第46話 新しい出会い、そして
レッドドラゴンとの戦いの後、サクヤは助けた少女と話しをしていた。
「あの、助けていただいてありがとうございます。私はシアといいます。あなたは?」
「私はサクヤだよ」
「サクヤさんですか、良いお名前ですね」
シアと名乗った少女はニコニコと笑いながらそう語りかけてくる。
シアはレッドドラゴンに襲われたにしては元気そうだと思われるかもしれないが、この幻界では魔物に襲われるなど日常の一部であるため、いちいち落ち込んでいる暇もなく、シアの切り替えの早さも一般的なものだ。
しかし、この状況に慣れていないサクヤは違和感を覚えてしまう。まあ、その違和感も、最初の頃に比べればかなり薄れてきているので、この世界で過ごすうちに少しずつ感じなくなっていくであろう。
「あなたもね。それにしても、あんな魔物に襲われたのに大した傷も無いようで良かったわ」
「それはサクヤさんがすぐに助けてくださったからです」
サクヤはシアを見ていて何となく落ち着く。それはきっとシアが三つ編みの髪型で籠を持ったごく普通の街娘といった感じの見た目で、素朴さが溢れているからであろう。
「そうだ、私は旅の途中でよく分らないんだけど、この辺りってあんな魔物がたくさんいたりするの?」
「ああ、いえ、あんな怖い魔物を見たのは初めてです。この辺り一帯は王国の魔物討伐隊が定期的に魔物狩りをしているので、比較的安全な地帯なんです。今日だって、昨日魔物討伐が終わって安全だと思ったから、薬草取りに来たんですから」
因みに、傷がすぐに治るこの世界では、薬草は主に病気の治療や、サクヤがルキアに飲まされていたような薬のを作る時の原料として使われ、痛み止めや消毒といった方面にはあまり使われていない。
「ふぅん、そうなるとあれはどこからか突然飛んで来たのかしら? まあ、あの類の魔物なら、それでもおかしくないか」
「そうですね。最近は魔物を見つける事も少なくて油断してましたけど、今度からは遠くから飛んで来る魔物にも気を付けないとですね」
そう言いながらシアは両手の拳を胸の前で握り、ガッツポーズの様な姿勢で気合を入れている。その姿はとても愛らしく、サクヤは微笑ましく思う。
グゥ~
その時、サクヤの腹から唸り声の様な音が聞こえ、サクヤは顔を赤く染める。まあ、その、サクヤの腹の機嫌が悪いのは仕方の無い事だ。なんせサクヤはルキアと別れる事になったあの日、全ての所持品と全ての金を失い、今まで水と木の実だけを食べて歩き続けてきたのだから。
サクヤが全ての所持品を失った理由、それはルキアが荷物をアイテム・ストレージという魔法で保存していたからである。
この魔法、荷物をいくらでも保存できる便利な魔法なのだが、発動している人間が死亡すると、中の荷物が異次元に消滅してしまうという欠点がある。その為、ルキアが貯めに貯めた大量のお金と荷物たちは、帰らぬものとなってしまったのだ。
「うぅ……」
「あ、あの! もしよろしかったらお礼もしたいので、私の家にいらっしゃいませんか! ご、ご飯とかもありますので!」
「あっと、その……」
サクヤは少し考える。自分にはそんな事をしている暇があるのか、また世話になった挙句迷惑をかけてしまうのではないか、色々と思いを巡らせるが、結局空腹に負けてしまう。
「お、お願いします……」
「はい! 喜んで!」
こうして、サクヤはシアに案内されて歩き出す。途中、シアは籠の中に入っていた自分のお昼ご飯のサンドイッチを全てサクヤに渡してきたのだが、サクヤは半分だけで良いと言って、残りはシアに返した。そして二人は、サンドイッチを食べたり、世間話をしながらシアが暮らしているという国へ向かう。
「へえ、サクヤさんの使っている魔道具ってそんなに特殊なものなんですか。そんな魔道具があるなんて知りませんでした」
「私の知り合いが魔道具技師で、試験運用の為とか言って貸してくれたの。ははは……」
「そんなお知り合いがいるなんてうらやましいです」
シアにグランエグゼやアリアとカナタの事を聞かれ、苦しいと思いつつ当たり障りの無い言い訳をするサクヤ。そんなサクヤの話を愛らしい笑顔で凄い凄いと聞いてくれるシアを見ていると、サクヤは少し申し訳なく思うが、それと同時にうれしさも感じていた。
(この幻界にも、こんなに優しそうな子がいるんだな……)
シアの笑顔を見ていると、サクヤの疲れた心は透き通っていく様に軽くなる。
正直言って、サクヤの心は度重なる悲惨な出来事で、既に限界だった。そんなサクヤの心をシアは優しく包む様に癒してくれる。
「サクヤさんは綺麗だし、強いし、優しいし、本当に凄い人です。尊敬しちゃいます」
「ははは、ありがとう」
サクヤは、この先大変な事がたくさん待っていると理解している。でもせめて、今だけはこの幸せなひと時をかみ締めていたかった。
「あっ、サクヤさん! そろそろ見えてきますよ!」
シアはそう言うと、サクヤを残して走り出し、少し先で振り返った。
「テメェの地獄がな」
「えっ……?」
その時、サクヤの目に映ったのは、先ほどまでの笑顔が嘘の様に、人を見下すような冷笑をしたシアの姿だった。
「捕縛結界起動!」
「ヒィハハッ! 久しぶりの女の獲物だ!」
「がっ! ぐっ!」
何が起こったかサクヤが理解するより前に、茂みから出てきた男達がサクヤの足元に埋まっていた魔道具を起動しサクヤを拘束する。
この魔道具は持ち運びが難しい設置タイプの魔道具であるが、その分効力は凄まじく、サクヤは全身を縛り付けられる様な感覚に陥り、動けなくなった。
「な……え……?」
全身を拘束されながらも、サクヤは自分が何故こんな事になっているのか理解出来ない。いや、正確には理解したくないのだ。何が起こったか理解してしまったらもう、あの幸せなひと時をもう思い出せなくなってしまうから。
「ボースーどうでした私のテク? あの女完全に騙されてましたよ」
「あぁシア、お前の演技は本当に最高だぜ! ハハハハハ!」
「そう思うなら今回の魔道具の取り分は私から選ばせてくださいよ」
「いいぜ、この女なら魔道具以外にも使い道がたくさんあるからな! 好きなの持ってけ! テメェ等もそれで良いよな!」
「いいですぜ」
「ヒヒヒッ、今夜は枯れるまでパーティーだぜ!」
「やったぁ!」
しかし、目の前に広がる光景と、グランエグゼからの情報が、サクヤに真実を教えてくる。
『神意観測装置起動。――対象神意能力者の解析完了。従魔の能力モンスター・テイマー。効果、能力効果範囲内に存在するあらゆる魔物の位置を把握し、完全な支配下に置く事が出来る。一度支配された魔物は、効果範囲外に出たり能力発動状態を解除した後も、能力者が死なない限り命令に従い続ける。欠点、召喚ではなく支配なので、魔物を見つける手間と、消す事が出来ないのでその後の管理が必要になってしまう』
従魔の神意能力者として反応しているのは、ボスと呼ばれた男だ。
つまり、サクヤが倒したあのレッドドラゴンは従魔の能力によって操られていた魔物で、シアは襲われている演技をしていただけだったのだ。
そして、従魔の能力はあくまで魔物を操っているだけなので、グランエグゼの対神兵装も反応しなかった。そういう事だ。
何故シア達はそんな事をしたのか。それは、強力な魔物を倒すほどの力を持った人間は、何かしら金目の物や優秀な魔道具を持っているからである。
シア達はこの方法で今まで何人ものお優しい正義の味方を騙し、殺して荷物を奪ってきたのだ。
そして、この方法は、どうやっても手に負えない化け物の様な相手が現れた時、お礼をしてそのまま見送るという回避方法が取れるので、安全面でも優秀だった。
「ふふふっ、ありがとうございますね、サクヤさーん! お陰で儲かっちゃいました。サクヤさんはー、本当に綺麗でぇ強くてぇ優しくてぇ、とーーても馬鹿でぇ便利でぇ、尊敬しちゃいまーす。あははははは」
先程とは比べもにならないほど、心からうれしそうに笑うシアのその一言が、サクヤの心に止めを刺した。
(なんなのこの世界は……)
サクヤは今まであれだけ悲惨な目に逢っても、まだ希望を持っていた。この世界にも良い人はいる。そう信じていたのだ。
そんなサクヤの心は踏みにじられる。
(こんな……こんな世界が許されるの……?)
きっとサクヤの元いた世界にだって、不幸な目に逢っている人間はたくさんいる。今この瞬間も五体満足で生きていられるだけ、サクヤは幸せだと言われるかもしれない。
それでもサクヤはこんな異世界を許せない。
(何で私ばかりがこんな目に逢わないといけないの……?)
サクヤは思い出す。楽しそうに冒険をしていたルキアの事を。そして思うのだ。何故妹は幸せそうに異世界を楽しんでいて、自分はこんな目に逢うのかと……。
許せない、許せない、許せない。最早サクヤは、ルキアが楽しそうにしていたという事にさえ、怒りを覚えていた。
(もう嫌だ! もう許せない! もう耐えられない! みんな! みんな! みんな!)
サクヤは自分の中からどす黒い感情が溢れ出すのを感じる。その感情が、サクヤの心を、魂を蝕んでいく。
そして――
(こんなクソみたいな異世界、みんな滅んでしまえばいいんだ……!)
サクヤは心の底からそう思った。
「俺もそう思う」
どこからとも無く、聞いた事も無い男の声が聞こえた気がした。
そしてその瞬間、サクヤの意識はどこかへと旅立った。




