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第49話 世界を蝕む者

 ――クーレンタール王国。


 その日、クーレンタール軍の偵察兵はあるものを発見した。それは、多種多様な魔物の大群である。


「ドラゴンやオーガを含む一万を超える魔物の大群がこちらに向かっているだと! 何故だ……、そんな数の魔物が短期間で生まれるはずが……」

「国王陛下、斥候からの情報によると、魔物の群れの中に、一人の少女がいるのが確認できたそうです」

「つまり、その女が原因という事か……」


 この世界において、理不尽な出来事というのは大概において神意能力者が原因である。その為、騒ぎの中心に怪しい人間がいれば、後はその人間を殺すだけで対策は十分だ。


「全軍に伝えろ! すぐに戦闘準備を整えて出撃しろと! 件の神意能力者が我が国に辿り着く前に殺せ!」

「「「はっ!」」」


 その一言で、兵達は慌しく動き出した。


    ◇◇◇


「ひゅ~、これは壮観だね。ミュリアちゃんビックリだよ」

「あまりふざけるなよ」

「いいじゃないそれくらい」

「腕が鳴るぜははは!」


 接近してくる魔物の大群は木々を押し倒しながら、まっすぐにクーレンタールを目指している。

 相手の動きが分かっているのならば、後は相手の進行方向に待機して迎撃すればいい。クーレンタール軍はそう判断し、小高い丘に軍を集めていた。


 殆どの兵がこの状況で、口数を減らしながら待機しているのに対して、口の減らない四人の男女がいた。クーレンタールの神意能力者達である。


「それにしてもー、あれだけの魔物を出すなんて、相手の神意能力者って凄い幻想因子いっぱい持ってるのー?」

「お前はまた作戦会議中寝ていたのか? 召喚系の神意能力ではあれほどの量は用意できないし、事前に出しておく必要は無い。だからあれは支配系の神意能力で、どこからか引っ張ってきたのではないかと言っていただろう」

「でもさ、それにしても多くない? あんなの引っ張って歩いてたら目立つし、維持が大変でしょ。どうして今まで見つからなかったの?」

「そんなのどうでもいいぜ! 早くぶっ飛ばしてやろうぜ!」


 神意能力者というものは、自分が神に選ばれた特別な人間という意識が強い事から、好戦的であったり自信家であったりする事が多い。その為、周囲の兵達に比べて余裕があった。


「流石は神意能力者様……」

「あの方達について行けば間違いは無い……」


 そして、そんな神意能力者達の姿は、周囲の人間にも勇気を与えていく。


「それでは全軍、戦闘を開始せよ!」

「「「おーーーー!!!」」」


 その掛け声により、クーレンタール軍約5万は魔物の群れに向かって攻撃を開始した。


「全ての精霊よ、我が元に集い従え、神意解放! 四精霊の能力エレメンタル・カルテット!」


 攻撃が開始された瞬間、最初にその力を発動したのは、幼さの残る少女、ミュリアだった。

 ミュリアが発動した神意能力は四精霊の能力。精霊の力を借りて火、風、地、水属性の力を自在に操る事が出来るという能力である。

 この能力の利点は、幻想因子を現象を起こす事に使うのではなく、精霊を操る事に使う点である。


 本来、神意能力は使用後にすぐ幻想因子が回復するのだが、大地を召喚したり、水を呼び出す類の能力は、呼び出したものを消さなければ幻想因子が回復しない――ただし、時間経過による回復はする――。

 しかし、精霊の力を借りて行使されるこの神意能力は、使用後に現れたものを消さなくても幻想因子が拘束回復し、好きなだけ力を行使できる。その為、途轍もなく燃費の良い能力なのだ。


 更に、この能力はその性質上、幻想因子ファンタズム崩壊機関ディシンテグレイトの影響を受けないという特性があり、グランエグゼにとっては天敵でもある――ただ、その事をこの者達が知るはずも無い。


「はははははっ! 吹っ飛べー!」


 ミュリアはその利点を生かし、眼前の戦場に大量の土の壁を召喚し魔物達の足を止め、空中から火球と氷の槍を降らせ、空中の魔物を風で翻弄する。

 その身に宿る幻想因子の量を遥かに超える力を行使しても、まったく疲れた様子の無い四精霊の能力者は、クーレンタールが誇る最年少にして最強の神意能力者である。


「デイル、神意能力者の位置は分かる?」

「全てを見通し、我に知らせよ。神意解放、索敵の能力サーチ・アナライズ。魔物の群れの中に人間の反応は一つだけ、しかも神意能力者。間違いないあそこだ」


 デイルと呼ばれた青年が指差したのは魔物の群れのほぼ中心である。この手の神意能力者は大体が一番後ろに控えているので少しおかしいとは思うが、そこにいる事は間違いない。


「ヨッシャア! 行くぜアメル!」

「遅れるんじゃないわよレキ!」


 魔物を操る神意能力者の位置が分かると、クーレンタールの神意能力者二人は魔物の群れに向かって駆け出した。

 そんな二人に合わせ、ミュリアは大地の精霊の力で、有効範囲ギリギリまで土の壁を作り出し、魔物の動きを阻害する。


「――神意解放! 強化の能力ソウル・イグニッション!」

「――神意解放! 重力の能力グラビティ・コントロール!」


 重力の能力を発動したアメルは、周囲の魔物を押さえつけつつ、自らの体を前方へ押し出し、強化の能力を発動したレキは強化された肉体で、重力に抗った魔物達を蹴散らしていく。

 そして、そんな二人を援護する為、他の兵士達は各々が得意とする方法で全体的に魔物へ攻撃し、二人への負担を和らげようと奮闘する。


「魔物の数は多いが、全ての魔物は戦った事のあるものだ、恐れる必要は無い! 全力を尽くして戦え!」


 デイルの言葉を受けて、兵士達に若干の余裕が生まれる。

 神意能力者というのはある一点において特化した人間である。その為、相手の得意分野が何であるか分かっていれば、対策は立てられる。


 今回の場合、相手は一人であり、魔物を操るだけの神意能力者である。その為、彼らは数が多い魔物と普段通りの戦いをすれば十分なのだ。

 しかし、それは、相手が普通の神意能力者だった場合のみ有効な話だ。


「もう少しで見えてくるわ!」

「よし、このまま突っ込むぞ!」


 二人の神意能力者は、魔物を吹き飛ばし、飛び越え、掻い潜り、目標のいる場所まで目前に迫っていた。

 目標まで辿り着けば、あとは難しい事は無い。何かを操る神意能力者の弱点は自分自身。魔物さえ何とかできれば苦戦するはずも無い。

 アメルとレキはこの戦いを一刻も早く終わらせ、仲間達の安全を確保するために駆け抜けた。


「人も大地も神々さえも、全ては等しく無に帰れ」


 駆け抜ける二人は、体長4メートルを誇る一匹のオーガの後ろから、人の声が聞こえた様に感じた。

 周囲にいる魔物の中で、そのオーガは最強の魔物であり、その近くに目標がいることは用意に想像できる。ならば、オーガの背後に目標がいることは間違い無い。

 アメルはそのオーガの周囲の重力を増加させ、レキはオーガの横から目標を狙おうと大地を蹴った。


「ぐっ! 幻想因子ファンタズム無差別消滅兵装バニッシャー!」


 その時、オーガの後ろに控えていたサクヤは、重力に押し潰されそうになる事に耐えながら、グランエグゼを振り下ろした。


「はっ?」

「え……?」


 その瞬間、レキとアメルが見たものは、巨大なオーガの背後から溢れ出した黒い粒子が。オーガも他の魔物も大地も、そして、自分達の体さえも消滅させていくという光景だった。


「嘘! 大地の精霊よ! お願い!」

「全員逃げ――!」


 その光景を後方から見る事となったミュリアは、大地の精霊に語りかけ、自身に出来る全力を持って硬質な土の壁を大量に作り出し、その粒子を防ごうとする。

 しかし、その努力も空しく、ミュリアとデイル、そして多くの兵士達は黒い粒子に飲み込まれ、塵も残さず消滅した。


「あ……ああぁ……」

「うそ……だろ……」


 神意能力者達から離れたい位置にいたために助かった兵士達が見たものは、何もかもが消え去った荒野であった。

 こんな物を見る事になるならばいっそ死んだ方が良かったのでは? そう思う者が現れるほど、それは絶望的な光景だった。


「グルアアアア!」

「ガアアアアア!」

「ま、魔物だ!」

「逃げるんだ! 敵うはずがない!」


 絶望して立ち尽くす兵士達に襲い掛かったのは生き残った魔物達である。

 魔物達は黒い粒子により、その数を減らしたが、大型等の強力な魔物は、サクヤよりも後方か左右の幻想因子ファンタズム無差別消滅兵装バニッシャー範囲外に陣取っていたので、その多くは無事だった。


 そして、従魔の能力により操られた魔物達は、仲間の多くが見殺しにされてもなお死を恐れず、サクヤの命じるままに兵士達に襲い掛かる。

 その後、戦いとも呼べない一方的な蹂躙により、生き残った兵士達もその殆どは死に絶えたが、僅かに生き残った者達は、その情報をクーレンタール王へと届ける事が出来たのだった。


    ◇◇◇


「なんと言う事だ……」


 四人の神意能力者は、戦いが始まってから10分とせずに全滅。他の兵士達も壊滅状態。その報告を受けた国王には絶望しかなかった。

 自国が誇る神意能力者達は全滅。生き残っている者達は戦える状態ではない。そして、周囲の友好的な国に救援を願おうにも、援軍はまず間に合わない。この時点で、クーレンタール王国の滅亡は決まったも同然だった。


「何なのだこれは……、たった一人の神意能力者相手にどうしてこうなったのだ……。魔物の軍勢を従える者……、魔物を統率する王……。まるで御伽噺の魔王の様だ……。そうだ……これは夢だ……。昔聞いた御伽噺の夢を見ているだけなのだ……」


 この状況では、不条理に慣れた幻界の国の王でも、まともな精神状態ではいられない。クーレンタール王は虚ろな目でただ天井を眺めていた。


「こっ! 国王陛下!」

「どうした……。今度は何だ……」


 ついに魔物達が国の目前に迫ってきた。そういった連絡なのだろうとは思いつつも、クーレンタール王はそう聞き返さずにはいられなかった。

 しかし、クーレンタール王がに伝えられたのは予想外の情報だった。


「ま、魔物達が、我が国とは別方向に進路を変更したとの事です!」

「なにぃ!」


 クーレンタール王には一体何が起こっているのか理解できなかった。


    ◇◇◇


「あなたはこの非常時にどこに行ってたの!」

「ごめんなさい、お母さん……」


 魔物が進路を変更したとの知らせを受けて、混乱しつつも安堵の表情を浮かべるクーレンタール国民達の中に、その一組の親子がいた。

 母親に怒られる小さな少年。平時であればそれは、ありふれた光景だった。


「あのね、友達とかくれんぼしてて……。馬車に隠れたんだけど、いつの間にか寝ちゃってて。それで、気が付いたら壁のお外にいたの……」

「まったくこの子は! でも、そんなに遠くに行っていなくて良かった……」


 少年が発見されたのは門の外付近であったが、その時はまだ、魔物が進路を変更したとの連絡も届いておらず、発見した門番は激怒しながらも急いで少年を保護し、母親に連絡したのだ。

 この時大人達は、少年が国外へ逃げた者達の馬車から、途中で降ろされて帰ってきたのだと思っていた。


「うん……? ちがうよお母さん。僕ね、すっごく遠くまで行ってきたんだよ。剣持った人とか、動物さんとかたくさんいてすごかったの!」


 その一言で周囲の人間は、もしかして少年が戦場に向かう馬車に乗り込んでいたのではと思ったが、もし戦場に行っていたのなら、子供の足でこんな短時間で戻れるはずは無く、夢と区別が付いていないのだろうと解釈した。


「それでね、それでね! そこでおっきいお犬さんに乗ったおねえさんに会ってね! 送ってもらったんだ!」

「そうなの、良かったわね。ちゃんとお礼はしたの?」


 この時点で少年の母親は、その話をまともに聞いていない。子供の言う事に、適当に話を合わせていただけだった。


「うん! ありがとうって言ったよ! あとね、おねえさんに、この国に神意能力者は何人いるのか教えて欲しいって言われたから、ちゃんと四人ですって教えてあげたんだ!」

「そう……、そうね……偉かったね……」


 母親はもうこの国に神意能力者はいないと思ったが、嬉しそうに話している少年の邪魔を出来ず、それだけ答えて、少年の手を引いて我が家へと向かったのだった。


    ◇◇◇


『神意能力者四人の殺害に成功。幻想因子は回収できませんでしたが、四精霊の能力、強化の能力、索敵の能力、重力の能力を吸収、封印できました。幻想因子の残量はまだ352%ほど残っていますし、問題ありません。流石はマイマスターです』


 サクヤは、ヘルドッグと呼ばれる巨大な狼の様な魔物に乗り、揺られながらグランエグゼの話を聞いていた。

 しかし、サクヤは話しかけられてもまともに反応せず、血が流れ出すほど頭を掻きむしりながら、虚ろな表情でブツブツと何かを呟いているだけだった。


「私は悪くない……私はやり返しているだけ……やり返しているだけなんだ……。だから、何も悪くない……。悪くないんだ……」


 サクヤはクーレンタール軍との戦いで、多くの人間を殺した。

 今までサクヤは、グランエグゼやルキアに操られている状態か、反撃でしか人を殺した事が無い。しかし今回は、自らの判断で人を殺したのだ。


 人は時に、自分がやった事の罪を誰かに押し付ける事で精神を安定させようとする。

 今までサクヤは無意識に、自分が人を殺した事の罪をグランエグゼに押し付け、その事で精神を安定させてきた。しかし、今のサクヤにはその罪を押し付ける対象がいない。


 その事は、確実にサクヤの心を蝕む。そして、サクヤは自分の行いを無理やり正当化させる事で、壊れそうな心をギリギリで維持していた。


「これは無意味な人殺しじゃない……。あそこに神意能力者がいたから悪いんだ……。私は仕方なく殺しただけなんだ……。これは……必要な事なんだ……。そうだ……クレアに復讐する為には力が必要だ。だから、神意能力者は一人でも多く殺さなきゃいけない……。私は悪くない……。神意能力者の近くにいた奴らの方が悪いんだ……。無意味な人殺しはしてない……。その証拠にあの子とあの国の残りの人間は見逃してあげた……。私にはまだ人間らしい優しさが残ってる……。私は人間だ……。グランエグゼとは違う……。普通の人間なんだ……」


 そんな意味の無い、矛盾した言葉の羅列を、肯定してくれる人間も、否定してくれる人間もこの場には存在していなかった。


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