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第6話 激闘の果ての休息

 マナステア・フィル・エスタシア。自らを女王だと発言した少女は、見た目は14歳前後にしか見えない。とてつもない若作りなのだろうか。

 サクヤがそんな事を考えてマナステアを見つめていると、サクヤの止血をしているマナステアに寄り添っていた男がサクヤを見つめてくる。


「君が考えている事はわかるよ。マナステア様のご両親――先代国王夫妻は事故で亡くなられて、唯一の王位後継者であったマナステア様が若くして王になったのだ。ご年齢は見たままだからあまり失礼な事を考えないよう頼む」


 そう優しく語り掛けてきた男は、自分の事をヘンリーだと名乗った。ヘンリーは若くして女王になったマナステアの補佐を勤めており、先代国王の王妃、アリシアという女性の弟らしい。


 ヘンリーはそれ以外にも自分は戦いは苦手でお役に立てず申し訳が無いだとか、カナタ以外の兵は本当に駄目だ、国に帰ったら訓練の量を増やさなければだとか、よろしければお礼がしたいのでエスタシアまで御足労願えないだろうかだとか喋り続けていた。


(この人は何故こんなに俺に話しかけてくるのだろう……)


 サクヤはぼんやりとそんな事を考えていた。そこでサクヤは気が付く。ヘンリーは先程からサクヤの右腕の二の腕辺りを掴みながら、時折サクヤの頬を軽く叩き意識を失わない様にしていたのだ。

 サクヤの傷は本人の予想以上に酷いらしく、止血するまでに血を流しすぎていた。ヘンリー達は輸血という言葉すら知らないため、血を止めて意識を保たせる事しか出来なかった。その様子を見てマナステアは今にも泣きそうな顔をしていた。


 護衛の兵は金で国に雇われ、仕事としてマナステアの為に戦っている。もちろんそこに誇りや忠誠心はあるであろうが、目の前にいる少女――サクヤはマナステアが女王である事も知らなかった。サクヤはただ目の前にいるマナステア達を助けるために命を賭けて戦ってくれたのだ。


 そんなサクヤはマナステアにとって、女性ではあるが――ピンチに駆けつけた白馬の王子様思えた。だからサクヤがこのまま死んで、名前以外何もわからない誰かで終わってしまうのが悲しかった。

 それは、悲劇のヒロインを気取った自分勝手な感情だったが、サクヤを心配していることに嘘偽りは無かった。


「貴方達! いつまでそうやっている! 早く王都へ迎えの馬車を呼びに行きなさい!」


 優しそうな表情だったカナタが怒りの表情に変わり護衛兵達を怒鳴りつける。護衛兵達はサクヤが自分達の為に戦い死に瀕しているのを眺めながら、自分はああならなくて良かったと話していたのだ。カナタにはそんな彼らの行動が我慢できなかった。


(彼女が最初から仲間だったら……)


 役に立たない上に感謝の心すら持たない同僚に失望しながら、カナタはサクヤを見つめる。

 サクヤの戦い方は決して優秀ではなかった。足は速いが剣の振り方は滅茶苦茶で、斬りつけるのではなく叩き付ける様に剣を振り下ろしていた。

 避け方についても隙が多く、人より速いから何とか避けられているといった程度の実力だった。そう、サクヤの動きは、基礎能力が元々高いだけの完全な素人そのものだったのだ。


 そんなサクヤが自国の兵達に出来なかった事をたった一人で成し遂げてくれたのだ。カナタはサクヤが同僚であればどんなに良かっただろうかと思わずにはいられなかった。

 同僚であれば自分が剣術を教え、サクヤに稽古相手を頼めば充実した訓練が出来たはずだ。そして、共に高め合い、それで――。

 カナタの思考は徐々に脱線して行き、同僚達とは別な意味で失礼な妄想に発展していった。


「大丈夫だサクヤ殿。このまま血が止まっていれば4時間もすれば治るさ」

「――いや、流石にそれはないんじゃないかな……」


 そんな少女達の横でヘンリーは真面目にサクヤに接していた。彼にとってサクヤは姉の忘れ形見と自分を救う手助けをしてくれた恩人だ。邪な気持ちなど一切なく誠心誠意サクヤの為に行動していた。


(なんてやわらかい体なのだ。この感触に比べたら妻の腕などブタの前足みたいなものだ。声もまるでフルートの音色の様に心地よい……)


 よ、邪な気持ちなどは少ししかなく、サクヤに呼びかけ続けていた。

 そのまま、20分程が経過したところでサクヤは自分の体に起こっている異変に気が付く。


(あれ、右腕以外の傷が治ってる)


 一番重傷の右腕以外の傷は打ち身や擦り傷が殆どだったのだが、その傷がいつの間にか治っているのだ。


「良かった、サクヤ殿は自然治癒力が高いようだ。これなら右腕も問題なく治りそうだな」


 その一言にサクヤは衝撃を受ける。


(いやいやいや、自然治癒力ってあなた。この速度はいくらなんでもおかしいでしょう。こんなの自己再生とかそんなレベルですよ)


 心の中でそんな軽口を考えられるくらいサクヤの体は回復していた。

 サクヤは他の人の回復速度が気になってカナタの方を見ると、カナタの傷も右腕以外はもう治っていた。

 カナタは刀が折れた時の転倒で全身を強打したらしく、頭からは血も流していた。その傷がもう治り、跡すら残っていない。流石に右腕は治っていない様だが、それでもサクヤの常識を逸脱する回復速度だった。


(誰かが回復魔法でも使っているのか?)


 回復魔法というものが存在しているかどうかすらわからないが、この回復速度はそうでなければ説明が出来ないとサクヤは考えた。

 しかし、周囲にそれらしい事をしている人間は居らず、ヘンリーもサクヤの自然治癒力が高いと言っていたのでその可能性は無い様にも思えた。


(この世界ではこれが普通なのか)


 サクヤは元の世界の常識囚われ過ぎていたと考え直す。この世界ではこの回復速度が普通なのだ。

 サクヤはなんとなく元の世界のFPSや不可思議なダンジョンを冒険するゲームを思い出す。それらのゲームは死亡さえしなければじっとしていたりその場足踏みするだけで傷が治っていくのだ。

 それは、ゲームとしては違和感の無い現象だったが、現実にすると気味の悪さすら感じる光景だった。


(この調子なら本当に治ってくれるかもな)


 サクヤはこのまま右腕が使い物にならなくなってしまうのではないかと不安に思っていたが、その心配は必要ない様だと安心していた。

 回復速度が早すぎて若干違和感を覚えていたが、それも時間の経過と共に無くなっていった。


    ◇◇◇


 レッドドラゴンを退治してから3時間が経過した時、遠方から馬車の音が聞こえてきた。近づいてくる馬車の数は7台で、そのうちの6台は輸送用であろう大型馬車、1台はマナステア用の豪華な作りの馬車だった。


「やっと来たか、遅かったな」


 徒歩で馬車を呼びに行き、この時間で到着するのだから、エスタシアという国は思ったより近くにあるのだなとサクヤは感じていたが、ヘンリーは若干苛立った様子で近づいてくる馬車を眺めていた。


 ヘンリーはマナステアが襲撃され、残った人員は負傷者や大した戦闘能力の無い人間ばかりとなれば、速度の遅い馬車とは別に早馬に乗った人員を先行させて当然だと考えていた。

 そのくらいの判断も出来ない人間には再教育が必要だなと思いながら、ヘンリーは自分の上着の上に座らせたマナステアを立ち上がらせる。


「死体の処理はお前達に任せる。マナステア様、カナタ殿とサクヤ殿はこのまま馬車にご同乗させたいと思うのですが、よろしいですか」

「はい、構いません」


 マナステアの確認を取ってからヘンリーはサクヤとカナタを手招きした。

 サクヤからすればどこの馬の骨かわからない血まみれの人間を女王様の馬車に同乗させるなんて正気とは思えなかったが、三人が満面の笑みで自分を待っているので、ご好意に甘える事にした。

 因みに、サクヤとカナタの傷はこの時にはほぼ完治しており、魔道具の布も外されていた。


(俺の傷は穴が塞がっただけだからまだ理解できるが、カナタのは骨も折れて腕が変な方向に曲がっていたのに全部元通りっておかしくないか?)


 カナタの怪我の治り方について質問すると、あれは特別で、普通の人間は肉を切り開いて骨を固定しないと変な風にくっついてしまうと教えられた。

 回復速度だけでなく、回復できる度合いもかなり個人差がある様だった。


「カナタ殿には敵わないとしてもサクヤ殿の自然治癒力はかなり優秀ですから、多少の骨折くらいなら同じ様に治ると思いますよ」


 ヘンリーにそう教わりながらサクヤは馬車に乗り込んだ。

 マナステアとカナタは既に馬車に乗り込んでおり、サクヤはマナステアの対面に座るカナタの横に座り、ヘンリーはマナステアの隣に座った。

 馬車の中はかなり広く、三畳の部屋くらいのスペースがあった。寝食をするには狭いだろうが、移動するだけなら申し分の無い広さだった。


「それでは、我らがエスタシアへご案内致しましょう」


 ヘンリーの言葉に従って、馬車が動き出す。馬車の窓からは、残った人達が死体になった人間を馬車に運び込んでいるのが見えた。

 その光景は平和ボケした日本人であるサクヤからすると、吐き気を覚えるものだったが、これからこの世界で生きていく事を考えると慣れなければいけないと思い、その目に焼き付けた。


「あまり無理されないでくださいね」

「えっ、――いや、大丈夫です」


 死体を見て顔を青白くしているサクヤを心配してマナステアが声をかける。

 マナステアは体調がまだ整っていないと判断して声をかけたのだが、サクヤは死体を見て気分を悪くしているのを心配してくれたのだと思い、窓から目をそらしマナステアの顔を見つめた。


「心配してくれてありがとう」

「いいえ、こちらこそお世話になりましたので、気になさらないでください」


 二人の価値観が違うため微妙な食い違いはあったが、本人たちは気が付いていなかった。そんな二人を眺めていたカナタだけがこの食い違いに気が付いていた。

 王族と言うのは人の死に対して鈍感な一面がある。王の務めとして時には冷酷な命令をしなければならないため、幼少期からそのように教育されているからだ。

 カナタその事を教えようかとも考えたが、この場の空気を悪くするだけだと思い黙っていることにした。


 カナタが考え事に耽っている間にも馬車はエスタシアへ向かって走り続けてる。

 エスタシアへ付くまでの時間、疲れてしまったサクヤがウトウトとしているのを三人が優しい顔で見つめており、レッドドラゴンとの戦いが嘘であったかの様な穏やかな時間が過ぎていった。


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