第45話 あの日の再現
『幻想因子保有量残り912%。幻想因子保有量600%を使用し、外部付属魔道具兵装の改良を実行。身体能力二倍を身体能力三倍に強化、幻想因子回復速度二倍を幻想因子回復速度三倍に強化します。ふぅ、残りの幻想因子はもしもの時の為に残しておきましょう』
グランエグゼはルキアの支援が受けられなくなった事を考慮して、今まで貯めていた幻想因子でサクヤを強化する。折角ここまで手を回したのにすぐに死なれては困るからだ。
『色々とありましたが、何とか落ち着くところに落ち着いてよかったです』
そんな独り言を呟きながら、グランエグゼは安堵する。
『ユカリさんのお陰で精神干渉も最低限で済みましたし、御主人様の方も問題なく動いてますね。流石はユカリさん、私が喋り方や態度を参考にしているだけの事はあります』
グランエグゼは元々はエクスマキナに似た性格の存在だったが、その所為で今まで失敗を繰り返してきた。しかし、ユカリを参考にして振舞うようになってからは、ある程度の成果が上げられる様になり、グランエグゼはユカリの事を心の中で師匠と呼んでいた。
『それにしてもユカリさんは凄いですね。あの女を殺す時に使ったあの人造神剣はエグゼリインカネーション。刺し殺した相手を異世界に転生させる能力を持った人造神剣。つまり、あの段階でもう転生させ終わっているのにそれを理由に脅迫するとは。私ももっと見習わなければいけませんね』
グランエグゼは素の性格をあらわにしながら、そう心に誓った。しかし、心のどこかで、別に転生させないで普通に殺しても良かったのではないかとも考えていた。
何故、あの時ユカリが、殺すのではなく転生させる事を選んだのか。それはグランエグゼにとって謎だし考えても答えは出なかった。
『さてと、それは良いとして、私の可愛い御主人様はどこまで頑張ってくれるのか楽しみですね』
グランエグゼは正直サクヤが神を殺せるまで持つとは思っていない。だが、ユカリに協力までしてもらったのだから、せめて神格能力者の一人くらいは殺して欲しいと考えていた。
『ふふふ、あなたにはこんなに期待しているんですから、よろしく頼みますよ』
グランエグゼはそうやって、自分勝手な要求を押し付け、サクヤを死地へと追いやるのだった。
◇◇◇
――幻界、名も無き森。
「はぁ、はぁ……」
サクヤは一人、名も無き森を歩く。もう頼れるものなど存在せずたった一人、幻界の森を歩く。ここは幻界、一人で旅をするのも命がけな場所。しかし、一人で進むしかない。
「道に……迷った……」
迷ったもなにも、そもそもサクヤは幻界の地理についての知識がまったく無い。目的地も分らずに歩いているのだから、さまようのは当然の事だ。
「いや……、迷ってるのは道だけじゃないか……」
サクヤはミリシオン王国でルキアを失ったあの日、混乱に乗じてそのまま国外へと逃げた。そのままあの場にいては犯人だと思われるかも知れないと思ったからだ。まあ、実際にはあの程度の事件、幻界ではよくある事であり、それほど大事にはならず、犯人探しもすぐに打ち切られたのだが、それをサクヤが知る術は無い。
「神を殺す……、その為には一人でも多くの神意能力者を殺さないと……。でも、私一人の力じゃ……」
サクヤは全ての記憶を取り戻しながらも、自然と女らしく振舞っていた。それは肉体に影響されての事なのか、サクヤの趣味なのか、他に考えがあるのかは分からない。ただ、サクヤはそれが最善だと思っているようだ。
「殺す……、殺して……それで……」
急に色々な事を思い出した所為で不安定な精神と、無理な行動による疲労から、サクヤの脳はいまいち働いてくれない。しかし、体はしっかりと前に進んでいた。
「きゃーーーー!」
その時、サクヤは誰かの悲鳴を聞いた。反射的にそちらの方に首を向けるが、正直言って今の状態では魔物相手にまともに戦える気がしない。だから逃げるべきだと考えた。
「はぁ……はぁ……」
しかし、体は自然と声の方向に向かっていく。自分の中にある何かがその先へ進むべきだと囁いているのだ。だからサクヤは、声に導かれるまま森の外へと跳び出した。
(そういえば、最初にこの世界に来た時も、こうやって森から出たら、あのレッドドラゴンとの戦いが始まったんだよな)
そんな事を思い出しながら、森の外の景色を見回したサクヤの目に飛び込んできたのは、あの日の再現だった。
「ははは……、こりゃ笑えるわ……」
サクヤの見つめる先、悲鳴が聞こえた場所にいたのは一人の少女。そして――
「グルアアアアアアアアアアアア!」
神意能力で呼び出されたのではない、正真正銘のレッドドラゴンであった。
(どうする、どうする、どうする!)
目の前にいるレッドドラゴンは神意能力で呼び出されたものではない。つまりグランエグゼは何の力も発揮してくれない。しかも、今目の前にいるのはあの日と違って少女一人だけ。誰かの援護も期待できない。
「それでも!」
しかし、今のサクヤはあの日のサクヤとは違う。そして、この程度に挫けている様では神など倒せるはずも無い。だからサクヤは、自らの意思でレッドドラゴンへと駆け出した。
「魔法シューティング・レイ!」
撃ち出されるは長距離射撃魔法。ただの人間であれば一撃で殺す事も可能なその一撃はレッドドラゴンの胴体に着弾し、四散する。しかし、それで良い、最初から注意を引き付ける以上の効果は期待していない。
「グルルル」
「アリア! カナタ!」
サクヤはこちらを向いたレッドドラゴンへと近寄りながら、ユカリによって改良された魔道具を起動させる。アリアとカナタは新しくなった自分の力をサクヤに見せ付けるかのように、勇敢にレッドドラゴンへと飛翔する。
本来であれば、カナタは自らの安全を考慮して、本隊はあまり積極的に攻撃しないはずなのだが、永久不変が付与された事を理解しているらしく、まっすぐにレッドドラゴンへ突っ込む。そして、アリアの方も、自身の本体が壊れないのを理解しているようで、本体はレッドドラゴンに体当たりし、小ホーリーガードをサクヤの周囲に展開していた。
「グガアアアアア!」
強度は問題ないとしても、アリアとカナタの攻撃はそれほど高威力ではないため、レッドドラゴンにはダメージは与えられない。しかし、レッドドラゴンは自身の周囲を飛び回るアリアとカナタに夢中となっており、必要な仕事はこなしていると言えた。
「君、大丈夫?」
レッドドラゴンの注意がアリアとカナタに向いている隙に、サクヤは少女に駆け寄った。少女は突然現れたサクヤに驚いているようだが、思ったより落ち着いていた。
「あなたはいったい……」
「その話は後、あいつは私が……」
引き付けるからと言おうとしたサクヤだが、あの日説明された、レッドドラゴンは逃げる獲物に向かってドラゴンブレスを吐き出すと言う説明を思い出して後半の言葉を飲み込む。
はっきり言って、今のサクヤならレッドドラゴンから逃げる事は大して難しくない。しかし、少女を連れてとなるとまず不可能だ。その為サクヤは、少女を連れ出す為にレッドドラゴンを倒す必要があった。
「――私が倒すからそこで見ていなさい!」
「えっ……! そんな、逃げてください!」
サクヤはその状況で迷い無くそう言い放つ。しかし、その言葉を聞いた少女は信じられないといった表情をする。
(今の私はあの日の私とは違う。だからやれるはずだ!)
そう自分に言い聞かせ、心配そうにする少女の言葉を無視してサクヤはレッドドラゴンへ挑んだ。
「形成!」
サクヤはまず、グランエグゼを形成しレッドドラゴンへ近寄る。しかし、普通に攻撃しても何のダメージも与えられない事は分かっているので、グランエグゼはそのまま左腕の魔道具にセットする。
「グルルアアア!」
飛び回るアリアとカナタを破壊できない事を理解したレッドドラゴンは、その魔道具を操っているであろうサクヤに目標を変更した。レッドドラゴンはこの程度であれば頭が回るらしい。
「貫け、ペネトレイター!」
自分に向き直ったレッドドラゴンに対して、サクヤは魔道具にセットされたグランエグゼの切先を向け、貫通の魔道具を起動。グランエグゼを撃ち出す。
「グガッ!」
撃ち出されたグランエグゼは見事レッドドラゴンの頭部に命中するが、レッドドラゴンは強く殴られた程度のダメージしか負わず、鱗も砕く事が出来なかった。この事を考えると、最初のレッドドラゴンとの戦いの時、迅雷の能力でレッドドラゴンの鱗を破壊したカナタは凄かったのだなと再認識できた。
「なら魔法――」
サクヤは怯んだレッドドラゴンの頭部目掛けて跳びあがり、その額に右掌を押し当てた。
「ゼロ・インパクト!」
ゼロ距離衝撃魔法の力により、レッドドラゴンは更に頭を揺す振られるが、やはり鱗は砕けない。サクヤはレッドドラゴンを舐めていた訳ではないが、それでもここまでやっても傷一つ付けられないのは予想外だった。
「グガアアアアアア!」
「くっ、形成」
怒り狂ったレッドドラゴンはサクヤに向かって爪を振るい、更に喰らいつこうとする。しかし、最初の頃でも問題なく避けられていた攻撃が今更当たるはずも無く、回避自体は余裕を持って出来ていた。だが、このまま避け続けても意味は無い。何か打開策が必要だ。
(何か、何か!)
サクヤは必死に攻撃手段を考える。そんな時、サクヤは迷宮都市アルテミスで読んだ迷宮ギルドの指南書を思い出す。そう、あの本にはレッドドラゴンとの戦い方も書いてあったのだ。
(たしか、レッドドラゴンとの戦いには十分な準備が必要で、後は……!)
サクヤはレッドドラゴンの攻撃を回避しながら、左腕の魔道具にグランエグゼをセットする。そして、そのまま、レッドドラゴンへと突撃した。
「危ない!」
その様子を見た少女は、あまりの光景に声を上げる。何故なら、突撃したサクヤがレッドドラゴンの大きく開いた口に左腕を突き出したからだ。
「貫け」
レッドドラゴンはサクヤのその行動を見て、容赦なく左腕に牙を突き立てようとする。だが、レッドドラゴンの牙がサクヤの左腕に突き刺さる寸前で、貫通の魔道具が起動した。
「ペネトレイター!!!」
その瞬間、左腕から撃ち出されたグランエグゼは、レッドドラゴンの喉の奥に吸い込まれ、臓物を内側から突き破る。そう、レッドドラゴンは目も含め全身鋼鉄以上の強度だが、口の中だけはそれほどの強度はないのだ。
しかし、弱点が分っていても、喰らい付いてくるレッドドラゴンの口の中を狙うなど、簡単に出来るものではなく、多くの人間はそのまま体を喰いちぎられる事になる。
「うあああああ!!!」
だが、サクヤは、衝撃で仰け反ったレッドドラゴンの口から左腕を素早く抜く事に成功し左腕は喰いちぎられる事はなかった。しかし、回避は完全に成功した訳ではなく、レッドドラゴンの牙はサクヤの柔肌と、貫通の魔道具を引き裂く。
「あっ!」
その時、サクヤの目には、レッドドラゴンの牙に接触した部分から砕けていく貫通の魔道具が見えていた。そして、貫通の魔道具は最後に、サクヤの左腕のダメージを最小限に抑えるという役目を果たし、レッドドラゴンの口の中へと消えていった。
「グボッアガッグガアアアアアアアア!!!」
口から血を撒き散らせながら叫ぶレッドドラゴン。その生命力は凄まじく、臓物をグチャグチャに潰されてなお、レッドドラゴンは意識を失っていない。
その光景を見て、少女は短い悲鳴を上げて震え上がる。
「本当にしつこいなお前は!」
そう叫びながら、サクヤは暴れるレッドドラゴンの体を駆け上がり、背中に飛び乗ると、新しく覚えた魔法の一つを発動する。
「魔法グラビティ・ストライク!」
それは、足に重力魔法を纏わせ、蹴りが直撃すると同時に解放する魔法である。この魔法は横に対しても使用できるのだが、最も威力を発揮するのは真下に向かって使用した時だ。
「グブギャガアア!」
その一撃を受けて、暴れまわっていたレッドドラゴンは潰れたトカゲの様に、四肢を広げて地面に叩きつけられる。普段であればその程度の攻撃、倒れてもすぐに持ち直したかもしれない。しかし、このダメージでは流石のレッドドラゴンも限界だった。
「魔法グラビティ・ストライク! 魔法グラビティ・ストライク!」
息も絶え絶えなレッドドラゴンに対して、サクヤは止めを刺す為に更に近接重力魔法を二回発動するが、ここで問題が発生する。サクヤの幻想因子が切れ掛かってきたのだ。
元々、サクヤは魔法が得意ではない。その上、アリアとカナタは、しっかりとサクヤから幻想因子を奪って行動しているので、その分の消費量も馬鹿にならない。その結果の幻想因子切れである。
「くっそ……!」
サクヤは幻想因子の過度な減少による倦怠感に襲われながら、レッドドラゴンの背中から飛び降り、少女の傍に駆け寄る。
「あっ、あの!」
「大丈夫、あれはもう持たないわ」
サクヤはもしかすると駄目かもしれないと思いながらも、少女を安心させるため肩を抱き寄せ、レッドドラゴンが少しずつ動かなくなっていくのを眺めていた。そして、しばらくするとレッドドラゴンは完全に動かなくなり、その体は少しずつ、幻想因子に還っていた。
「終わった……」
そのサクヤの一言で、少女はレッドドラゴンが死んだ事を理解し、心から安堵したようにサクヤに抱きつきながらお礼を繰り返した。そして、サクヤはそんな少女の頭を撫でながら、自分が強くなったのだという実感を噛み締めたのだった。
こうして、あの日の再現の様な戦いは、サクヤ一人による勝利で幕を閉じた。
修正
5/30
(今の俺はあの日の俺とは違う。だからやれるはずだ!)
↓
(今の私はあの日の私とは違う。だからやれるはずだ!)
心の中の一人称は俺にしようとしましたがやっぱり私に変更します。
6/5
信じられないと言った→信じられないといった




