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第47話 サクヤの世界

 何も無い漆黒の空間、私は今そんな場所にいる。

 ここはどこなのだろうか? 私はどうなったのだろうか? 様々な疑問が思い浮かぶが、頭がうまく働いてくれない。


「ここは君の心の世界さ」


 誰? そう聞こうとしたけど声が出ない。

 声が出せなくて焦っている私に男は語りかけてくる。


「どうも、お邪魔させてもらっている。ああ、考えを声に出す必要は無いよ。この世界は君の心の中だから、考えるだけで俺に内容が伝わってくる。まあ、プライバシーが守られないのは我慢してくれ」


 言っている事が無茶苦茶だ。そもそもこの男は何者なのだろう?


「俺か? 俺は簡単に言うと、君をこの世界に連れてきた人間だ」


 そう聞いた瞬間、私の心の中に、たくさんの怒りと憎しみの感情が浮かび上がる。それと同時に、周囲の漆黒の空間が男に襲い掛かる。

 私の感情に反応して動き出したという事は、この漆黒の空間は本当に私の心の中なのだろうか? こんな……こんな何も無い真っ黒な世界が私の心……。


「そうだ、これが擦り切れて汚れきった君の心だ。残念な事にな」


 男はそう言いながら襲い掛かっていた漆黒を振り払う。男が軽く手を振るっただけで漆黒は怯える様に逃げてしまうので、危害など加えられる訳も無い。こんな無力なところまで私にそっくり。


「そう自分を卑しめるな、俺は特別だからな。これは仕方が無い事だ」


 この男が私をこの世界に連れてきたというのなら、全ての責任はこの男にあると言っても良い。それなのにこの態度、私には許す事ができない。


「許してもらおうとも思っていないが、俺がやったのは君を連れてくる事だけだ。その後の事に関してはグランエグゼが勝手にやった事。俺の判断ではない。君だって最初の頃は理想の女の子になれた事を喜んでいただろう?」


 なら、例えばあなたが、財宝が沈んでいるサメだらけの海にロープでぐるぐる巻きにされて突き落とされたとして、その突き落としてきた相手に、俺は突き落としただけだから悪くない。お前を殺すのはロープとサメだ。お前だって財宝は欲しかっただろって言われたら納得できるの?


「はっはっはっ、面白い例えをするな」


 優しく微笑みながらそう言ってくる男に対して、私は殺意を抑えきれない。しかし、男は私の殺意を気にした素振りも見せずに受け流す。


「話が反れたな、本題に移ろう。俺も暇ではないんでね」


 この男はいちいち私を怒らせないと気がすまないのだろうか? もう、怒る事にも疲れてきた。


「おいおい嫌わないでくれよ。俺は君にとても惚れ込んでいるんだ。これは恋と言っても過言ではないくらいにね」


 こっちが元男だと知っていてそんな事を言ってくる人間がいるとは思わなかった。まあ、そもそも私に興味がある男は、私の体にしか興味が無かった人ばっかりだから関係が無かったかもしれないけど。


「俺は逆だな、体には興味が無い。俺は君の心に興味があるんだ」


 という事はあなたは男としての私が好きなの? 気持ちが悪い。


「うむ、正直言って君はもう心まで女と変わりないと思うが、それはどうでもいい。君は、この異世界をどう思う?」


 この異世界をどう思う? そんなの決まっている。こんなクソみたいな異世界は消えてなくなれば良いと思ってる。


「そうだろう、そうだろう。俺もそう思っているんだ。しかし、残念な事にこの異世界を消し去るためには、この世界を管理するクソみたいな神々を皆殺しにしなければならない」


 神々を皆殺し? そうすればこの世界は滅ぶの? だからあなたはグランエグゼを造ったの?


「正確には違うな。グランエグゼは俺が一から造った訳ではない。俺と同じこころざしを持った人間が自ら志願してきて、俺はその娘をグランエグゼに作り変えただけだ。ついでに言うと、ユカリという人間が持っていたエクスマキナも同じ様に元人間だ」


 それじゃあ、あなたは、あれが人間のやる事だって言うの? あんな、人を道具としか思っていない態度が人間に出来るって言うの?


「どんなに残酷で、どんなに非道だろうとあの娘は間違いなく人間だよ。その事実は変わらない。それよりも、やっぱり君は全てを思い出した時、本来記憶出来ないはずのグランエグゼの言葉さえも思い出してしまったんだね」


 そうだ、私は弥生が死んだあの瞬間、グランエグゼによって語られた全ての言葉を思い出した。そして、あの時から、私の頭に響くグランエグゼの声は普通の会話と同じ様に全て聞こえている。だから私は、グランエグゼのくれる情報から、弥生がもう転生し終わっている事も知っているのだ。


「やはりね。なんと言うかグランエグゼは気が付いていないが、人間の適応能力、慣れというのは凄いものでね。人間は大概の事は繰り返していくうちに慣れてしまうんだ。それは精神干渉の類も例外ではない。しかもあの娘は君に、適応能力増幅や学習能力強化を使ったまま、精神干渉を繰り返してきたからね。これは当然の結果とも言える」


 そんな事に慣れてもうれしくもない。いっその事、私の精神なんて消し去って、乗っ取って勝手に使ってくれればいいのに。


「それが出来ないからあの娘も歯痒くてどんどん歪んでいったんだろうね。まあ、君には関係ないだろうけど」


 もうそんな事はどうでも良い。結局あなたの目的は何?


「ごめんごめん、君と話しているのが楽しくてまた話が反れてしまった。ちゃんと俺の目的を言うよ。俺の目的は、君の望みを叶える手伝いをしてあげる事なんだ」


 望みを叶える手伝い? 何を今更……。それじゃあ、私が元の世界に帰りたいって言ったら叶えてくれるの?


「いいよ、君がそれを望むのなら。でも君はそんな事望むのか?」


 その一言は私の心を見透かしていた。そう、私は元の世界に帰りたいなど、もう望んでいないのだ。

 だってそうだろう。女の体で女として振舞ってきたこの異世界生活。その生活の中で、私は疑問もなく魔物を殺し、息を吸うように人間すらも殺す日々を過ごした。こんな生活を繰り返した人間が今更、元の生活なんかに戻れるはずもない。


 もしかすれば、それも慣れという形で少しずつ元に戻っていくのかもしれない。でも、私が一番恐ろしいのは弥生に会った時、自分が何を思うかだ。



 私は弥生が憎い。私は弥生が許せない。私は弥生が妬ましい。



 私を意のまま操った事に対しての怒り。

 私と違って幸せそうに異世界を楽しんでいた事に対する嫉妬。

 そして、こんなにも苦しんでいる私よりも先に帰って、今頃幸せそうに元の生活に戻っているのだろうという事に対しての私怨。


 これは八つ当たりだ。そんな事はわかっている。それでも私は、もう弥生に兄としてまともに接する事は出来ない。今の記憶と感情を持ったまま弥生と出会ってしまったら、自分が何をしてしまうか考えると恐怖を覚える。


「そうだ、だから君はそんな事は望まない。元の世界に帰る事など最早どうでも良い。もっとしたい事があるんだろ? さっき自分で考えていたじゃないか」


 そうだ、元の世界に帰る望みを放棄した私が叶えたい願いそれは……



 私をこんな目に合わせた、この異世界に復讐する事だ。



「ならば与えよう、その為の力を」



 そう言って男が差し出してきたのは、透明な鍵の様な形をしたものだった。


「これはグランエグゼへのアクセスキーだ。これさえあれば君はグランエグゼを好き勝手に出来る。君達の体は常に一体化しているのだから、君の方からグランエグゼに干渉する事も当然可能なんだよ。」


 それで腹癒せにグランエグゼを滅茶苦茶にすればいいの? そうじゃないでしょう? 例えグランエグゼを好き勝手に出来ても、魔道具で拘束されている以上、もう手遅れだよ。


「君は少々グランエグゼの力を見誤っているよ。あの娘はね、未だに力を出し渋っているんだ」


 それはつまり、今までもやろうと思えば私を助ける事が出来たって事?


「その通り。例えば君が男達に捕まって酷い目にあった時だって、あの娘が本気で君を助けようとすれば助けられたんだ。それをしなかったのは、それが代償を必要とする方法だったからだ。あの娘は君を使い捨てにするつもりだったから、勿体無いと判断したんだよ」


 それで……、その所為で私は今までこんな目にあって……、あいつは助ける手段があって見捨ててきたっていうの……。そんなの……


「許せないだろう。その感情は存分にグランエグゼと世界にぶつけてくれていいよ」


 何で、あなたはそんな事をするの? あなたにとってグランエグゼは仲間じゃないの?


「ああ、あの娘とは協力関係だけど仲間じゃないね。俺にとってはあの娘も目的の為の歯車の一つ。もっと優秀な歯車があるなら、入れ替えるのは当然の事だ」


 じゃああなたは、グランエグゼよりも私の方が歯車として優秀だと思っているの?


「そうだ。グランエグゼ、あれは力はあるが思慮が浅い。力を持ち過ぎた子供が悪ぶって、わざと残酷な事をしているようなもので、結果に繋がらない。それに対して君は、力さえあれば俺の思い通りに動いてくれそうだ。期待できる」


 そう、結局全てはあなたの手のひらの上という事ね。


「そうなるな。だが、君にとっては喜ばしい結果になるのだから十分だろ?」


 私はため息を吐きながら手を伸ばし、男から鍵を奪い取る。どうせ私には他に選択肢なんて存在しないのだ。悩んでいても意味は無い。


 私はあなたを許す事は出来ない。でも、この力をくれた事には感謝する。だからあなたに復讐するのは一番最後にしてあげる。


「それじゃあ、その時を楽しみにして待っているよ」


 そう言って男は私に微笑みかける。私はその笑顔を殴りたいと思いながら、渡された鍵を握り締めた。

 その瞬間、私の世界は歓喜に震え、私はそれを受け入れ、漆黒に飲み込まれた。


「君の人生に幸あれ」


 最後にそんなふざけた言葉が聞こえた気がしたけど、私にはもう、どうでも良かった。


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