第52話 抗う者たちの前奏曲
「大変ですクレア様! 迷宮都市アルテミスの魔物が溢れ出しました!」
「それに加え、幻界の魔物達も突然活発に行動を始め、テリトリーから出ないはずの魔物も近くの国へ向かい、街を破壊しています!」
シルヴァリオン帝国の会議室に次々とそんな連絡が届く。
その報告は大陸全土から届き、もう詳しく聞かなくてもどんな内容か分かるほどだ。
この大陸は今、人類史上最大の危機に瀕していると言っても過言ではなかった。
「全軍に通達、全ての人間の安全を最優先にし魔物を討伐せよ。僕の中にいる戦える者は準備が出来次第順次行動に移れ。強力な神意能力を持つ者はテンリの空間転移の能力で遠くの場所へ優先的に送り出すから、悪いけど援軍が来るまで一人で戦ってくれ」
その報告を聞き、クレア・R・シルヴァリオンは次々と指示を出す。
その指示は適切なものであり、殆どの人間はその指示に従う。しかし、中には口を挟む者がいた。
「待ってくださいクレア様! それは危険です」
「クレア様、これは恐らく神意能力者による攻撃」
「あの子――いえ、クレア様に敵意のある人間が戦力を分散させようとしているんだと思います。だから……」
心配そうに話すのは、クレアの最も信頼する三人、エリスとモニカとミオだった。
三人の他にも、三人と同意見の人間がいる。それは、あの日、サクヤと戦った人間達だ。
「クレア様お願いです! せめて私やモニカ、あと精鋭部隊の人間は残してください!」
元々単独での戦闘力は皆無に等しいミオは残る事は決まっているが、エリスやモニカ、そして攻撃系の神意能力者は、単独でも魔物など容易に退けられるので、このままでは全員各地に繰り出されてしまう。
クレアの軍勢の能力による英霊の実体化。この力は万能に思えるがある程度の欠点はある。
それは、英霊を実体化している間、クレアはその英霊が生前所有していた幻想因子保有量を失い、対象が神意能力者だった場合、その神意能力が使用できなくなるというものだ。
これはつまり、英霊を実体化すればするほど、クレア本人は弱体化する事を意味する。
その実体化した英霊がクレアと共に戦うのならばそれでも問題は無いだろうが、今回は実体化された人間は大陸全土に散らばる事になる。
もしこのタイミングでクレアに仇なす者が現れれば、クレアは弱体化している状態で戦う事になる。
そして、エリス達には、その仇なす者に心当たりがある。だから純粋にクレアの身を心配したのだ。
「君は、僕が、その誰かさんに恐れをなして、逃げ出す様な臆病者だと思っているのかな? あんまりふざけた事を言っていると、僕、怒っちゃうぞ?」
「あ……くっ……いえ……なんでもありません……」
しかし、クレアはその心配を跳ね除ける。
そして、クレアにそう言われてしまえば、逆らえる者などいるはずも無く、エリス達は大陸全土に送られる事になった。
「あのクレア様……、私達は如何すればよろしいでしょうか……?」
そう質問したのは、比較的最近になってシルヴァリオン帝国の一員になった、まだ英霊化していない者達である。
「君達は比較的安全な場所に送る事になるな。もし、この戦いで君達が命を落とすと、英霊として吸収するのに自動的に幻想因子を消費してしまうからね。君達には生き残って僕の力になってもらうよ」
「畏まりましたクレア様」
その命令を聞いて、エリス達は取り合えず安心する。
まだ命を落としていない者の中にも神意能力者は残っているし、それ以外の人間もかなりの人数いる。
クレアに忠誠を誓う人間の中で、まだ一度も死んでいない人間は、自分の幻想因子を確保しつつ、クレアの幻想因子保有量も底上げし、神意能力もクレアに使用させる事が出来るので、ただ生きているだけで十分役割を果たす。
これならば、少なくともクレアが丸裸になる事は無くなった。
「あのクレア様……申し訳ありません……。私は故郷が心配なので可能であればそちらを守りたいのですが……よろしいでしょうか……」
不安そうな声で尋ねたのは、最も新しくクレアに忠誠を誓った、美しい黒髪の神意能力者の少女だった。
「えーと、君の故郷は確かエスタシアだったね。エスタシアは比較的安全な位置だけど重要な場所でもあるから丁度いい。うん、君はエスタシアに向かっていいよ」
「ありがとうございます!」
そううれしそうに頷きながら、その少女はエスタシアに向かった。
その少女は、エスタシアにいた頃は神意能力者として未熟だったが、シルヴァリオン帝国で他の神意能力者に鍛え上げられ、今では雷を操るその神意能力を進化させ、自らの体を雷化させ攻撃をすり抜けさせるなど驚異的な力を発揮していた。
それだけの力があれば、もしエスタシアに多くの魔物が流れ込む事態になっても、本人は生き残れるであろう。エリスはその少女がクレアの確かな力になると確信し、安心して見送ったのだった。
「さあ、普段こちらのわがままを聞かせているんだ。こんな時くらい高貴なる者の義務を果たそうじゃないか」
「「「クレア皇帝陛下のご命令のままに!」」」
そして、シルヴァリオン帝国は、建国以来始めての総力戦を開始したのだった。
(ふふふっ、こんなに早く、そしてこんなに激しく僕を楽しませてくれるとは思わなかったよ。さあ、再戦といこうかサクヤちゃん!)
クレアは口ではもっともらしい事を言いながら、これから起こる激戦を楽しみにしていた。
◇◇◇
「さあ、アルテミスに到着しましたって……何ですかあれは!」
「あれが外から見た迷宮型魔物アルテミスの姿……。あんな化け物なのね……」
テンリの空間転移の能力でアルテミス跡にやって来たエリスは、予想以上の大物を目の前にして言葉を失う。
アルテミスという魔物は、地中に直接生み出された為、その全貌を知る人間は殆どいない。当然エリスもその巨体を見たのは初めてだっが、まさかこれほどとは思っていなかった。
その体は巨大すぎて、エリスはまるで周囲の物が小さくなったかのような違和感に襲われる。
「ギギッギギィィィイイイイイイイイ!!!」
全長15kmの巨体が動くたび、周囲にあるものはすり潰され、衝撃が数キロ離れたエリスにも響いてくる。
そして、その巨体に開いた無数の穴からは絶えず多種多様な魔物があふれ出していた。
その光景は力無い者からすればまさに地獄絵図だろう。
しかし、本当に恐ろしいのは、それだけの被害を出しながらも、アルテミスの体の大半は、いまだ土の中に埋まっていると言う事である。
「ドラゴンにオークにゴーレムにスケルトン……、数え切れないです……!」
「不味い……魔物の一部が既に他の国に向かい始めている……。テンリ! 流石に私だけじゃ抑えられない! 他の人も連れて来て!」
「了解しましたですよっと」
そう言い残してテンリは消えるが、空間転移の能力がある彼女はそれから数十秒で戻ってくる。
「ははは……思ったより酷くて笑えるわ」
「ゼノア! あなたが来たの!」
テンリと共にやって来たのはゼノア。シルヴァリオン帝国精鋭の極光の能力者である。
そして、ゼノアを運び終わったテンリはまたすぐにシルヴァリオンに帰る。彼女にはこれから只管みんなを各地に運ぶと言う仕事が待っているのだ。
「文句を言わないでエリス。例えここに送られなくても、私達は絶対に魔物討伐をやらされていたわ。クレア様とは一緒にいる事は出来ない」
「分かってる……! 分かってるけど!」
エリスはそう言いながらも、消滅の能力を発動させ、魔物達を消滅させ始めていた。
基本的に、クレアやシルヴァリオン帝国の精鋭は、神意能力を発動させるために詠唱など必要としない。
それでも普段はこの力を授けてくれた神への感謝を込めて、最低限の詠唱はするという自分達のルールを作っていたが、今はそんな事を気にする事も出来なくなっていた。
「極光の能力プリズム・アーク! エリス、私達は一秒でも早くあいつを倒すくらいの事しかできないわ。諦めなさい」
「くっ、全部まとめて消滅してよ!」
エリスは叫びながら連続で消滅の能力を解放するが、アルテミスは巨大なだけではなく、高速再生能力も持っているため、どれだけ傷つけてもすぐに回復してしまう。
しかも、アルテミスは周囲の魔力残滓を自動吸収し、自身の再生や魔物の創造を行う力があるため、その再生と創造の限界は未知数だった。
「あいつに攻撃を集中させたいところだけど、他の魔物もほっとけないわね」
ゼノアは極光の能力で魔物を次々と倒していくが、魔物は無尽蔵に現れるので切りが無い。
しかし、他の魔物を倒すのをやめれば、周囲の国にドラゴンクラスの魔物が飛んでいってしまう。そうなれば、更に戦力を分散させなければいけなくなる。それだけは避けなければいけなかった。
「壊れろ! 滅べ! 消え失せろ! 私はクレア様のところに帰らないといけないの!」
エリスはゼノアと違い、アルテミスを集中的に攻撃しているが思ったよりも戦果は上げられない。
エリスの消滅の能力は効果こそ最高クラスだが、効果範囲はそれほど広くないからだ。
更に、周囲には逃げ遅れた人間が若干数残っており、無差別に攻撃する訳にも行かない。
エリスはいっそ周囲の人間を消し飛ばしたいと考えているのが顔に出ているが、クレアの命令があるため行動に移せないようだった。
「私はクレア姉さんが大変な時、ずっとそばにいた! どんな時も一番大変な時には一緒に戦ってきたのに! 許さない……! 私とクレア姉さんを離れ離れにする方法を取ったあの女を……私は絶対に許さない!」
エリスにとって、今回の出来事で許せない事は唯一つ。自分がクレアと一緒にいられない事だけだった。
今までエリスは、サクヤに対してクレアのお気に入りだからという理由で好意的な感情を持っていたが、今回の出来事で絶対に許せない宿敵にと考えるようになっていた。
「もしクレア様に何かあったら私はお前を絶対に許さないんだからああああああああああ!」
そうしてエリスは、サクヤへの怒りを一心不乱にアルテミスへとぶつけ続けた。
◇◇◇
――二人をアルテミスに送った後のテンリ。
「はぁ……はぁ……おまたせ……」
「テンリ様、休まれた方が」
「そういう訳にもいかないでしょ……」
空間転移の能力者テンリは、クレアに忠誠を誓った日から初めて、これほどまでに消耗していた。
テンリの空間転移の能力の効果範囲は大陸全土であるが、欠点として一回につき一人しか運べないというものがある。
この為テンリは一人を運び、戻って次の一人を運び、戻って更に次の一人を運ぶと言う事を繰り返していた。
この作業をやり始めた頃は、大して苦労は無いと思っていたテンリだが、只管大陸中の景色を思い浮かべて転移するのは予想以上に精神をすり減らす作業だった。
「次はどこだっけ……?」
「ええと、次は人界の中心にあるヘリオンですね」
「人界の中心にあるヘリオン、ええとええと……」
テンリは、目標地点を意識するだけでその場所に転移できるのだが、そろそろ頭の中で色々な場所の景色がこんがらがってきていた。
仮に景色が思い出せなくても、地図などを見て大体の位置を把握すれば転移できなくもないのだが、最悪の場合、何かの中に転移してしまい、転移事故死する恐れがあるのであまり下手な事は出来なかった。
「はい、行くわよ」
「よろしく頼む」
テンリに手を差し伸べられた神意能力者は、不安になりつつもその手を握り、身を任せる。
「到着……、次……!」
その調子でテンリは、主要な国々へ一人でも十分に戦える者達を送り出していった。
テンリの働きぶりは、とても評価できるもので、誰もが彼女の能力に感謝していた。
しかし、彼女は一つミスをした。
「空間転移の能力者……、欠点は触れている相手を強制的に転移対象にしてしまう事と、二人以上につかまれていると発動できない事……か……」
それは、とある国へ神意能力者を連れて行った時の事。テンリは魔物の群れの中に紛れていたサクヤの存在に気が付かず、その姿をサクヤに確認されてしまったのだった。




