第4話 竜に挑みし者たち
サクヤは躊躇なく走る。目の前にはたくさんの人を惨殺した巨大な化け物がいるが、その姿を見ても一切の恐怖を感じない。こんなものは何も怖くない、サクヤは自分がそう思っていることに疑問すら感じていない。
レッドドラゴンと戦う者達の中で何人かがサクヤの接近に気が付く。その顔はありえないものを見たと語っていた。こんな状態の場所へ一直線に駆け寄ってくる一人の少女。それは自殺志願者にしか見えなかった。
サクヤはそんな視線を無視してレッドドラゴンを睨みつける。レッドドラゴンはサクヤの接近には気が付いていない。もっとも、気が付いていたとしても獲物が一匹増えた程度にしか思わなかったであろう。
サクヤは考える。どこに攻撃すれば良いのかと。レッドドラゴンは全身鋼鉄と同等かそれ以上の強度の鱗に包まれている。その上武器が刃先の無いグランエグゼでは、蚊に刺された程度のダメージも与えられないだろう。ならば弱点を探して狙うしかない。
しかし、そんな都合の良い弱点があれば、今まで戦っていた人間が気が付かない訳がない。考えている間にレッドドラゴンが目前まで迫っていた。考える時間を失ったサクヤは、視界に入る中で一番弱点に見える箇所を狙うために跳んだ。
「思考加速!」
その声に反応したレッドドラゴンが、減速した世界でゆっくりサクヤの方に振り向いてくる。
サクヤにとっては計算通りの動きをするレッドドラゴンが、サクヤを視界に収める。その視界の発生源である部分。レッドドラゴンの眼球に向かってサクヤはグランエグゼを突き刺した。
「なっ!」
サクヤは驚きの声を上げる。大した効果は無いだろうと予想はしていたが、グランエグゼの切先が眼球の硬さに弾かれるとまでは思っていなかった。
驚きながらもサクヤは何とかレッドドラゴンの首に足を乗せる。距離をとるため首から跳ぼうとした瞬間、レッドドラゴンが瞬きしているのが見えた。
レッドドラゴンの瞬きは眼球と眼球を保護するカバーの間を、まぶたの様なものが移動するという動作だった。つまり常時超硬度ゴーグルを装備しているという事である。サクヤは花粉症の対策もバッチリだなと意味不明な事を考えながら黒髪の少女の側へ跳んで着地した。
「あ、あなたは何者ですか」
黒髪の少女は驚いた様な上擦った声を出す。驚くのも当然、救いを求めていたところへの突然の来訪者だ。この場にいる全員が、もしかしてあのドラゴンを倒せる人間なのかと期待している。
「サクヤだ。期待してるかも知れないが、アイツを倒せる方法は持ってないぞ」
その一言にほとんどの人間は落胆する。役立たずが何故首を突っ込んできたと心の中で罵倒する者もいた。しかし、同時にこう思った。自分は同じ状況で同じ事が出来るだろうかと。
魔物に襲われている人を助けるという行為自体は珍しい事ではない。しかし、普通の人間はその襲っている相手が自分より格下だと判断したから助けに入るのだ。この場の惨状を見て、大した力も無い人間が助けに駆けつけるなどまずありえない。だから、その勇気だけは賞賛しようと思った。
しかし、一人だけそう思っていない人間がいた。
「私はカナタと言います。サクヤ様、失礼ですが足に自信はありますか」
黒髪の少女、カナタはいきなり現れたサクヤの足の速さに注目していた。カナタの仲間の中にはカナタより足の速い人間はいない。一番早いカナタでもレッドドラゴンの攻撃を回避するのはギリギリだった。そのため、カナタ以外にレッドドラゴンを引き付けられる人間がいなかった。
しかし、サクヤの速さは今のカナタを上回っていた。これなら頼めるかもしれない。カナタは期待を込めた眼差しをサクヤに送る。
「速さの事を言ってるなら自信はあるな」
サクヤは返答しつつレッドドラゴンの攻撃を回避していく。レッドドラゴンの攻撃はあまり速くは無い様に思える。尾の攻撃だけは目で追えないくらい速いが、予備動作が大きいため、あらかじめ距離を取る事で回避できた。
避けるのだけなら簡単だと思うサクヤだが、それが可能なのはサクヤの速度が元の体の三倍近くある事と、なぜか恐怖を感じていないからだった。
周囲の人間には余裕の表情で当たれば即死の攻撃を回避していくサクヤの姿は異常に見えたであろう。
「サクヤ様、私にはアレを倒せる方法があります。しかし使うのに時間がかかります」
カナタはサクヤの回避能力を確認すると、心の奥から希望が湧いてくるのを感じた。
「その時間を稼げって事か」
「その通りです」
サクヤとカナタはレッドドラゴンの近くを走り回りながら言葉を交わす。
「なにか気を付ける事は?」
「アレは離れ過ぎると距離の遠い人物を優先的に狙います。私と、そこの方からあまり遠くに連れて行かないでください」
カナタはマナステアを指差しながら伝える。攻撃が自分達に来ない様に引き付けろ。ただしレッドドラゴンを一定距離より離れさせるな。それがどれだけ難しいことなのか、カナタ達は知っていた。しかし、それしか勝てる方法が存在しない。もう、サクヤに賭けるしかなかった。
「よし、任せろ!」
そう言って迷い無くレッドドラゴンに向かっていくサクヤの姿は、口調も相まって同性でも見惚れるほどに男らしかった。
カナタは初めて会った自分を信じてくれたサクヤに報いるため、レッドドラゴンを倒す為の準備を開始した。
「そら、こっちだ!」
サクヤはレッドドラゴンへ正面から突っ込みグランエグゼを叩きつける。当然何のダメージも与えられないが、注意だけは引き付けられた。
サクヤを中心として他の護衛兵もレッドドラゴンの周囲に展開する。サクヤが常にレッドドラゴンの眼前で攻撃を引き付けているので、護衛兵には余裕が生まれていた。
疲労していた護衛兵達はそのままサクヤに仕事を押し付け、ほぼ見ているだけになるが、サクヤは気にした様子もなく笑みさえ浮かべて攻撃を避ける。その光景はどこか不気味だった。
「私は稲妻になりたい」
サクヤがレッドドラゴンを引き付けていると、後方からカナタの声が響いてくる。攻撃の合間に声の方向を確認すると、カナタは刀を天に掲げ、目を瞑って祈る様に声を上げていた。
「稲妻となってあなたの元へ駆けつけたい」
その姿は美しく、サクヤは一瞬見惚れてしまう。その隙を突いてレッドドラゴンが尾を振り回すが、サクヤの回避が間に合い、頬を軽く切るだけで済んだ。
あと少しで死ぬところだったにもかかわらず、サクヤはニヤリと笑う。カナタの使っているものは魔法なのか、それとも魔法とは別の特別な力なのか。考えるだけで気分が高揚する。これこそが異世界の醍醐味だとその力の発動に期待を寄せる。
その姿は他の者から見ると頭が狂っている様に見えた。
「イカれてる……」
それが周囲から見たサクヤの印象だった。死を恐れず、寧ろ死の淵を楽しむ命知らず。その行動が誰かに誘導されたものだとしても、それを知らぬ者達からすれば、それはサクヤ本人の意思だと認識するしかない。
「そして、あなたを護る刃になりたい」
サクヤはカナタの声に耳を傾けながら、レッドドラゴンの動きを読み取る。レッドドラゴンが右前足を振り上げたところで、サクヤは前進。速さを生かしてレッドドラゴンの真下に滑り込み、グランエグゼをレッドドラゴンの腹に叩きつける。
レッドドラゴンは腹の下にいるサクヤを圧殺するため、四本足の力を緩め、全身を地面に叩きつける。しかし、サクヤは既にその場所から離脱しており、レッドドラゴンは体勢を立て直すのに時間を要する事になる。
「私の全てはあなたの為に」
カナタの詠唱はまだ終わらない。これだけ時間がかかるのであれば、並の人間では完了までの時間を稼げないのも頷ける。
レッドドラゴンが体勢を立て直し、サクヤに襲い掛かる。
「この想い犯す事、神すら能わず」
カナタが掲げていた刀を横向きに構える。
レッドドラゴンの顔面にグランエグゼを叩きつけながら、サクヤは背後の空気が変わったように感じていた。レッドドラゴンの噛み付きを後方に跳ぶ事で回避しながらカナタの方を見る。
「神意解放」
カナタが目を開き、レッドドラゴンを憎しみを込めて睨みつける。その怒りに反応するようにカナタの周囲から、放電現象が起こっているような音が聞こえる。
護衛兵達は自分達の勝利を確信して、希望に満ちた目をカナタに向けた。それにより足を止めた護衛兵の一人にレッドドラゴンが尾を叩きつけようとするが、それを阻止する為に放ったサクヤの突きで眼球を攻撃され、羽虫を払うような動作で左前足を振ってしまい、尾を振るう体勢ではなくなってしまう。守られた護衛兵は自分が死ぬところだった事にも気が付かず、サクヤに感謝すら感じていない。
その光景を見たカナタは、サクヤに心の中で謝罪と感謝をした。カナタはサクヤに自分とマナステアだけでも守ってくれと頼んだのに、サクヤは見事に全員を守りきったのだ。自分の仲間の不甲斐なさと、サクヤへの感謝を胸に、カナタは最後の言葉を口にする。
「迅雷の能力ライトニング・アクセラレーション!」
その一言と共に、カナタを中心として落雷の時の様な音が響き渡り、一筋の閃光がレッドドラゴンへと飛翔した。
自分の作ったお話を読んで頂ける事って、こんなに幸せな事なんですね。
皆さんお読み頂いて本当にありがとうございます。