第51話 勇者と呼ばれた男と魔王と呼ばれた少女
急に忙しくなってしまい、遅くなって申し訳ありません。
失踪しないようきちんと完結までは書かせていただきますのでよろしくお願いします。
「大変です国王陛下! ドラゴンが空から国内に侵入! 街を破壊しています!」
「何だと! 話が違うではないか!」
その報告を受けて、オルゴレン国王は怒り狂う。もしかして自分はクーレンタールの国王に騙されたのではないかとすら考えていた。
「クソッ! 迎撃部隊は何をしている! もちろんある程度の成果は上げているのだろうな!」
オルゴレン国王は怒りのままに側近に怒鳴りつけるが、その言葉を聞いて、側近は目を見開く。
「なっ、何を言っているのですか国王陛下! 攻撃すれば死罪とのご命令を出したのは国王陛下ご自身ではありませんか! 兵士達は現在もご命令を守って待機しております!」
「このぅ……! 無能共が! 今すぐ攻撃を開始させろ!」
オルゴレン国王は近くにあった水差しを側近に投げ付けながら理不尽な命令を出す。
「か、畏まりました!」
そんな命令に対して、側近の男は心の中で舌打ちしながら伝令係に命令を伝えさせた。その時側近の男は、この国がもうおしまいである事を確信していたのだった。
◇◇◇
「何がすぐに反撃しろだ! ふざけるな!」
「クソッ! クソッ!」
「無能王が! うああああ!」
オルゴレンの兵士達はそんな悪態をつきながら、レッドドラゴンとゴブリン達を攻撃する。
本来オルゴレンの城壁には、対空攻撃に特化した魔道具が大量に設置されているので、レッドドラゴンなど何匹来ようが問題がないはずだった。しかし、既に地上、しかも国内に下りている対象には使用する事が出来ず、兵士達は勝ち目の無い状態でレッドドラゴンと戦う事となる。
「グルアアアア!」
「市民の避難を優先しろ!」
「もう安全な場所なんてありません!」
「ママ……おきて……おきてよ……」
「うちの子が! 誰か助けて!」
「もう駄目だ……、おしまいだ……」
街を跋扈する魔物達、至る所から上がる炎、混乱する市民と兵士。オルゴレンの国は今、前代未聞の大混乱に襲われていた。更にそこへ――
「不味い! アーマードオーガが――!」
その声と共に、城門から轟音が響き渡る。
そして、その轟音と共に、鉄の城門がまるで木の葉の様に宙を舞い、そこからアーマードオーガが顔を出す。
「ヒッ!」
偶然その光景を見る事となった人々は悲鳴を上げる。しかし、本当の絶望はその後だった。
「魔物が! 大量の魔物がなだれ込んできます!」
「迎撃――」
「無理です! 多すぎます!」
兵士のその悲痛な報告は市民の耳にも届き、その事が更なる混乱を生む。そして、混乱して逃げ惑う人間達は次々と魔物に襲われていく。
「私はあそこに行って来るから、みんなは自由に遊んでなさい。行くわよ、アリア、カナタ」
その混乱の中、サクヤは散歩でもするような感覚で歩き、王城へと向かう。そして、魔物達はそんなサクヤを見送って、思いのままに住民に襲い掛かった。
◇◇◇
「状況はどうなっている!」
「周囲は火と魔物の海で、兵士達が必死に戦っていますが被害は甚大でもう……」
「黙れ! そんな台詞は聞き飽きたわ!」
オルゴレン国王は事実を報告する男に理不尽な怒りをぶつけ続ける。
「国王陛下! そう仰るのでしたら、我々を討伐に向かわせてください!」
そう声を大にして訴えたのは、オルゴレンの神意能力者の一人だった。
そして、この場にいる神意能力者はその一人だけでなく、更に後方に三人、計四人だった。
これはつまり、この国の神意能力者四人は、この非常事態に王城に篭っていると言う事を意味する。
「黙れ! 黙れ! 黙れ! もしお前達がこの場を離れたら誰が私を守るのだ! 私から離れる事は許さん! 絶対に許さん!」
オルゴレン国王は狂ったようにそう繰り返すが、実際には神意能力者の近くと言うのは、サクヤに対して最も危険な場所である。
ただ、そんな事に気が付くはずも無いこの国王は、神意能力者達に自分を守るよう言い続けた。
「ちっ、ラルフの兄貴、コイツはもう駄目だ」
「よせルドルフ……! あんなのでも我らの国王陛下だぞ……!」
「でも、実際今から私達が参戦してももう手遅れですよ。あのクソ国王が……!」
「ああ……、こんな事ならシルヴァリオン帝国のスカウトマンについて行けば良かった……」
「ティナとベアトリスもその辺にしておけ」
神意能力者達は怒れる国王に聞こえないよう小声で、そんな話を続けていた。
彼らは元々この国の生まれで、たまたま神意能力者として覚醒したので、今までこの国に忠誠を誓ってきた。
しかし、先代国王が亡くなってから新しく国王になった現オルゴレン国王にはとてもではないが忠誠を誓えない。正直言って彼らは、ここで鞍替えするべきではないかとも考えていた。
「面白い事になってるわね」
「――っ! 何者だ!」
その声に一番早く反応したのは、神意能力者のリーダーらしき男、ラルフだった。
そして、他の者達もラルフに遅れて、新しく聞こえてきた声の主を見る。
「はじめまして国王陛下。私はサクヤ、表で暴れている子達の飼い主です」
「魔物共の飼い主! では貴様が魔王か!」
「魔王? 私はそう呼ばれているの? うん、でも魔王サクヤっていうのは中々いいかも」
サクヤは鼻歌交じりに謁見の間に侵入してくる。それに対しオルゴレン国王は怯えたように叫ぶ。
「兵士共は何をしている! 曲者を殺せ!」
しかし、その声に反応するものは現れない。
ただの兵士など今のサクヤの前ではただの雑魚でしかなく、一人残らず死体に変わっていたからだ。
「くっ……、まぁ、そうなると思っていたよ」
ラルフには、サクヤの狙いが想像できていた。
国王の声が響く謁見の間で、ラルフはサクヤと向かい合い問いかける。
「君の狙いは僕達なんだろ。でなければ、親玉が直接ここまで来るはずが無い」
「ああ、あなたは物分りが良くて助かるわ」
血に塗れた満面の笑みでサクヤはラルフに答える。そして、二人の会話を聞いた国王は更に騒ぎ出す。
「何! 貴様らは魔王の狙いが自分達だと知っていてこの場に残っていたのか! 何故そんな事をしたこの無能共が! 我を殺す気か、ろくに戦いもしない役立たずが!」
「国王陛下……いい加減に――」
「うるさい黙れ」
流石に怒りを抑えられなかったラルフが国王の方に顔を向けた瞬間、サクヤの爆発の能力によって、国王は消し炭となった。
「国王陛下……!」
「やばい、全然悲しめない……」
「んまぁ、もういっそ清々しくあるな」
「やっぱりとっととシルヴァリオン帝国について行くんだった……」
四人の神意能力者は自分達の国王が死んでも、大して気にした様子も無い。はっきり言ってラルフ以外の三人はこの場で国王を殺して逃げようとも考え始めていたので、怒りもわかなかった。
だが、四人には気になる点もあった。それは、サクヤが明らかに神意能力の爆発で国王を殺した事である。
サクヤは確かに、自分が魔物達を操っていると言った。それなのに他の神意能力らしきものを使っている。それは、本来ありえないことだ。
「貴様は何者なんだ……」
「うーん、そうね。魔王サクヤとでも名乗っておきましょうか?」
「ふざけるな!」
その一言を皮切りに、四人の神意能力者は攻撃態勢に入った。
「愛よ勇気よ希望よ、我に力を――」
「全ては加速する――」
「顕現せよ、我が刃――」
「ようこそ私の世界へ――」
四人は同時に神意能力の詠唱に入るが、ラルフだけは詠唱しつつもサクヤに突撃し剣を振り下ろす。どうやらラルフは、全力で戦いつつも集中が可能らしい。
「吹き飛べ!」
それに対して、サクヤは爆発の能力で応戦しようとするが、能力が発動しない。
「んっ?」
「無駄だ! たとえお前が複数の神意能力を使えようと、神意能力者である以上この剣には抗えない!」
ラルフが振り下ろした剣、それは神剣ジ・エンド。任意の相手の神意能力の発動を阻害する神剣である。
幸い竜招の能力と従魔の能力は、この瞬間能力を阻害されたとしても、現状は維持される。しかし、これでは新たに命令を出す事は出来ない。
「――神意解放、勇者の能力アブソリュート・ジャスティス」
「――神意解放、加速の能力アクセル・ブースト」
「――神意解放、形成の能力ウエポン・クリエイター」
「――神意解放、空間掌握スペース・マスター」
そして、四人の神意能力者はその力を解放した。
「ベアトリス受け取れ!」
「わかったわ!」
まず、形成の能力を発動したルドルフは、その武器を作り出す能力で、双剣を作り出しベアトリスに渡す。そして、そのまま空中に武器を形成し、サクヤに撃ち出して来る。
次に、双剣を渡されたベアトリスは、加速の能力で一気にサクヤに詰め寄り、その双剣を振り下ろす。しかし、ここで彼女にとって不幸な事が起こる。神意能力によって作られた双剣は、グランエグゼに触れた瞬間消滅してしまったのだ。
「ちょっと待って――!」
「一旦下がれベアトリス! コイツの剣は俺と同じ神意能力を無効化する類のものだ! 普通の剣を使え」
ラルフはその事を確認した瞬間、ベアトリスを守るために前へ出る。
ラルフは自らも神意能力を無効化する神剣を持っているので、普通の人間よりもすぐにグランエグゼの幻想因子崩壊機関に対応する事が出来た。
「ちっ、そのまま斬られてくれればよかったのに」
「そうはいくか!」
サクヤはラルフの攻撃を防ぎつつ、ベアトリスの背中を睨む。その背中はすきだらけなのだが、ラルフの攻撃を防ぐのに手一杯で狙う事が出来なかった。
ラルフは強い、その能力はシンプルなものだが確かな効力がある。
『神意観測装置起動。――対象神意能力者の解析完了。勇者の能力アブソリュート・ジャスティス。効果、周囲の人々の愛と勇気と希望の強さに応じて、ありとあらゆる能力が強化される。欠点、無し』
その能力はまさしく勇者であった。しかし、今この国の周囲は絶望と憎しみと悲しみであふれており、本来の力を発揮できていない。
この国の王は、自らの手で自軍最強の力を弱体化させたのだった。
「勇者、勇者! 勇者!!! どうせお前は勇者としてもてはやされて幸せな人生を送ってきたんでしょ! あぁ、憎い! そうやって特別扱いで幸せに生きてる人間が憎い! 私はあなたが憎くてたまらない!」
「何を言っているんだよお前は!」
サクヤの事情を知らないラルフにとってそれは意味不明な言葉でしかない。だから、ラルフは頭のおかしい狂人を相手にするつもりでサクヤに挑む。
「みんな! みんな! 壊してやる!」
「させない!」
「ぐっ!」
ラルフに猛攻を仕掛けるサクヤに向かって右手をかざしたティナは、空間掌握の能力で、サクヤをその場に縛り付ける。
この能力は範囲内であれば自由に空間を操れる能力であり、一度捕らえればこのままサクヤを圧殺する事も可能だった。
「ふふん、このまま潰してあげる!」
「避けろティナ!」
「へっ?」
ティナに声をかけたのは、後方にいたルドルフである。
ルドルフには見えていたのだ。いつの間にか割れた窓からこそこそと侵入してきた魔道具の姿が。
そして、魔道具カナタはサクヤを救うため、ティナに向かって音も無く突撃する。その速さは全力のサクヤに迫るもので、ただの人間と同等の身体能力であるティナには回避できない。
「そんなもので!」
ティナが避けきれないと思い身構えたところで、ベアトリスの剣が間に合い、カナタを弾き飛ばす。しかし、ティナは身構えた事で集中が途切れ、サクヤの拘束を緩めてしまう。
「加速!」
『了解、超高速戦闘機構起動。ラスト・アクセラレート』
その瞬間、サクヤは超高速戦闘機構により、通常の二十倍の速度で移動を開始する。その速度はベアトリスの速度を上回り、ラルフの横をすり抜ける。
「何っ!」
ラルフは加速したサクヤを何とか視認できていたが、自分に向かってこない状態で捉えられるほどではなかった。
そして、ラルフが見ている目の前で、グランエグゼはベアトリスの首に吸い込まれる。
「――!」
断末魔さえ残せずにベアトリスの首が飛ぶ。サクヤはその光景を見送り、次にティナの首を跳ね飛ばす。
「あ――!」
そして、二人の死を目撃して声を上げようとしたルドルフにグランエグゼを投げ飛ばす。
投げられたグランエグゼは、若干ぶれながらも、ルドルフの頭部に軽く触れた。ただそれだけ、ただそれだけでルドルフは頭部の何割かを失い絶命する。
そして、あっけなく三人の神意能力者を殺したサクヤは加速を解除した。
「人間ってこんなに脆いんだ……」
サクヤの言う通りだ。人間の強度など高が知れている。
例え神の意思に選ばれていようが、人間は人間。日常生活のちょっとした出来事でも死ぬ可能性がある脆い存在なのだ。
グランエグゼの力を使いこなした今のサクヤであれば、人間である神意能力者の相手をするのは、魔物を相手にするよりもよっぽど容易い。
「ベアトリス……ティナ……ルドルフ……」
ラルフは突然大切な仲間を三人とも失い、目に見えて動揺する。しかし、それでも勇者。三人の死を無駄にしないため、剣を構え、魔王に立ち向かう。
「うおおおおおおおおお!」
その一撃は、平時であれば途轍もない威力と速さを持っていたのだろう。しかし、最もラルフに力を与えていた三人が死に、刻一刻と絶望に満たされるこの国では、その一撃は絶望的なほど遅かった。
「グランエグゼ」
『了解、超高速戦闘機構起動。ラスト・アクセラレート』
再度加速したサクヤの攻撃は、悲しいほどに遅い勇者ラルフの攻撃をすり抜け、その喉元に突き刺さる。たったこれだけで、ラルフは致命傷を負った。
「ごはっ! ごんが……ごごろげ……」
加速を解いたサクヤがグランエグゼを引き抜くと、ラルフは体を震わせて地面に倒れる。
ラルフは今までの人生で数々の伝説を残した存在だった。
それに、ここで彼が生き残り、その力を高めれていれば、彼は神格能力者になれたかもしれない。そんな人間だった。
そんなラルフがたった数分の戦いで仲間と共に命を落とすなど誰が想像しただろうか。少なくとも、この国に住む人間は誰もそんな事を考えてはいなかった。
どんな事があろうと勇者ラルフならば何とかしてくれる。そんな微かな希望を想い続けていたのだ。
しかし、そんな希望は魔王によって砕かれた。
「こんなにも、こんなにも簡単にできるようになるなら、何で初めからこの力を私にくれなかったの……。私がどんな想いで……」
『おめでとうございますマスター。加速の能力、空間掌握の能力、形成の能力、勇者の能力を吸収封印完了。幻想因子の保有量は1242%に上昇しました』
ラルフの神剣を破壊しながら、この戦いのあまりの簡単さに、今までの苦労に理不尽さを感じたサクヤはグランエグゼに問いかける。しかし、グランエグゼは機械的な言葉を発するのみで答えてはくれなかった。
「はぁ……、まあいい。帰るわよ、カナタ、アリア」
サクヤはそんなグランエグゼに不満を持ちながらも、それなりに役に立ったカナタと、隠れているだけで終わってしまったアリアを回収して謁見の間を後にした。
◇◇◇
そして、城から出たサクヤは街の様子を見る。
そこに広がっていたのは、魔物達によって蹂躙されたオルゴレンの悲惨な姿だった。
しかし、サクヤはその様子を見ても、特に感じる事も無く、歩き出そうとした。
ドスッ……
「ん?」
歩き出そうとしたサクヤは、自分に向かって来る小さい存在に気が付いていた。しかし、サクヤはその人物に何の脅威も感じていなかったため、特に気にしていなかった。
だが、サクヤはその小さな人物――幼い少女にナイフで突き刺され、脇腹から血を流していた。
「な……に……?」
その程度の傷、今のサクヤにとってはかすり傷だった。しかし、サクヤはその少女を驚いた表情で見つめていた。
それは、少女の愛らしい顔が憎しみに染まり、自分に向いていたからだ。
「化け物! お母さんを返して!」
叫ぶ少女の背後には、瓦礫に胸元まで潰され、息絶えた母親らしき人物の死体があった。
だからサクヤはすぐに理解できた。魔物達がこの少女の母親を殺したのだと。
少女は、魔物たちに指示を与えていたサクヤの姿を見ていた。だから、母親の仇をとるためにナイフを持って、強大な存在に挑んだのだ。
「あ……れ……」
サクヤはその光景を見て、自分がしている事の意味を理解する。
「私……私はただ……復讐を……。あれ……、なんで……復讐しないといけないんだっけ……? 私はただ……」
サクヤは考える。自分が何故こんな事をしているのかを。
しかし、サクヤの頭はまともに働かず、答えが出ない。
サクヤはルキアが死んだあの日からまともに寝る事もせずに行動しているのだ。そんな状態で考えがまとまるはずが無かった。
「うああああ!」
立ち尽くすサクヤに、少女は再度ナイフを刺そうと駆け出した。
その動きは遅く、サクヤは大した脅威に感じなかったので、ただナイフを取り上げようと腕を伸ばす。しかし、その動きに合わせて、物影から一匹のヘルドッグが跳び出てくる。
「いや! いやああああああああああああああ!!!」
サクヤの見ている目の前で、ヘルドッグは少女に喰らいつき、その血肉を周囲にばら撒いていく。
その光景を見て、サクヤは声も出せない。サクヤは今、ヘルドッグに何の命令もしていない。それなのにヘルドッグは勝手に少女に襲い掛かったのだ。
「な……んで……」
「ガフ!」
サクヤが尋ねても、ヘルドッグはサクヤを見つめて吼えるだけだ。そして、開いたヘルドッグの口からは、赤いモノが零れ落ちた。
この時、ヘルドッグはただ、主の危機を救おうと行動しただけであったのだが、その行動は結果的にサクヤを苦しめる事になる。
しかし、誰かに仕えていようが所詮は魔物、そんな事態を想定して行動できるはずも無い。だからこれは仕方が無い事だった。
「私……私は……、こんな結果を見たかった訳じゃ……なかったはず……なんで……」
サクヤのまともに動かない頭でも、この惨状が異常である事は理解できた。
どうして、サクヤは今までそんな単純な事に気が付かなかったのだろう。
どうして、サクヤはあそこで、世界に復讐するなどという選択をしたのだろう。
どうして、サクヤはただ幸せになる事を望まなかったのだろう。
それは、本当にサクヤの本心だったのだろうか。サクヤにはもう、自分の感情すら分からない。
だが、分かる事が一つだけある。それは、サクヤがやっている事はどんな理由があったとしても許されるものではないという事だ。
「あああ……ああああああ……ああああああああああああ!」
サクヤは半狂乱になりながら、自らの首に幻想因子崩壊機関を起動したグランエグゼを突き刺そうとした。
しかし、グランエグゼがサクヤの首に刺さる事は無い。
それはグランエグゼが何かしたからではない。何故かサクヤの腕がそれ以上動かす事が出来ないからだ。
「どうして……!」
サクヤには何が起こっているのか理解出来ない。分かっているのは、自分はまだ、何かしらの呪縛に縛られているという事だけだ。
「まさか……あいつが……? あの男が何かしたの……?」
サクヤに思い当たる理由はそれしかない。そして、それが当たっているとしたらサクヤにはもう、どうする事も出来ない。
だってサクヤは男がどこの誰かさえも分からないのだから。
「誰か……誰か……!」
サクヤは助けを求めるように周囲を見渡す。しかし、周囲には人間を襲う魔物しかおらず、誰もサクヤを救ってはくれない。
それは当然の事だ。そう仕向けたのはサクヤ自身なのだから。
「そうだ……、あいつ……あいつなら私を……」
サクヤは後悔と絶望の中で、とある少女の姿を思い浮かべる。
その人物なら自分を殺して全てを終わらせてくれるかもしれない。そんな感情がサクヤの中で生まれる。
しかし、殺してほしいと願った次の瞬間、サクヤの脳裏で変化が起こる。
気がつくとサクヤは、何故かその相手をどうすれば殺せるのかを自然と考えていた。
サクヤはその事に気がつかないまま、書き換えられた願いを叶える為動き出す。
「グランエグゼ! シークレットモード解放! 形成の能力を生贄に捧げ、従魔の能力を 限界開放!」
『了解しました。限界開放起動。形成の能力を生贄に捧げ、従魔の能力を三秒間超強化します』
限界開放、それは神意能力と引き換えにたった三秒間のみ、神意能力を超強化する機能である。
そして、その効力により今、従魔の能力の効果範囲はこの大陸全土にまで広がった。
他の能力であればたった三秒間強化したところで、大した事は出来ないであろう。
しかし、従魔の能力は一度命令を与えれば、その効力は解除しない限りサクヤが死ぬまで続く。故にたった三秒あれば十分だった。
その三秒の間にサクヤが大陸中の魔物に命じた事は。
「全ての建造物を破壊し、邪魔する者を退けろ!」
そんな内容だった。
皆殺しにしろと命じなかった事が、サクヤにとって最後の理性だったのかも知れない。
◇◇◇
――迷宮都市アルテミス。
「マリナ、最近調子はどう?」
「うーんそこそこかな」
迷宮都市アルテミスの受付担当であるマリナは、最近皇帝クレアに会ったり、自分の担当した人間がそのクレアと戦い始めたり、そのまま二人が消えて、音沙汰が無くなったりして混乱していたが、今では落ち着きを取り戻し、普段の生活を再開していた。
「そこそこってどうなのよ」
「いいでしょ別に、人生普通でそこそこなのが一番なの」
マリナはこのまま何も起こらない日常が続けば良いと思っていたが、そんな思いは最悪の形で裏切られる。
「うわああああああああ!」
「えっ、あれはガイルさん?」
ガイルと呼ばれた人物は迷宮ギルドの中でもベテランに数えられる人間だ。そんな彼が、突然迷宮から恐怖に彩られた表情で跳びだして来たので、当然の様に注目が集まった。
「おいどうなってるんだ! 第10階層でドラゴンの大群が出てきたぞ!」
「そんな馬鹿な!」
迷宮は各階層に決められた魔物しか出ないように設定されている。その為、10階層でドラゴンが出るなどありえない事だった。
「本当だ! 現に……なっ!」
「ウソ……だろ……!?」
そして、更にありえない事は続く。複数個ある迷宮の入り口から、魔物達が出てきたのだ。
「グルルルル」
「カタカタカタ」
「おいどうなってるんだ!」
「いやぁああ!」
迷宮の入り口は本来、魔物が迷宮から出てこないようになっている。しかし今、目の前の入り口からは魔物が次々と現れて来ていた。
「嘘……こんなの嘘よ……」
そして、迷宮ギルドの受付嬢であるマリナの目の前には、一匹の魔物が立っていた。
それは女にとって、ある意味最悪の魔物とも言える、オークであった。
「ブヒッ、グヒヒ」
「嫌! 嫌ああああああ!!!」
マリナはオークを前にして、叫び声を上げながら走り出す。
その時オークは、何故か迷宮ギルドのカウンターを一心不乱に破壊していたのだが、マリナは気が付かず、そのまま外に跳び出し、擦り傷を作りながら走り去った。
そして、迷宮からあふれ出した魔物から逃れるために、迷宮都市アルテミスの外に飛び出した人々は、ありえない光景を目撃する。
「なんだあれは……!」
「まさか! そんな!」
迷宮都市アルテミスの地面がひび割れ、浮かび上がり、その地下から何かが這い上がってくる。
それは、全長15kmを誇る巨大な芋虫の様な魔物。この都市の名前の由来となった存在。
「ギイィィィィィッィイィィイイイイ!!!」
無尽蔵に魔物を生み出す、封印されし魔物の女王アルテミスそのものだった。
そうして、この日、迷宮都市アルテミスは、その役目を終える事になった。




