第8話 魔道具大国エスタシア
魔道具大国エスタシア。サクヤが一晩を過ごしたこの国はそう呼ばれている。
エスタシアは城壁に囲まれた国で、中央市街地と西工業区画、東工業区画の三つの区画に分かれており、人口は約3万人である。
そして、そのうちの半数が魔道具職人、又は魔道具製作に携わっているという、大陸一魔道具の生産が活発な国だった。
そもそも魔道具とは、魔法の様な現象を誰でも起こす事が出来る様にする道具であるが、その用途は戦闘用、生活用、生産用、施設用と多岐にわたっていた。
特に生活用魔道具は、汚れを無くす浄化、魔道コンロによる着火、電灯や冷暖房の使用、飲み水の供給や湯沸しと現代の生活には欠かせない数々の機能を持っている。
この様に一般生活に欠かせない魔道具の生産が盛んなエスタシアは、武力で他国に劣りながらも、周辺各国と友好的な関係を築けていた。
「まぁ、エスタシアで作られている魔道具は生活、生産、施設用が殆どで、戦闘用に関してはほぼ生産されておりません。なので周辺国家も軍事的な脅威とは思っていないのでしょう」
「なるほど、他の国もエスタシアの魔道具が無いと困るから、攻撃してこないなら友好的にしたいって所か」
「実際にはもう一つ理由があるのですが大体合ってます」
サクヤは着替えが終わった後、カナタと共に食堂で朝食を食べていた。因みにメニューは食パンにソーセージにスクランブルエッグとシンプルだが満足できるものだった。
「あとは、魔道具の仕組みについてでしたか。うーん、魔道具については私も使い方を知っているだけで、仕組みに精通している訳ではないので、詳しい話となると専門家に聞いた方が良いと思いますよ」
この国や、ヘンリーとカナタが使っていたもの(魔道具)について知りたいと言ったサクヤに、カナタは不審に思いながらも、親切に教えてあげていた。
まあ、カナタが不審に思ったのも無理はない。カナタはサクヤが戦闘中グランエグゼを出し入れしているのを見ていたので、グランエグゼを自分の知らない魔道具だと思っていたし、この世界の住人で魔道具を知らない人間などまずいないからだ。
しかし、カナタは自分が教えてあげるとサクヤがうれしそうにするので喜んで教えていた。そんなカナタを見ていると少し申し訳なくなるサクヤだが、先程まで自分が受けた責め苦を思い出し、これくらいは許されるはずと開き直っていた。
「専門家か……、一度話を聞いてみたいな」
「それならばヘンリー様にお伺いすれば、手の空いている職人や研究員の方を紹介していただけるかもしれませんよ」
「本当か?」
「ええ、魔道具の制作方法などは流石にお教えできませんが、職人や研究員は自分の知識をひけらかすのが大好きですから、サクヤ様くらい無知な方相手だったら喜んでお話してくれると思いますよ」
なんだか少し馬鹿にされた気分になったサクヤだが、少なくともこの世界の常識については無知で間違いないので黙っている事にした。
「でも、自分で言うのもなんだが無用心すぎないか? 俺は出所不明の人間だぞ?」
元の世界でこんな不審人物がいたらそのまま警察を呼ばれてもおかしくは無い。サクヤにとってはありがたい事だが、カナタ達が何故ここまで親切にしてくれるのかが理解できなかった。
「あなたは名前も知らない私達の為に命を賭けてくれたではないですか。それに対して誠意を持って接するのは当然の事です」
「あぅ……」
サクヤはまっすぐに瞳を見つめられそんな事を言われてしまい、何も言い返せなくなってしまった。
元の世界では親切にしても裏切られてばかりで、こんなにも人に感謝された事は無かった。カナタの言葉にサクヤはポロポロと涙を流して泣いてしまった。
「ごめんなさい! 何か気に触る事を言いましたか!?」
突然泣き出したサクヤにびっくりしながら、カナタはハンカチを使ってサクヤの涙を拭った。
「ち、違うんだ。カナタの言葉がうれしくって……それで……」
その言葉を聞いたカナタは優しい笑みを浮かべてサクヤの頭を撫でながら胸元に引き寄せた。
「はいはい、落ち着くまでこうしていますから、大丈夫ですよ」
優しい声と胸の柔らかさでサクヤは気恥ずかしさを覚えたが、心はスーと軽くなり気分が落ち着いていった。
「ありがとう、カナタ」
「良いんですよ、サクヤ様。私が好きでやっている事ですから」
二人がイチャイチャしているこの食堂には、二人以外にも数十人の人間がいた。
二人が良い雰囲気だったため、周囲の人間はその光景に対して口を挟む事が出来なかったが、二人以外の人々はカナタの趣味(性癖)を知っていたため、カナタの発言を言葉通りに受け取る事が出来ず、渋い顔をして事の成り行きを見守っていた。
「あの娘、カナタ様が好きそうな見た目だな」
「性格も理想通りらしいぜ」
「あの服だってカナタ様が自分の趣味の服を選んでメイドに届けさせたらしい」
「クソッ! ああやってカナタ様が可愛い子を独占するから俺はモテないんだ!」
「いや、お前はカナタ様がいなくてもモテないだろ」
「なんだと!」
「というか、みんなが受け入れているのだってカナタ様のお気に入りだからだろ」
「うちの国にはカナタ様しかまともな戦力がいないからなぁ、あの人が駄々をこねたら誰も逆らえないだろ」
「いや、何でもマナステア様とヘンリー様もあの娘を気に入っているらしくて、出来ればずっと暮らして欲しいとか言ってるらしいぜ」
「まあ、カナタ様も相方が出来れば、あの性癖も落ち着いて一石二鳥だろ」
「あの性癖さえ無ければ良い人なんだけどなぁ……」
「「「「「はぁ……」」」」」
周囲からなにやら騒がしい声が聞こえてきているが、サクヤとカナタは二人だけの世界に入っており、周囲の会話はまったく聞こえていなかった。
サクヤは自分がそんなに注目を集めているとは思っておらず、カナタだけを見つめていた。
「それにしても、サクヤ様の知識の無さは少し異常です。今まではどんな生活をしていたんですか?」
「えっとだな……」
周囲の人間は、「少しじゃねぇだろ!」と思いながら聞き耳を立てていた。サクヤはその事に気が付かず、今まで考えていた言い訳を発表した。
「実は、物心ついた時から山奥の家でお師匠様と二人で暮らしていて、外の世界の事は殆ど教えてもらえず生活していたんだ。あと、戦いで使っていたあの剣もお師匠様から貰ったもので、原理とかは一切知らないし、家には魔道具も無かったんで、魔道具という物を見たのも昨日が初めてだった。それで、一人で旅をしていた理由は、そのお師匠様が急死してしまって、一人では暮らしていけないと思ったからだ」
「なるほど(嘘ですね)、では、手荷物をまったく持っていなかったのは何故ですか? いくら冒険に不慣れと言っても、食料も水も持っていないのはどうなんですか?」
「そっ、それは……、森の中でオークの群れに襲われて、荷物は全部奪われてしまったんだ」
サクヤの言い訳は流石に無理があったが、これぐらいしか思い浮かばなかったのでどうしようもない。
もしかすると真実を言えば良かったのかも知れないが、異世界人は問答無用で殺せと言うような法律がある可能性も考えて不用意な発言は出来なかった。
「それは災難でしたね(オークが人間の女より荷物を優先する事なんてありえませんけどね)」
「そうだな。そのあと、何とか森を抜けたらカナタ達が見えて、思わず加勢してしまったって訳だ」
「そうなんですか。私達はそれで救われましたが、あまり無茶をしては駄目ですよ」
「ああ、これからは身の丈にあった行動を心掛けるように善処するよ」
カナタはそれが嘘だとわかっていても、詳しく聞く事はしなかった。
この手の旅人というのは何かしら人に言いたくない過去を持っているものだし、自分の持っている特殊な道具や能力については秘密にしたいという考え方が普通だからだ。
それでも、サクヤの事について質問したのは、それがどんなに突拍子も無い嘘だったとしても、信じたフリをしてあげれば今後の話がスムーズに進むと思ったからだ。
しかし、カナタの心の声が聞こえない周囲の人間達は、「アンタ、本当にそんな話信じてんの!?」と思っていた。
「それで、今後はどういう行動をするのですか? また、無茶な旅を続けるのですか?」
「えっと……」
カナタの質問は、すぐに旅を再開するのか、それともこの国に滞在するのかという質問だった。
カナタは、サクヤさえよければこのままエスタシアに滞在してもらって、自分の部屋で二人暮らししても良いとすら考えていた。と言うかそれをご所望していた。
サクヤはカナタの質問に対して少し考えてから答えた。
「俺は一般常識も殆ど知らないから、可能であればこの国でいろいろ勉強がしたい。それで、旅を続けるかどうか、続けるとしてもどうやって旅をするのかを考えたいと思ってる」
元の世界で人を頼る事が苦手だったサクヤには、昨日あったばかりの人間にこんなお願いをするのはハードルが高かったのだが、カナタの優しさ(欲望)がサクヤの心を大胆にさせていた。
そして、サクヤの答えを聞いたカナタはうれしそうな顔をしながら、両方の手の平を胸の前で合わせていた。
「それじゃあ、気が済むまでこの国にいてくださいね。あっ、そうそう、サクヤ様が寝ていたあのお部屋は一日しかお貸しできないので、明日からは私と同室で暮らしていただく事になりますが、それでもよろしいですよね?」
「えっ、あっはい」
勢いに押されてサクヤはカナタとの二人暮らしに同意してしまった。
危機感の無いサクヤは、「女の子って友達とお泊りとか好きらしいからな」と解釈していたが、カナタは「あとは、私無しでは生きられない体にしてあげれば大丈夫ですよね」と言う恐ろしい計画を考えていた。
そして、周囲の人間はサクヤを何とも言えない生暖かい眼差しで見つめていた。
「そうと決まれば、早速マナステア様とヘンリー様にもお話をしないといけませんね。まずは朝食を終わらせてから、マナステア様のお部屋へ向かいましょう」
「女王様との謁見なのに、そんなにゆるい感じで行って大丈夫なのか?」
「はい、今はマナステア様がヘンリー様に王族のあり方について教わっている時間で、朝食を食べ終わってからゆっくり向かえばちょうどお二人の空き時間にお会いできます。元々今日はその時間にサクヤ様をお連れする予定でしたから問題ありません」
欲望のままに行動しているように見えて、きちんと予定通りに行動しているカナタであった。
◇◇◇
「それでは、ご案内いたします」
「よろしく」
朝食を食べ終えたサクヤとカナタはマナステアの部屋に向かった。
マナステアの部屋は国の中心に位置するエスタシア城の更に中心部分にあった。
これはこの城を造った建築家の、王はいつもみんなの中心になってこの国を導いて欲しいという願いが込められた結果だった。
そんな、エスタシア城誕生秘話を聞きながら歩いていると、マナステアの部屋の前まで辿り着いた。
カナタが部屋の扉の両サイドにいる衛兵に挨拶をしながら扉をノックすると、中からヘンリーの声が聞こえてきて、入るように促された。
「失礼致します」
「失礼します」
カナタはマナステアの部屋に入り、マナステアとヘンリーに丁寧な挨拶をしていた。それにつられてサクヤも部屋の中に入るが、入り口付近で足を止めてしまった。
マナステアの部屋は旅館の大広間くらいの大きさで、床には元の世界のテレビのお金持ち紹介番組で見た事のある様な絨毯が敷かれ、更に部屋のあちらこちらに高級そうな家具や額縁が飾ってあり、絵に描いた様な王族の部屋だったので、小市民のサクヤには恐れ多くて近付く事が出来なかったのだ。
「遠慮せずにこちらへどうぞ」
そう言って勧められたのは、これまた高級そうなソファーだ。サクヤは若干ぎこちない動きでソファーに腰を下ろし、マナステアと向かい合った。
因みにマナステアが座っているソファーの隣にはヘンリーが立ち、サクヤのソファーの隣にはカナタが立っていた。
「ふふふ、緊張しないでください。ここにいるのは私達だけですし、多少の無礼があっても見なかった事にしますから」
「ああ、わかった」
サクヤはその一言で少しだけ緊張がほぐれ、落ち着いてマナステアを見つめる事が出来た。見つめられたマナステアはにっこり微笑みながら、こう言った。
「今更ですが、ようこそエスタシアへ。私達はあなたを歓迎致します」