第41話 この幸せな時間が永遠に続けばいいのに
「ふふふ、サクヤ、どう? 気持ち良い?」
「はい……ご主人様……。私……もう……!」
「あらあら、我慢出来ない子ね」
ルキアとサクヤは、ダリルから魔道具を買った次の日、魔法書が届くまでの暇つぶしのために、部屋に篭って何やら運動を行っていた。その運動はとても激しいもので、部屋の中は二人の体から発生している香りに満たされていた。
「ふう……これで16回目か。これ以上やったら頭がおかしくなっちゃうかもしれないからこの辺でやめましょうか」
「はぁ……はぁ……」
ルキアは右手に付着した水分を軽く振り払うと、息も絶え絶えになり動けないサクヤの頭を撫でる。
「それじゃ、少し休憩したら魔法書店で魔法書を受け取って、その後は雑貨や食料を買い込んで旅を続けましょう」
「はい……、畏まりました……」
ルキアは疲れて動けないサクヤの体に、自分の体を密着させる。その時、サクヤの体は暖かく汗ばんでいて、体を密着させた瞬間、水音が鳴り響き、ルキアの体もぬらしてしまう。しかし、ルキアは暖かく汗ばんだサクヤの体の感触が何故かお気に入りで、ついつい体をこすり付けてしまう。
「あの……」
「ん? あなたは休憩してていいのよ? 私が勝手に楽しむから」
そう言われたサクヤは、ルキアの命令に従い仮眠を取ったのだが、命令を出したルキア自身は、サクヤが目を覚ますまでその体を味わい続けたのだった。
「お兄ちゃん……」
サクヤの体を抱きしめながらそう呟いたルキアが、その時何を考えていたのかは、彼女にしか分からない事であった。
◇◇◇
――ミリシオン王国、とある魔法書店。
「はいよ。まったく、こんなに大量の注文を受けたのは生まれて初めてだよ。ははは」
魔法書店の店主は大変だったと話しながらも、口元はずっと笑みを浮かべていた。まあ、店主が笑顔になるのも無理はない。この日、ルキアが買った魔法書の冊数は57冊。しかも、平均金額が本来一冊金貨40~50枚なのに対し、一冊辺りが金貨250枚というぼったくり価格で販売されたのだ。
この日の売り上げがあれば、税金を取られたとしても店主は今後の人生を遊んで暮らせる事は間違いない。それは笑顔になるというものだ。
「本当ならもっと頼みたかったんだけど、無いものは仕方が無いわね。まあ、ありがとう」
ルキアの注文は白紙、記録済み関わらずありったけの魔法書を売ってくれというもので、その注文を受けた店主はまず、疑いの眼差しを向けたが、ルキアが白金貨を次々と出してくるのを見て、これは本物だと確信。街中にから魔法書をかき集めて販売を行った。
中には定価の二倍近い仕入れ値を要求される場合もあったが、こちらは定価の五倍の価格で販売できるのだから、それで問題ないと言って無理やり買い占めた。
この店主はルキアに取り寄せるのに時間がかかると言いながら、他の店で普通に買った物を数倍の価格で売っているので、詐欺だと言われても仕方が無いのだが、ルキアは特に気にした素振りも見せずに代金を支払う。ルキアにとっては、価格よりも歩き回る手間がかからない方が重要なので、その辺りは気が付いていても無視していた。
「は、白金貨がこんなにたくさん……。ははは」
この後、この大金が店主の人生を狂わせる事になるのだが、そんな事はルキアには関係の無い事である。ルキアとサクヤは店主から魔法書を受け取ると、上の空になっている店主を置き去りにして、そのまま店を出たのだった。
魔法書店を出たルキアとサクヤは、次に街を一望できるカフェレストランへと向かう。本来この店はいつも客であふれているが、今日はそこにはルキアとサクヤしかいない。理由はもちろんルキアが店を貸し切ったからである。
「さて、お腹も膨れた事だし、早速魔法のお勉強タイムといきましょうか」
「はい、ご主人様」
ルキアはウエイトレスを呼び、ドリンク以外のものを全て片付けさせ、テーブルに魔法書を置いていく。
「まずは、既に記録が済んでいる魔法書から使っていきましょうか」
「はい」
サクヤはルキアが置いていく魔法書を片っ端から習得していく。その魔法は戦闘用だけでなく生活用のものも混ざっているが、覚えていて困るものではないので特に疑問も無く覚える。そして、記録済みの魔法書が終わると、ルキアがたった今記録を済ませた魔法書を差し出してくる。
「次はこれね」
「はい……」
軽い気持ちで魔法書を差し出してくるルキアに対して、サクヤは冷や汗を垂らしながらそれを受け取っていた。それは、こんな高級品をたくさん使うなんてという感情でも、手間取らせて申し訳ないという感情でもなく、そろそろ記憶力に限界が来たという感情によるものだった。
ルキアは完全魔法により、この世の全ての魔法を使えるのだが、それは常に全ての魔法を記憶しているという意味ではない。どういう事かというと、ルキアが魔法を使う際、その脳裏には魔法の一覧の様なものが浮かび上がり、ルキアはそこから魔法を読み上げて使用しているのだ。
しかし、普通の人間にはルキアの様に脳裏にカンペが浮かんでこない。その為、自分が習得した魔法は全て一字一句間違えずに覚えなければならないのだ。しかしこれは、実際にやってみるとかなり難しく、世の中には自分が習得した魔法の名称が思い出せず、その魔法を使う事が出来なくなってしまったという魔法使いすら存在する。
まあ、これが一日二、三冊程度であるならば、何とかなったのかもしれないが、生憎そんなサクヤの事情を知らないルキアは、手持ちの魔法書を全てこの場で覚えさせるつもりらしく、次々と差し出してくる。
「これとこれは必要ないかもしれないけど、念の為ね」
「は、はい……」
正直言ってサクヤはもう既に、最初の方で覚えた魔法について忘れ始めている。まあ、名前を聞けば思い出せるとは思うが、今ここで全部言えと言われたら絶対に何割か思い出せないであろう。しかし、ルキアは無慈悲にも更に魔法書を差し出してくる。そしてサクヤはそのまま全ての魔法を習得した。
「これでよし。それじゃあ、しっかり使いこなしなさいね」
「か、畏まりました……」
サクヤはそう答えるも、一晩寝たら絶対に半分も覚えていないだろうなと感じていた。しかし、サクヤはルキアにそれを伝える事が出来ず、ただ只管に焦っていた。そして、そんなサクヤを眺めるルキアは、サクヤのそんな苦しみなど知らずに、何やら達成感に包まれた表情をしていた。
「こうやっていっぱい魔法を教えてあげたら、いつかあなたも私くらい強くなるのかしら?」
サクヤも神意能力者相手ならば十分ルキア並みに強いのだが、ルキアの言う強いとは、全ての相手に対する強さである。それが分かっているサクヤは、その言葉を否定する。
「それはありえません。ご主人様の強さは使える魔法の数ではなく、連続して使える魔法の量によるものです。ですから、私がいくら魔法を覚えてもご主人様には届きません」
それは真実である。サクヤの魔法適正では、同じ効力でも、魔道具で発動させる時と魔法として発動する時とでは消費する魔力に十倍以上の差が存在するし、ルキアと比べた場合は更に百倍以上の差がある。そして、幻想因子の回復速度だって、二人には天と地ほどの差があるのだ。その為、サクヤが魔法をいくら覚えてもルキア並に使いこなすなど不可能だ。
それでもルキアがサクヤに魔法を覚えさせるのは、レベルなどの分かりやすい数値が無いこの世界では、この方法が一番成長させているという実感が得られるからだ。それは、はっきり言ってルキアの自己満足でしかないのだが、ルキアにとってこの世界は一人用のゲームでしかない為、それで十分だった。
「そうかな? まあ、魔法だけが強さじゃないし、サクヤはその魔法を生かしつつ、サクヤの戦い方で私と同等まで成長してくれればそれで十分だよ。気長に一緒に頑張ろう」
ルキアはそう言ってサクヤに笑いかける。今までルキアはサクヤの様に魅了した女達を使い捨てにしてきたが、もうそんな事をするつもりは無かった。今やサクヤはルキアにとって、この世界でたった一人の大切な存在になっていたからだ。
しかし、ルキアには一つだけ不安があった。それは、サクヤがルキアの能力で無理やり従わされているという事である。
ルキアにとって、サクヤはゲームの中の登場人物でしかないのだが、それでも、愛着のあるキャラクターを強制的に従わせているというのは申し訳の無い気持ちになる。だから、ルキアはそろそろ魅了の魔眼の能力を解除したいと思っているのだが、この能力は死んだ時のみ解除可能な能力である為、それも不可能だった。
「ごめんね……」
ルキアは俯きながらサクヤに聞こえないくらいの小さい謝罪をする。それは、意味の無い行為でしかないが、少しだけ、ルキアの心は軽くなった。
◇◇◇
「はは、アレが今回の生贄か、なかなか可愛いじゃん。んで、あっちが目標か」
『そうみたいだね。でも、あれも中々良い固体だから、少し勿体無いなぁ』
ルキアとサクヤがいるレストランから離れた位置にある建造物の屋上から、ユカリは二人の様子を観察していた。本来そこから二人のいる場所は離れすぎていて、様子を確認できる訳が無いのだが、ユカリは右手に握られた一本のナイフから映し出される映像を見て、楽々観察を行っていた。
このナイフは、向けられた先にあるものを自由に透過、拡大して観察できる優れもので、様子を伺うには最適の道具である。そして、このナイフは人造神剣エクスマキナから生み出された、紛れも無い人造神剣であった。
「勿体無いって言っても、完全魔法の使い手は誰がやっても大して変わらないし、どうせ最終的には用済みで廃棄処分される運命なんだから、早いか遅いかだけじゃん。それなら、問題になる前に処分した方が良いでしょ」
『確かにそうだけど、グランエグゼが出来上がるまでは、まだまだ時間がかかるし、もう少し待っても……』
「駄目駄目、私の目的はあの娘に恩を売って感謝される事なんだから、その選択肢は有り得ないよ」
傍目から見るとユカリは独り言を繰り返しているように見えるが、実際には楽しそうにエクスマキナと話をしていた。そして、会話の内容から、二人の上下関係が、サクヤとグランエグゼとは逆であると分かる。
「さてと、それじゃあ最後の強化作業も終わった様だし、そろそろ仕掛けますか」
『いや、あの……、せめて街を出るまで待った方が……。そうしないと街の人に被害が……』
エクスマキナはユカリに向かって申し訳なさそうに進言する。しかし、ユカリはその言葉に対して難色を示す。
「はあ? この世界の人間がいくら死のうが私には関係ないんだけど? なんでいちいちそんな事心配しなくちゃいけないの?」
ユカリは当然の様に言う。ユカリはルキアと違ってこの世界が本物の異世界であり、そこにいる人間たちが紛れもなく一つの生命だと認識している。しかし、それを踏まえた上でこう発言しているのだ。
『だって、それって無駄な人殺――』
「ははは、面白い冗談だね。あなた達の計画がもし完遂したら、この世界にいる人間はみんな死ぬ事になるんだから、無駄な人殺しもクソも無いでしょ? それとも何? 自分達が殺すのは致し方のない犠牲で、私が殺すのは無駄な人殺しだって言うの?」
ユカリは何も言い返せなくて黙ってしまったエクスマキナを嘲笑いながら、サクヤのいる方向を見つめる。そして、これから行う事を考えて獰猛な笑みを浮かべる。
「さあ、グランエグゼのお人形さん。あなたの今の実力を見せてみな。創造、人造神剣エグゼアーチェリー」
ユカリによって創り出された人造神剣。その人造神剣は、剣身を左右に展開し、弓の形へと変形していく。これを剣だというのは無理があるが、ユカリが人造神剣だと認識していれば、それはどんな形でも人造神剣なのだ。
「創造、人造神剣エグゼグラウンドゼロ」
そして、ユカリは呼び出したもう一つの人造神剣を矢としてエグゼアーチェリーに番える。
「これで死んだら、運が悪かったと思って諦めてね。グランエグゼ」
そう呟きながら、ユカリはエグゼグラウンドゼロをサクヤのいる建物へと放った。




