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第43話 終わりと始まりと

 ルキアが死んだ。その事実がサクヤの目の前に広がっている。


 ルキアが死んだ。その事実がサクヤの中に流れ込んでいく。


 ルキアが死んだ。その事実がサクヤの何かを変えていく。


「あ、ああ……」


 そして、サクヤは……。



『何で、記憶はちゃんと削除したのに! 人格だって、あれだけ念入りに……』



 サクヤは全てを思い出した。思い出してしまった。


「私……、俺は……。サクヤ……、ちが……。ご主人様……、ルキア……、弥生……!」


 この世界に来る前の記憶。エスタシアでの記憶、カナタの体に突き刺さる刃。リンドブルムでの記憶、消えていくアリア。それらの記憶が今の自分の記憶に加えられていく。そして、自分から忘れようとした記憶さえも蘇る。


「うっ! おえっ! うぇ……! 」


 たくさんの男達。動けない自分。流し込まれる。擦り付けられる。奪われる。心に刻まれる男達の欲望。嫌だ嫌だ嫌だ、思い出したくないと考えてもあふれ出してくる鮮明な記憶。


「あーあ、私は悪くないよ。魅了の魔眼を解除する為に、完全魔法の使い手を殺したら勝手に壊れたんだから、ヒステリックにならないでよ。えっ、それを私にしろって? うん、うん、おっ、それは面白そう。わかった、わかった、協力してあげるから」


 ユカリはそう言いながら、新しい人造神剣を大地に突き刺す。それは、二人の存在を周囲から隠す能力を持ち、サクヤとユカリは騒ぎを聞きつけてやって来た人間達から感知されなくなった。そして、周囲の喧騒をBGMに、ユカリは瓦礫に座りながら蘇った記憶に苦しむサクヤを頬に手を当てて、ニコニコと笑みを浮かべて見つめる。


「ああ……、うあ……」


 記憶に翻弄されるサクヤは、魅了の魔眼に支配されていた日々の記憶も思い出す。それは、自分の感情を無理やり操られた状態で過ごした日々。幸せな様な、無理やり感情を支配される苦痛の様な、吐き気を催す感覚に襲われるが、サクヤはそれら全てを自分の記憶として受け入れた。

 そして、全ての記憶を思い出し、受け入れたサクヤは、正気を取り戻し、震える体を無理やり動かしてユカリを見上げる。


「弥生は……死ん……、あなたは……」

「弥生? あれってそんな名前だったっけ? ああそうか、あれはあなたの向こう側での妹なんだっけ。そんな話を聞かされてたわ。まあ、落ち着きなさい。弥生ちゃん? は、まだ死んだ訳じゃないから」


 色々な記憶が混ざり、自分の喋り方すら定まらないサクヤは、その一言に信じられないといった表情をして、ルキアが倒れている方を見る。しかし、そこにはほんの少しの光の粒子があるだけで、何も残っていない。


「はいはいご注目、これをご覧ください」


 サクヤその言葉に誘われるがまま、ユカリの手元を見る。そこには、光る球体が入ったガラス瓶があった。


「これはあなたの、元ご主人様の魂の結晶だよ。何故彼女をこうしなければならなかったのかというと、あなたは彼女に洗脳されていて、それを解除するにはこうするしか方法が無かったから。でも、安心して、魂だけになっても彼女はまだ生きてるから」


 その言葉が事実であるかはサクヤには分からない。しかし、先程の戦い、様々な能力を使いこなしていたユカリを思い出すと、嘘ではないとも思える。


「そんな話、信じられる訳が……」

「信じるかどうかはあなた次第、だけど信じないならこの結晶は潰しちゃおうか」


 そう言うと、ユカリはガラス瓶を握る手に力を込める。ユカリとしては相当手加減をしているのだが、それでもガラス瓶はミシミシと音を立てる。


「待って!」


 ユカリの話を完全に信じた訳ではない。しかし、そのままその光景を見ている訳にもいかない。サクヤはそう考え声を上げた。


「理解してくれたようでうれしいな。それじゃあ、私の話を黙って聞いて」


 ユカリは一方的にそう言い放つと、サクヤに説明を開始した。


「まず、先に私が何者かについて説明しておくよ。まあでも、何となく分かってるんじゃない? 私はあなたと同じ方法でこの世界に来た同郷の人間だよ。ただ、違うところは、私は協力的な態度が認められて、人造神剣に宿っている存在と意思疎通が出来るってところかな」

「協力的……、意思疎通……」


 サクヤはおとなしくユカリの話を聞いているのだが、その様子はどこかおかしい。そう、それはまるで催眠術か何かで思考を誘導されている人間のようだった。


「んで、私の人造神剣エクスマキナは好きな能力を持たせた人造神剣を創造する力を持っている。因みにあなたの人造神剣は神意能力の吸収と封印の力をもってるよ。まあ、新しい能力を創る力と、神の能力を奪う力って訳。まあ、この力の内容を聞けば察するかもしれないけど、この娘らの目的はこの世界の神様を倒す事だよ。えっ、何でかって? それは自分の人造神剣にでも聞きな」


 聞けるのなら最初から聞いているとサクヤは考えるが、その事よりも、ユカリの話に集中する事にした。


「少し話が反れたけど、まあ、あなたが一番気になっている事を教えてあげる。あの弥生ちゃんを刺した人造神剣、あれは殺した相手の肉体を分解して魂の結晶に変える能力を持ったもので、結晶化した魂は私とエクスマキナが望めば自由に元に戻す事ができる。つまり、弥生ちゃんを生かすも殺すも私達次第って訳」

「なっ……!」


 サクヤは絶句する、そして理解する。目の前にいるユカリは自分と同じ世界の人間なのかもしれないが、心を許せる相手ではないという事を。


「ちゃんと理解してくれている様でうれしいな。それじゃあ、どうしたら私とエクスマキナがこの子を元に戻してあげたくなるか説明するね。方法は簡単、あなたがその人造神剣で神を殺してくれればいい。ただそれだけ。その目的さえ果たせたら、私達にはあなた達兄妹をこの世界でのんびり生活させる事も、元の世界に帰す事も不可能じゃない。理解した?」

「そんなの……いや……うん……わかっ……た……」


 無理だと言いたい、しかし、サクヤには従うしか道が無い。だからその内容を受け入れる。しかし、いくらなんでもサクヤは順応が早すぎる。それは、誰かに強要されているかのような早さだ。


「物分りが良くって私もうれしいよ。うんうん、エクスマキナもうれしいってさ」


 ユカリはそんなサクヤの態度を見てケラケラと笑う。その表情は平時であれば愛らしく見えたかもしれないが、今はただただ不気味だった。


「うんうん何だって、確かにこのままじゃ可哀想だね。分かった。創造、人造神剣エグゼコンバート」


 ユカリはサクヤを無視して何かと会話し、新たに創り出した二刀の人造神剣をそれぞれアリアとカナタに投げる。

 その二刀はアリアとカナタに衝突すると、砕け散り、二つの魔道具は光に包まれる。


「なっ、何をしてる!?」


 驚くサクヤの目の前で光は少しずつ薄れ、若干色合いの変わったアリアとカナタが現れる。


「大した事はしてない。ただ、その二つの魔道具に武器非携帯と永久不変の能力を追加して、長ったらしい発動宣言を短くしただけ。これでその二つはえーと、アリアとカナタかな? 触れながら元々付いていた名前を呼ぶだけで起動するようになったよ。あと、融合させたり形成させたりも出来るけど、グランエグゼと被らない様にそれぞれ名前を呼んだ後に形成や融合って言わないと反応しない様に設定したからよろしく」


 この話をダリルを初めとする魔道具技師が聞いたら、間違いなく卒倒するか発狂するであろう。何故なら魔道具起動の為の言葉は、増やす事は出来ても、一定以上削る事は出来ないからだ。もしそんな事が出来るとすれば、それは神の奇跡か、神への冒涜でしかない。

 サクヤはユカリがした事がどれだけの事なのか理解している訳ではない。しかし、普通ではない事だけは理解できた。そして、当然の疑問を口にする。


「なんでこんな事を……した……の?」

「なんで? うん、まあ、サービスみたいなもんかな。こちらとしてもここまで育った人間を簡単には手放したくないからね。ただ、こっちにも色々と事情があってこれ以上のサービスは出来ないかな」


 そう話しながらユカリはニヤニヤと笑っている。正直言ってこんな事が出来るのなら、ユカリがサクヤと一緒に旅をして神意能力者を倒す手伝いをするか、グランエグゼと違って普通の相手にも効果のある人造神剣を渡すなりしてくれればいいと思えるのだが、ユカリはそんな話が通じる相手ではなかった。

 黙っているサクヤを見て、ユカリは納得してもらえたと判断して立ち上がる。


「それじゃあ、お話はこの辺で終了。あっそうそう、私が必要な段階まで進んだら、グランエグゼが連絡してくれると思うけど、それまで私は一切手を貸すつもりは無いから、後は自力で頑張ってね」


 そして、ユカリはルキアの魂の結晶が入ったガラス瓶を手に取り、そのまま去ろうとした。


「待って! その瓶は!」

「これ? これは私が責任もって預かるから安心して。ただ、あなたが頑張ってくれないと割りたくなっちゃうかもしれないから気をつけてね。創造、人造神剣エグゼリープ」


 それだけ言い残し、ユカリは姿を消す。サクヤはまだ色々と聞きたい事があったのだが、自分の記憶すら整理が付いていないこの状況では、これ以上頭が働かなかった。


「またこれか……」


 サクヤは空に向かってそう呟きながら途方に暮れたのだった。


    ◇◇◇


 ――真っ黒な空間。


『あなたはよくもまあ、そんなにペラペラと嘘を並べられますね……』


 それは、サクヤとユカリの会話を聞いていたエクスマキナの素直な感想だった。因みに、エクスマキナは先程の会話の時に一言も喋っていないし、内容に関与していない。全てはユカリの一人芝居だったのだ。


「くっくっ……、ぷはっ! あははははははっ! いやぁ、あいつってほんとーーーに馬鹿だよねーーー!!! こんな与太話真面目に聞いちゃってさーーー! くふっ、ぷはっ、はははははっ! 笑い堪えるの大変だったわ。くはははは!」


 ユカリは先程のサクヤの様子を思い出して、腹を抱えて笑い転げる。そんなユカリの姿を見て、エクスマキナは流石に我慢が出来なくなる。


『それは……、グランエグゼの精神干渉でどんな話でも簡単に信じるように調節してたんですから当然で……』

「はあああああああ! あなたはあれが、私のトークテクのお陰じゃなくって、全部グランエグゼのお陰だっていうんですかぁぁぁぁあ! ああ、うっざ。私傷付いたわー、死んじゃおうかなー?」


 そう言いながらユカリはエクスマキナの切先を自分の首に押し当て、笑いながら自分の首を切り裂いていく。ドクドクとあふれる血液。食い込んでいく刃。それは、狂気に満ちた光景だった。


『お願い! やめてください……! 私が、私が全て悪かったです……。ごめんなさい……』


 そのユカリの奇行に対して、エクスマキナは自分に非があると認め、慌てて謝る。何故エクスマキナはこんなにもユカリに媚びへつらうのか。それは、相手の能力を自分に封印しているグランエグゼと違って、所持者の力量に左右されるエクスマキナは、所持者がいなくなればまた一から始めなくてはならず、今更代わりなど用意できないからだ。ユカリもその事を理解しているからこそ、自分自身を人質にするという狂った行動を繰り返し、今の力関係を手に入れたのだった。


「くはははは、分かればいいの、分かれば」


 ユカリはエクスマキナの謝罪を受けて、自傷行為をやめるが、傷はすぐには塞がらず、そのまま血を流し続ける。まあ、すぐには塞がらないといっても、ユカリはそれなりの自然治癒力があるので、放っておいても問題は無い。


「あっと、そうだ。このガラクタはさっさと捨てちゃおーと」


 ユカリはそう言うと、手元にあったガラス瓶を地面に叩きつけ、中に入っていた光る結晶を踏み砕く。


「何が魂の結晶だよばーか。んなもんある訳ねーだろうが! ぷふっ、くはははは!」


 そう、それはただの光源の魔道具であり、魂の結晶などではない。ルキアの魂の結晶など存在しないのだ。


「あの馬鹿はありもしないものの為に命を賭けて戦うんだろーなー。かーわぃそー、くふっ、あははは」


 サクヤが命がけで戦う姿を妄想しながらユカリは、久しぶりに良い夢が見れそうだと笑ったのだった。


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