど、私自身が許せません」

(…そうか)


 黙って頷き、それから静かに頭を下げる。


「魅力的なお申し出ではございましたが、今回は御縁がありませんでした。それも私の力不足によるものです、申し訳ございませんでした」

(なに、レン=ヤスツナの所為ではないだろう。だがな)

「はい」

(我はレン=ドウジキリ=ヤスツナを気に入った!)

「…はい?」


 想わず顔を上げて影の方を見てしまう。


(はっはっは! 力がどうのという事とは別だがな。ただ気に入った、という事だ)

「それは、有難い事ではありますが…」


 影は相変わらず大声で笑っている。どうしたものやら、と溜め息混じりに続ける。


「貴方がそれで宜しいのでしたら、私もそれで良いのですけれども…」

(それで良い。何も問題は無いだろうて)


 わっはっは、とまた笑い声が聞こえる。相変わらず表情は判らないけれど。


(…さて、どうやら時間の様だ。また逢えるのを楽しみにしているぞ)


 そう言うと、影の色が段々と薄くなっていく。その影を見ていて一つ思い当たった。


「あ、あの、お名前を伺っておりませんでした!」

(なに、すぐに逢える。本当にすぐじゃ。その時にな)


 そこまでは聴こえたのだが、それ以上の言葉はもらえなかった。

 そして私はその空間に一人佇む事になった。時間とは言っていたけれども、私はどうすれば良いのだろうかと思案を始めたそんな時だった。

 聴き慣れた優しい声が響いてきて、私の意識が其処へと向けられていく。



 先生に助けてもらい、ゴーレムの脇をすり抜けて進んでいく。走りながらではあるけどレンさんの姿は視界の隅に見えている。

 …お、どうやら止まったらしい。あそこは… どうやら先程まで居たこの墓所の最奥、石碑のある場所の様だ。


「レンさん、あんな所で何を…?」


 そう想いつつ、急ぎ石碑へと走っていく。


 そうしてしばらく走ると石碑に辿り着いた。さすがに息切れしてしまい、呼吸を整えながらレンさんに声を掛ける。


「レンさん… レンさん!」


 レンさんは大きな石碑の横に佇んでいて、そこに在る大きめの石碑に手をかざそうとして、手を伸ばしている様に見えた。

 二度、三度と声を掛けるうちに、レンさんは我に返った様にこちらに顔を向けた。


「あ、あぁ… ソウくんか。どうしたのかな?」

「いや、どうしたって… それはこっちの台詞ですよレンさん。

 いきなり走り出して、何かあったんですか?」

「ん? ん~… 何かあったといえばあったんだけどね。無いといえば何も無いし…」

「何ですかそれは…」


 頬っぺたを掻きながら、笑顔でそう言うレンさんに想わず脱力してしまう。まぁ、無事で何よりだとは想う。


「それじゃあ戻りましょうか。僕達がここから離れられれば先生方も逃げられるでしょうし」

「うん。それじゃあ急ごうか」


 そして僕達は再び出口に向かって走り出した。途中までは来た道を進んでいたが、ゴーレムの手前で脇の道に入る。

 うまく察知されないでゴーレムをやり過ごせたのだが、先生方の方を見るとどうやら劣勢であった。

 四人居た内の二人は戦闘に参加できず、肩で息をしながら膝を着いていた。残る二人で何とか対応しているものの、想った以上に拳の攻撃力とそこからの範囲攻撃が厄介の様だ。

 こんな事を想うのはおこがましいとは想うのだが、先生方だけでは持たないのではないか? という考えが脳裏を過ぎる。

 ふと隣のレンさんを見てみると、どうやらおんなじ様な事を考えているらしい。行くべきか行かないべきか、迷っているみたいだ。だが迷っている時間はそれ程無い。どうしようかと考えていると、レンさんから声が掛けられた。


「ソウくん、すまないけれども…」

「うん、解ってる。最後までつき合うよ」

「えっ?」

「ん? そういう事じゃなかった?」

「や、違わないんだけどね… 危ないよ?」

「だからこそレンさんについて行くんじゃないか」

「ソウくん…」

「友達なら。本当に友達なら止めるべきなんだろうけれど。そういう意味では友達ではないのかもしれないけれど。

 それでもね。ここで止めたらもうずぅっと一緒には居られない気がするんだ。何故かは判らないけれど」

「…ソウくん、それって…」

「うん」

「告白かな?」

「うん。…って、えぇ!?」

「や~、嬉しいんだけどね。場所が場所だけに、喜び辛くってさ~」


 そう言うレンさんの顔はニヤニヤと笑っている。結構長い事一緒に居るけれど、こんな顔のレンさんは初めてだ。新たな一面を見た、という事だろう。

 いや、そんな事を冷静に考えている場合じゃないだろ。そう自分自身にツッコミを入れて我に返る。


「レンさん、レンさん。今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ」

「え、そう? こんなに嬉しい事ないよ!?」

「いや、そうかもしれないけど…」

「ソウくんは嬉しくない? 好きな人に好きって言われたら。

 あ、返事してなかったね。うん、私も好きだよ~!」

「ええい、落ち着きなさい!」


 べし! っと額にツッコミを入れる。強くいきすぎたかな、と想ったけれどここは心を鬼にして続ける。


「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょう! まったく…

 そんな事ばかり言ってると…」

「言ってると?」

「嫌いになりますよ」

「…!!」


 顔から血の気が引いて真っ青になっていく。まぁ冗談なのだけれど。僕がレンさんを嫌いになる訳ないのにね。

 ただこの言葉はレンさんにとっては禁句だ。小さな頃から何かとあったレンさんにとって「嫌う」だとか「嫌われる」という言葉は、耐え難いものがあると想う。それも近しい人に言われるのは特に。

 でも、だからこそ、とも想う。


「……嘘ですよ」

「…え、嘘?」

「はい。レンさんを嫌いになる訳無いでしょう」

「…本当に?」


 黙って頷き言葉を続ける。


「さっきまでのレンさんはいつもと違う所のスイッチが入っちゃっていたみたいだったから、強引にやっちゃいました」

「…痛い所を突くよね、ソウくん」

「でも、落ち着いたでしょう?」

「まぁ、確かにね…」


 そう言ったレンさんは複雑そうな表情だった。


「さて、落ち着いたところでどうするか考えましょう」

「うん、そうだね」

「何か案はありますか?」


 そうして短い時間で作戦を練っていく。



 ゴーレムからの攻撃を避けつつ距離を取る。周りを見るとこちらの四人の内二人は回復に専念している状態だ。

 想ったよりもこいつの攻撃は重く、避け辛い。このままではこちらの魔力も無くなり、倒される可能性は高かった。


「こいつは分が悪くなってきたな。だが、やられる訳にはいかないがね!」


 そう言いつつ振り上げられた拳を回避しようとするが、どうやら足にきていたらしく反応が少し遅れた。


「! しまっ…」


 直撃を覚悟したその瞬間、自分と拳の間に人影が割り込むのが見えた。


「!?」

「やあぁああ!」


 人影は恐ろしく強力な結界を展開して、ゴーレムの拳を弾き返すとこちらに声を掛けてきた。


「先生、ご無事ですか?」

「お前、ヤスツナ!?」

「はいっ!」


 そう返事をするレン=ヤスツナはこちらに手を伸ばして腕を掴むと、魔力の補充を始めた。程なくそれが終わると、ふぅ、と一息吐いて続けた。


「これで魔力は回復しましたね」

「あぁ、助かった」

「では私があのゴーレムを引き付けますので他の先生方の救助をお願いします」

「それはこちらの役目だろう」

「私の魔力はまだ余裕がありますので、あの拳の直撃にも数度は耐えられると想います。ですからその間に他の方の回復をお願いします」

「むぅ、解った」

「すみません、私が治癒魔法も使えたらそうしていたのですが…」

「解っているよ、それはな。適材適所というやつだ」


 ははは、と苦笑いをしてヤスツナはゴーレムに視線を向ける。ゴーレムは再び拳を振り上げて攻撃の体勢に入っていた。


「行って下さい!」

「すまん、任せた!」


 振り下ろされた拳を結界で防ぎつつ、こちらとは逆の方へと受け流す。駆け抜けていった時もそうだが、これならしばらくは任せても大丈夫だろう。


 元々レン=ドウジキリ=ヤスツナは魔法が不得手ではない。いや、そう言ってしまうのは正しくないのだが、言い方が難しい。

 内側、と言えばいいのだろうか。自分自身に向けて使うものに関しては学院内でもトップクラスのものを持っている。

 しかしこれが外側、他者に向けて使うものはからきしなのだ。前者は結界や魔力循環などで、後者は攻撃魔法や治癒魔法などか。ここまではっきりと分れてしまっている生徒は初めてだ。

 それならば魔力の譲渡はどうなのか? 他者に向けて使うもので、最初こそ手間取っていたが今では使いこなしている。詳しい事は判らないが魔力そのものが関係しているのではないか、という話をブレスレットを作ったソウジ=アマクニと話した事がある。


「魔力。魔力か…」


 ふと口に出てしまう。レン=ヤスツナの持つ魔力量は、学院内でも我々教導員を含めても及ぶ者が居ない程強大なものを持っている。詳しくは判らないがヤスツナ家でも当主のコウキ=ヤスツナ殿に匹敵するものだという話は聞いている。


「血、か…」


 そんな事を考えていると、他の教導員を補助しているソウジ=アマクニが視界に入った。



 この黒いゴーレムは、最初に現れた茶色のものよりも力も速さも段違いにある。でも今の時点での脅威はその攻撃能力ではなく、防御能力の方だった。

 剣等の打撃にも魔法での攻撃でさえも傷すら付けることが私達には出来なかったのだ。

 防御に人員を割ける様になり、少しばかり余裕が出来たので先生方に攻撃をしてもらっていたのだけど、全ての攻撃が弾き返されてしまった。

 近くに移動した時に聞いてみたのだけど、先生ですらこんなゴーレムは見た事も聞いた事もないそうだ。


「そうなんですか?」

「ああ。個体や種別によって違いは有るものの、あそこまで硬いのは聞いた事すらない」


 ちなみに先生が見た中では、「アイアンゴーレム」という種別のゴーレムが一番硬かったそうだ。それでもこの個体に比べれば柔らかいし、魔法も効果が有ったのだという。


「こんなのが門番やってる城があったら、どうやって落とすんだろうな」

「苦労する、…どころの話じゃないんでしょうねぇ」


 そんな事を話して二人で苦笑しつつまた分かれる。

 倒せるのであれば倒してしまうのが理想ではあるけれど、こちらの攻撃が通らなければそれもできない。今はただ防御に徹し時間を稼いで援軍が到着するのを待つしかないだろう。

 問題があるとすれば、それが何時になるかという事だ。


 私達の体力や魔力は、当たり前だけれど無限に続く訳ではない。体力が無くなり魔力が尽きて、結界も張れずに動けなくなった時が最後だ。相手はゴーレム、自滅を待つのは得策ではないと想う。

 ただ、今のままならば暫くは持ちこたえる事は可能だろう。


 今のままならば、そんな風に想う時程、自分の想う様にはいかないものだ。


 ゴーレムの速さや攻撃に皆が慣れ始めた時だった。今まで攻撃の際はどちらか一方の片腕のみを振り上げていたのだが、今回初めて両腕を振り上げて頭上に停止させた。


「何をするつもり… っ!?」


 急激な魔力の高まりをゴーレムから感じた。そして頭上の両腕の先に、黒い(もや)の様なものが見えた。どうやらそこに魔力が集中し始めているらしかった。その靄は段々と広く私達の頭上をも(おお)っていく。


「これは… …先生っ!」

「分かっている!」


 私を含めた全員が油断無く防御の姿勢に入ったその時だった。


「…っ!!」

「ぐうっ!」

「ぬがああ!!」


 頭上を蔽う靄、それは雷雲であった。

 ゴーレムを中心に広がったその雷雲から、周囲全てへと電撃が降り注いだ。


「ここで範囲攻撃とはな…」

「先生、ご無事ですか!」

「あぁ、なんとかな」


 幾重もの雷を防ぎきり周囲を確認すると、皆無事な様子が見えた。ソウくんもこちらを見て頷いている。

 そんなこちらの気も知らずにゴーレムは拳を振り下ろして攻撃を続けてくる。


「これは厄介だね…」


 回避をしつつ様子を見るが、すぐにはあの電撃が来ない所をみると連続して使う事ができないのだろうかと推察する。

 ダメージもさる事ながら、範囲攻撃というのが厄介な所だ。電撃の速さも相まって避けるのも難しい。

 ただ防ぎきる事は出来た。直撃を受けなければ大丈夫ではないかと考えていたその時、再び黒いゴーレムは両腕を掲げた。


「電撃、来ます!」

「皆、防御の用意を!」


 各々電撃に対して身構える。頭上の雷雲が時間と共に黒く広がっていき、そして電撃が降り注ぐ。


「くぅっ!」


 二回目ともなればそれなりの覚悟はできているが、それでも痛いものは痛い。

 歯を食いしばり、電撃が止むのを待つ。だが、電撃が止んだそこに見えたのは、未だに振り下ろされる事なく頭上に掲げられた両腕と、周りに広がる雷雲だった。


「くそっ!」

「連続魔法だと!」

「来ますっ!!」


 声と同時に再び電撃の雨が降り注ぐ中、咄嗟に込められるだけの魔力を込めて結界を張る。


「ぐおおおおっ!」

「くぅっ!!」


 十分に体力を回復させる間も無く、電撃に打たれ続けた先生方は倒れはしなかったものの立ち上がることはできず、片膝を着いてその場から動く事が出来ないようだった。

 そしてそれは先生の傍に居たソウくんも同じで。

 視線を上げたその先にはゴーレムの腕が振り上げられていて、それは間違いなくソウくんに向けて振り下ろされようとしていた。


 時間が止まった様だった。ひどくゆっくりと、ソウくんに向かって私は手を伸ばす。視線の先のソウくんは、まだゴーレムの動きに気付いていない様だ。

 体が前のめりになる。口が開いて何かを口走っていた。何を喋ったのか解らない。ただ、何かを言葉にしていた。

 ようやくこちらに気付いた様だけれど、どうやら動く事ができないらしい。そしてゆっくりとこちらを向くと、私ににっこりと笑い掛けてくれたのだ。


 そこで私の意識は一度途切れた。



 気付くと私はどこかで見た事がある空間に立っていた。辺りを見回していると、ここが先程訪れていた所だと理解した。何故かは解らないが、確かにそうだという確信だけはある。


(ほれ、すぐに逢えたじゃろ?)


 それは確かに先程聞いた声だった。少しいたずらっぽく、楽しそうな声。


「…ええ、そうですね」

(ん? どうかしたかね?)

「いえ、こんな状況でなければ嬉しかったのですけれど」

(だからこそ、ではないか?)

「…え?」


 何時の間にか目の前に現れていた影の口角が、り上がって嗤った様に見えた。


「私達の状況をご存知なのですか?」

(もちろんだ。だからこそ呼んだのだよ)

「……随分と悪趣味でいらっしゃいますね」

(はっはっは! 褒め言葉と受け取っておこうかの)


 心底愉快そうに影が嗤っているのが分かる。随分と酷い人だと想う。そもそも人なのかどうかも怪しくはあるけれど。


(さて…)


 ひとしきり嗤った後、影がおもむろに話し始めた。


(レン=ヤスツナが言うこの状況で、まさか断りはすまいな?)

「…ええ。真に遺憾ではありますが…」

(うむ、では…)

「暫しお待ちを」


 手を突き出し会話を止める。確認しておきたい事があるのだ。


(ん?)

「一つ、お尋ねしたい事があります」

(ふむ、何か?)

「貴方の力をお借りする事で、ソウくんを助ける事ができますか?」

(…ふむ)


 一度そこで言葉を区切り、ややあって影は言葉を続けた。


(助けられる。…と言えれば良いがな。まぁ、断言はできぬ)

「そんな…」

(状況というものは刻と共に変わっていくものだ。先程まで出来ていた事が、ほんの一瞬の後には全く出来なくなっている事もあるだろう)

「……」

(だが、そうだな… 我が力を貸す事で、現状は好転するであろうよ)

「…分かりました」


 そして私は片膝を着き、頭を垂れる。


「貴方様のお力を、私めにお貸し下さい」

(うむ)


 影は満足そうに、そう答えた。



 二連続の電撃は流石に堪えた。体力と魔力をごっそりと持っていかれてしまった。回復しようにも身体が想う様に動かなかった。


「…! …!!」


ふと、自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。確かに聞いた事がある声だったので、視線だけそちらに向けるとレンさんの姿が視界に入った。

 レンさんは何かしらこちらに向けて声を出しているのだが、よく聞こえない。必死にこちらに呼びかけてくれている様子は分かる。ただ、そのレンさんの表情はとても苦しそうに見えたので、僕は安心させる為に笑いかけた。

 僕は大丈夫だよ、心配ないよ、と。そんな気持ちを伝えたかったのに。


 …どうしてだろう。安心させるどころか、この世の終わりが来たような顔をさせてしまった。

 ダメだなぁ。僕ではレンさんを倖せにする事は出来ないのか。残念だなぁ。好きな人が倖せになって欲しいと願うのは当たり前だと想うんだ。少なくとも僕はそう想う。

 だから、レンさんには倖せであってもらいたい。僕の勝手な押し付けではあるけれど。


 そんな事を考えていたら、目の前に何かが突然現れた。



 周囲に金属同士が激しくかち合った様な音が響く。互いに弾かれたそれは、対照的な結果を招いていた。

 一方は原形を保ち損傷は見られない様ではあるが、強く弾かれた為に体勢を崩し倒れていた。もう一方はその姿を留められずに砕け散り、その役目を終えていた。


「ふむ。もう少しまともかもしれんと想ったが… 所詮は賊の持ち物といった所か」


 刀身を失い柄だけが残された剣を見た少女は呟く。しかしその声音は低く、とても若い女性の声とは想えないものであった。

 剣の柄を見ている少女は、その視線を自分の後ろに座っている少年に向けて声を掛けた。


「君がソウくんとやらか?」

「え? …あ、はい。そうですけれど…」

「うむ。暫し待て、レン=ヤスツナに代わる」

「代わ、る…?」


 言っている事が理解できないでいる様子の少年を余所に、少女は静かに瞼を閉じる。そして再び開けられた時、瞳の色が変わっていた。燃える様な紅い瞳が黒く変わっていた。


「ソウくん、無事!?」

「あ、はい。…レンさん?」

「うん、何?」


 手に持っていた剣の柄を地面に置き少し屈むと、少年と近くに居る男性の手を取り魔力の供給を始める。


「本当にレンさん?」

「うん。ちょっと事情はあるんだけど、詳しくは後でね。よし、魔力は回復したかな」


 笑いかけると立ち上がり、少年に背を向ける。


「私はあのゴーレムの相手をするから、ソウくんは先生方を連れて離れていて欲しい。頼める?」

「はい、もちろん」


 少女は振り返りもせず少しだけ頷いた。少年は回復魔法を自身と男性に掛けている。


「お願いね」


 その言葉に少年は頷き、男性に肩を貸しつつ移動を始めた。それを確認した少女は、腰に固定した鞘から小剣を抜刀し眼前に構えた。傍から見てもそれが分かる程の魔力が少女の身体を覆っている。



「これで、貴方の力をお借りする事が出来るのでしょうか」

(うむ。必要な時に我を呼べば良い。)

「すぐに必要になります。…そういえば、貴方のお名前を聞いていませんでしたね」

(ふむ、そうだったな。我の名は…)



「我が言霊に応えよ、オオカネヒラ!!」


 その言葉と共に瞳の色が黒から先程の紅色へと変わっていく。そして身体を包んでいた魔力が少女の中へと戻っていき、全ての魔力が吸収されるとそれは顕現した。


「…我が名はオオカネヒラ。我が主の求めにより参上した」


 左手に持った小剣の刀身を、根元から切っ先まで人差し指と中指でなぞっていくと、指が触れた刃が淡く薄い桃色の魔力で覆われていく。

 刀身が全て魔力で覆われると、少女は剣を中段に構えて言葉を紡ぐ。


「…推して参る!!!」


 発せられた声音は低く少女のものとは想えないものだった。そして少女の身体から感じられる凄まじい威圧感は外見からは考えられないものであった。


 少女、レン=ドウジキリ=ヤスツナの眼前には体勢を立て直した黒いゴーレムが立ち上がっていた。それに向かって大地を駆ける。疾風の如きその速さでゴーレムに近付き剣を振るう。

 数度の金属音が響いた後、レン=ヤスツナの居る場所に豪腕が振り下ろされた。しかし既に少女の姿はそこには無く、殺傷範囲外へと退避していた。


「ふむ、少し足りないか」


 そう呟いたレン=ヤスツナは、再び指で刀身をなぞる。触れられた刃は先程よりも濃い魔力に覆われていき、紅色に輝いている。そして切っ先よりもさらに長く魔力を伸ばす。その刀身は長剣や大剣の類と同じくらいの長さであった。


「ふむ、これくらいで良いか」


 今度は右肩に刀身を乗せて左足を前に出し、前傾の姿勢で構えている。力を込めて大地を駆け、ゴーレムへと接近する。しかしゴーレムも易々と接近は許さないといった所か、先程よりも素早い腕の振りで正面に拳を落とすがそれすらも回避し側面へ回り込む。


「少しは考えている様だがな。まだまだ」


 そうして紅い剣閃が弧を描き幾重にも輝く。それは確かにゴーレムの硬い身体を裂き、ダメージを与えている。

 飛び上がり、ゴーレムの頭部へと続けて斬りつけるもそこに拳が振るわれる。素早く振るわれた拳ではあったが、レン=ヤスツナはそれを足場にして後方へと跳躍する。


「なんとかなりそうではあるな。…む、雷か」


 レン=ヤスツナの言葉の通り、ゴーレムは接近戦では分が悪いと見たのか両腕を上げ雷雲を呼んでいる。周囲を見ると、ソウジ=アマクニ達はまだ他の教導師の救出中であった。


「まだ暫し刻が必要か」


 レン=ヤスツナは片腕を振り上げると結界を張り始める。それは先程までの自分のみのものではなく、広範囲に対してのものであった。


「おおおぉおお!!」


 声と共に展開した結界は周囲全てを包み込み、電撃の雨をものともせずに跳ね返す。


「これは中々魔力を持っていかれるな」


 電撃が止んだのを確認してから結界を解く。レン=ヤスツナがゴーレムに視線を向けると、ソウジ=アマクニ達が教導師に回復魔法を掛けているのが視界の端に映る。


「もう少し掛かりそうだな。 っ!」


 ゴーレムは腕を掲げたままさらに雷雲を展開している。それを見ると同時に大地を駆け、ゴーレムに肉薄する。


「そう簡単にはやらせんぞっ!」


 二回目の雷撃が来る前に跳躍して、掲げられた右腕へと剣を走らせる。


「まずは一本、頂いておこうか!」


 気合と共に輝きを増した光刃が弧を描き、それと共にゴーレムの右腕が半ば程から崩れ落ちる。大地に落ちたその腕は、轟音と共に土煙を巻き上げた。視界を塞ぐ程ではないものの、やや周りが見難くなっている。


「む? …ふむ、あまり時間は無いか。とは言え初めての召喚でここまで維持できるとはな。やるものだ」


 燃える様な紅色の瞳が、時折黒い瞳に変わる。いくら膨大な魔力を有していても、このオオカネヒラをその身に宿し続けるには体力的にも精神的にもいささか不足はあるだろう。オオカネヒラを召喚していられる時間は、あと僅かであった。


「早く決めはしたいのだが。…ふむ、そうもいかんか」


 土煙が晴れたそこには、先程切り落としたはずの右腕が付いた黒いゴーレムが立っていた。


「攻撃が来ないのはおかしいと思ったが… 再生? いや、落とされた腕を付け直したか。驚異的な生命力だな… 生半可な攻撃では沈められんか」


 ゴーレムから視線は外さずに辺りを確認する。先程まで居たソウジ=アマクニや教導師の姿はすでに無く、その空間にはレン=ヤスツナと黒いゴーレムという二つの存在があるのみだった。


「…ときは、来た!」


 口角を上げニヤリと笑う。そうして力を込めて大地を蹴り、駆け往く。

 両腕を振り上げ雷雲を呼ぶ構えを取るゴーレムだが、先程までに比べて雷雲の広がる範囲が狭い。どうやら範囲を狭めて発動時間を短縮させている様だ。


「ふむ… ゴーレムの割には頭が回る」


 頭上から幾重にも降り注ぐ雷撃にレン=ヤスツナはしかし、さらに加速した。


「その程度の雷に当たるものかよ!」


 速度を上げ雷雨の中を走り抜けたその先に、黒いゴーレムを捉えた時だった。

 ゴーレムが頭上に掲げた両手をぐっと握ると、周囲を雷の壁が覆った。


「くっ!」


 流石に止まれずにその勢いのまま雷の壁へと剣を突き立てるが、乾いた音と共に空中へと弾かれてしまった。


「ぐぅっ!」


 空中で体勢が崩れた所へゴーレムの拳が横薙ぎに迫ってくるが、何とか剣を盾代わりにして直撃は防いだ。しかしその勢いまでは殺しきれずに地上へと吹っ飛ばされる。

 地面に当たる瞬間に結界を張り、ダメージを最小限にする。数十メートルは滑っていたが何とか止まり、土埃の舞う中ゆっくりと立ち上がる。


「…ふむ」


 服に付いた土埃を軽く払うとゴーレムに視線を移す。その瞳の色は紅色と黒色とに移り変わり、先程よりもその間隔は短く速くなっていた。


「試している時間は、無さそうだ…」


 剣を正面中段に構えると、再びゴーレムに向かい走り出す。その速さは先程にも劣らず、一直線にゴーレムへと向かう。

 ゴーレムも先程と同じ様に迎え撃つべく頭上に掲げられた両腕辺りから、黒い雷雲が広がっていく。そして近付く敵を排除する為に雷の雨が降り注ぐ。


(ここまでは予定通り。問題はこの後だ)


 縦横無尽に降る雷を避け続けて接近すると、ゴーレムは両手をぐっと握る。それを合図に周囲に雷の壁が展開される。


「ここだっ!!」


 気合いと共に剣を突くが、先程と同じ様に空中へとレン=ヤスツナは弾かれた。それを見たであろうゴーレムは雷の壁を解除して、空に浮いている標的へと右腕を振るう。だがその刹那、そこに居たはずの標的は忽然と姿を消してしまう。

 誰も居ない虚空を右腕が通り過ぎる頃、眼下から声が聞こえた。


「腕を伸ばしている間は、流石に雷は出せねぇよなぁ」


 声と同時に剣を胴体部分へと突き入れる。輝きを増した刀身は、そのままゴーレムの身体へと突き刺さる。



 雷の壁に向かい、剣を突くと同時に上空へと弾かれた様にみずから飛び、ゴーレムが攻撃する直後に雷の壁が消えたのを確認した。そしてすぐさま体勢を立て直し、空中に魔力で足場を作り、急降下してゴーレムの懐へと入り込んだ。


「魔力にはこんな使い方もある」


 そう言ってレン=ヤスツナに教えるのは、また別の話になる。



「うおぉぉおっ!」


 胴体部分に突き立てた剣の柄を握り直して、そのまま逆袈裟に斬り上げると肩口から紅く輝く刀身が抜け出した。拘束を解かれた刀身を上段に構え直すとさらに輝きが増していき、それと同時に紅い刀身自体も長大になっていく。

 見上げるゴーレムの身体は、その間にもすぐさま傷は塞がっていき、ものの数秒で見た目には何も無かった様になってしまった。


「その能力は素晴らしいものだがな。これで仕舞いにしようか」


 柄を握る手に力が込められる。そしてゴーレムに向かって右足を踏み込むと共に、頭上の紅玉を振り下ろす。


「たぁぁあっ!!」


 気合と共に振り下ろされたその紅玉の剣閃は、音も無く眼前の巨体を難無く両断し、さらに大地に深い裂け目を作っていた。

 左右に分かたれた黒い巨塊はゆっくりと倒れていき、轟音と土煙を巻き上げ大地に倒れこむ。


「剣技・魔人剣… といった所かの」


 そう言いつつ指で刀身をなぞっていくと先程までの紅い輝きは無くなり、元の小剣へとその姿を戻していた。そうして一度剣を振ると鞘へと納刀する。


「漸く一息吐けるか」


 腰に手を当て一つ息を吐くと、辺りに舞い上がる土煙が治まってきた。回りにはゴーレムの他に脅威となりそうなものは無く、少し離れた場所に盗賊が倒れている。そこからさらに離れた所にソウジ=アマクニと教導師の面々が確認できた。


「ふむ、皆無事か」


 既に瞳の色は大半が黒色のものになっており、紅色になっている時間はほぼ無かった。


「あぁ、本当に時間は待ってはくれないな。やっと見つけたというのに。暫くの別れだ」


 呟きと共に瞼が閉じられたレン=ヤスツナは、静かに大地へと倒れゆく。




 戦場に紅い閃光が走った様に見えた後、そこから土煙が舞い上がり何も見えなくなってしまった。


「どうなったんだろう。レンさん…」


 気が先走ってしまう。自分に出来るのは待つ事だけなのだろうが、それでもあそこへ行ってしまいそうになる自分を必死で止める。

 無事で居てくれれば良いけれど。本当にそう想う。そんな事を考えているうちに土煙が薄くなってきた。

 まず目に付いたのは黒い大きな塊。だがそれは先程までの大きさとは少し違っていた。ここからではよく見えないが、少し小さくなっている様だ。


「レンさんは… ! レンさん!」


 そうして治まりつつある土煙の間からレンさんの姿が見えた。向こうもこちらを見ているらしく、視線が合った様に想う。


「レンさん! っ!!」


 想わず駆け出していた。こちらを見て安心したのか、レンさんがそのまま倒れていく。手を伸ばしても届かないのに、構わず手を伸ばす。もしかしたらさっきのレンさんもこんな気持ちだったのかなぁ、なんて想ったりした。


「レンさん、しっかり! レンさん!」


 レンさんの元に辿り着くと急いで状態を確認した。所々傷はあるけれど、大きな物はなさそうだった。


「どうだアマクニ、ヤスツナの容態は」

「外傷は大きなものはなさそうです。疲労と魔力の使用過多が原因で倒れたものかと想われます」

「うむ、何よりだな。ヤスツナはこちらで運ぼう」

「お願いします、先生」


 追いついてきた教導師にレンさんのことを任せると視界に入っていた黒い塊に今更ながら気付いた。


「これを、レンさんが…」


 おもむろにその塊へと近付いていく。元々一つであった物が綺麗に二つに切り裂かれていたのだが、その断面もとても綺麗で想わず見惚れてしまった。


「…ん?」


 金属の塊の中に一際輝く鉱石の様な物を見つけた。


「これは… まさか」

「アマクニ! この周りに近付くな」

「あ、はいっ!」


 鉱石をポケットに仕舞うとその場から離れる。レンさんを背負った先生がすでに出口へ向けて進んでいるのが見えた。


「まだ何があるか分からん。油断はするなよ」

「はいっ」


 先生二人と一緒に出口へ向かう。しかし警戒とは裏腹に、何事も無く出口へと辿り着いた。

 出口に着き、これからどうするかと先生方が話している時だった。僕達が来た都市サザンカの方から数台の馬車が接近してくるのが見えた。

 再び緊張感が漂う僕達だったが、それは杞憂に終わった。馬車から上半身を覗かせたのが先に戻ったクラスメイトの一人と先生だったのだ。

 馬車が着くと僕は直ぐにレンさんを運び込む。先生方は一緒に来ていた騎士団の方と話をしていた。何があってどうしたのかを話しているみたいだ。その後数名の騎士団員が墓所の奥へと進んでいく。


「アマクニ」

「あ、はいっ」


 レンさんの傍に居る僕に先生から声が掛かる。僕からも何か話をするのだろうか。


「お前はヤスツナたちと一緒に先にサザンカへ戻れ。護衛として騎士が数名付くから心配は要らない」

「はい」

「疲れているだろうからヤスツナ共々ゆっくり休みなさい。後日少し話を聞くと想うがよろしく頼む」

「判りました」

「うむ、ではな」


 そう言って先生はまた墓所へと戻っていった。先生方こそ疲れているだろうに、大変だなぁ、と想う。

 そうしてサザンカへと戻った僕達だったが、レンさんが目を覚ましたのはそれから三日後の事だった。




「ふぅ、ここまで来れば大丈夫だろう」

「お疲れ様でした、親方さん」

「うぉ! …何だ、アンタかよ」

「うまく難を逃れたようですね」

「おう。っつーかアンタの持ってきたヤツの所為でそうなったんだがな。何だありゃ」

「おや、心外ですね。あれを使うと決めたのは貴方ではありませんか」

「あの黒いのは何だっつー話だよ!」

「あぁ、あれですか」

「あれが無けりゃうまく事は運んだのによ」

「そうは見えませんでしたがね」

「…言うじゃねーか」

「まぁ、死人に口無しと言いますし」

「あん? っ!」

「実験にしては良いデータが揃いました。まぁ、イレギュラーな事もありましたがね、それも含めても良い実験でしたよ」

「おま、お前…」

「貴方はゆっくりとそこでお休みなさい。なに、お仲間の所に逝けるのですから寂しくはないでしょう?」

「……」

「さて、新たな研究対象になり得ますかな、あのお嬢さんは」






「……」


 瞼を開けると光が眩しくてまた閉じてしまった。


「ん…」

「レンさん? 良かったぁ~…」

「…ソウくん?」

「うん、ソウジ=アマクニですよ」


 にぃ、っと笑顔を見せてくれるソウくんに釣られて自分もにぃっ、と笑顔を向ける。そうこうしている内に家族がどどっと寝室に雪崩れ込んできた。


「レン!」

「あぁ、やっと起きた!」

「痛みは無いか? 気分は優れないか?」

「お腹は空いてないか? すぐにお茶菓子を用意させよう」


 一気に捲し立てられて落ち着きもできない。そうこうしている内にソウくんの姿が見えなくなっていた。気を使ってくれたのだろうけれど、私はソウくんに傍に居てほしかったなぁ、なんて想ってしまった。

 医師の検査を受け、学院に行く許可を得た私だったけれど、ソウくんには会えなかった。何でも昨日も休みだったという事をクラスメイトから聞いた。何かあったんだろうか。


 あれから時間を見つけてはオオカネヒラを召喚する練習をしているのだけれど、一向にうまくいかなかった。何が足りないんだろう、悪いんだろうと考えるも一人では中々良い案は浮かんでこなかった。相談しようにもソウくんは相変わらず学院に来ていない。これでもう一週間になる。


「逢いたいなぁ…」


 言葉がつい漏れてしまった。そんな事、言うつもりは無かったのに。


「……逢いに行こう」


 思い立ったが吉日という言葉もある。すぐさま私は行動した。

 ソウくんの家は私の家とそれ程離れてはいない。精々数百m離れているだけだ。なので家自体には直ぐに着いたのだが、どう切り出していいものか。あれやこれやと数分考えて、結局正直に話す事にした。

 正面玄関にて使用人の方に訪問の目的を話すと少将お待ち下さいと言われ、その場に留まる。まぁ、急に来てしまった訳だし、こちらが悪いのは承知の上だ。待たされる事くらい何でもない。


「お待たせしました、レン=ドウジキリ=ヤスツナ様。ただいまご案内いたします」

「はい」


 執事の方が私を案内してくれる。いつもこちらへ伺った時に対応してくれている方だ。


「ソウジ=アマクニ様は作業中だったのですが、先程それも終わった様でございます」

「作業… と言いますと、学院を休んでいたのもそれで?」

「はい、その通りでございます」

「いつもの事ですね」

「いつもの事にございます」


 原因が判れば何て事は無い、いつもの事であったのだ。だけど今回は何を作っているのだろう。そんな事を考えながら歩いていると、ソウくんの工房の前に着いた。

 執事の方が扉を開けると、ソウくんはソファに座って眠っていた。なんだかなぁ、と想う。ソファに近付いてもまだ目を覚まさないで眠っている。よっぽど根を詰めていたんだろうか。

 ふと近くのテーブルを見ると、剣の柄が置いてあった。柄のみで刀身は全く無いそれは、装飾はほぼ無く、中心部に黒い光沢を滲ませる石が組み込まれていた。


「綺麗でしょ、それ」

「! ソウくん、起きたんだ」


 振り返ると目を覚ましたソウくんが笑っていた。


「ごめんね、レンさん。話をしておけば良かったんだけど、時間が無くって」

「ううん、良いよ。病気や怪我じゃなかったんだから」

「ありがとうございます」

「それで、今回は何を作っていたの?」

「うん、テーブルに置いてあるあれだよ」

「剣の柄に見えるんだけど… 刃が無いね」

「そうなんです。…ちょっと外へ出てみましょうか」

「え? う、うん」


 剣の柄を持って工房の外へ出るソウくんに続いて私も外へ出た。

 この工房は庭へと続いている出入り口がある。何でも作ったものの動作の実験をする為に外と繋げてしまった、との事でした。すごい話ですね。


「ここなら多少は動いても大丈夫だよ」


 そう言って柄をこちらに渡してくれる。手に取った瞬間、何やら違和感を感じた。悪い感じではなく、むしろ気持ちが落ち着く感じなのだが。


「これは…」

「アダマンタイトだよ」

「え? アダマン… って、えぇ!?」


 想わず柄とソウくんを何度も見る。確かにアダマンタイトと聞こえたはずなんだけれど。


「うん、アダマンタイト」

「これがそうなの…?」

「偶然、とある所から手に入りまして。それで作ってみました」


 伝説… とまでは言わないけれど、ものすごくお高い魔法金属のはず。うちでも持っているのは父だけで、それも仕事で使うのみ。私用で使う事は無いと言っていた。


「それ、レンさんにプレゼントしますよ」

「いや、流石に戴けないよ、ソウくん…」

「とは言ってもそれはレンさん専用に調整しているから、他の人には意味が無いんですよね」


 それはきっとそうだろう。ブレスレットもそうだけれど、いつも私だけの為に作ってくれていたりする。だからこそ、余計に嬉しい。


「じゃぁ、遠慮なく」

「うん」

「ところでこれはどう使うの?」


 握ったその柄を軽く振ってみるが、それだけでは何も起こらなかった。


「魔力を譲渡する時と同じ様にそれに魔力を注いでみて下さい」

「ふむ」


 いつもやっているのと同じ様に魔力を送っていく。すると黒い石が淡く輝き始めた。


「ソウくん、これでいいのかな?」

「はい、あとは刀身をイメージして下さい」

「刀身を?」

「ええ。その柄から伸びている刀身です」


 そう言われ刀身をイメージするも、中々成功しない。どうしたものかと想っていたが、一つやってみる事にした。

 柄を左手に持ち、右手の人差し指と中指を石の辺りに置く。そうして言葉を紡ぐ。


「錬成」


 それと共に人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばし、イメージした刀身をなぞる様に滑らせていく。すると、そこには黒く輝く刃が伸びていった。


「うわっ!」

「うん、成功ですね」


 長さは小剣程だろうか。魔力の塊で出来た刀身がそこにはあった。


「これは… すごいね」

「こないだのゴーレムと戦った時にレンさんがやっていたのを、普段にもできないかと想って作ってみたんです」

「ん。…いいね、これは」


 数度その剣を振ってみる。軽すぎもせず重すぎもしない、丁度良いものだった。そして身体を廻る魔力にも活気が戻ってきた気がした。


「今ならできるかな」

「レンさん?」

「あの時の英霊を召喚してみるよ。あれ以来できなかったんだけれど、今ならできる。そんな気がする」

「気をつけて」


 ソウくんを下がらせると、一度剣を引っ込めて柄のみに戻すと両手で持って眼前に構える。そして言葉を紡ぐ。あの日と同じ言葉を。


「我が言霊に応えよ、オオカネヒラ!!」


 その言葉と共に体中の魔力が放出され、再び体内へと戻っていく。あぁ、良かった。今度は成功したのだなと確信した。


「…ふむ、暫くぶりだが、息災な様で何よりだ」

(えぇ、お久しぶりです)

「ふむ、会話が出来るか。少し見ない間にたいしたものだな」

(そんなにですか?)

「うむ、並みの人間ならそれすらもできまい」

(そうでしたか)

「そういう事だ。ふむ、ソウジ=アマクニも息災な様で何より」

「あ、はい。ありがとうございます」


 やっと召喚に成功した喜びも束の間、オオカネヒラ殿はこう告げる。


「では、我が力を存分に使える様に今から修行開始だな」

(い、今からですか!?)

「ああ。刻は待ってはくれぬぞ?」

(急過ぎますよ)


 嫌ではないけれど、展開が速すぎですよ、と想わず言いたくなってしまった。



「レンさん?」

「ん、ソウくん。ごめんね」


 こちらに向き直ったレンさんの瞳が、紅色から黒色に変わっていた。どうやら召喚中は瞳の色が変わるらしい。


「もう終わりにするんですか?」

「や、それがね。オオカネヒラ殿がすぐに修行を始めるって」

「今からですか?」

「うん、今からです」

「判りました。お屋敷には帰宅が遅れますと伝えておきますね」

「え、ちょ…」


 その場を離れ、執事にヤスツナ家へ使者を送る様に伝える。


「そうだな… 僕の訓練に付き合ってもらっているとでも言ってくれ」

「畏まりました」


 執事はそう言うと室内へと戻っていった。レンさんの方を向き直ると早速修行が始まっていた。柄から剣を錬成し、それを振っていた。ものすごい速さで。


「ふははは! まだまだ速度が足りんなぁ!」


 そんな声まで聞こえてきた。病み上がりのレンさんが何処まで持つだろう。そんな事を考えながら、僕はまたレンさんの傍で見守っている。

 なんとか書けたというのが正直な所です。名前に関してはカッコイイ名前とかそれでいて種類が多いのないかなと探していたら、刀の名前良いんじゃない?と想った次第です。

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