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第3話 それは命を懸けた選択

 サクヤの視線の先にいる生物、レッドドラゴンは全長10メートルを超える巨体で、翼の生えたトカゲの様な外見だった。

 レッドドラゴンは四本足で大地を踏みしめ、鋭い牙と棘の付いた尾、前足の鉤爪で護衛の兵に襲い掛かっている。その全身は赤一色の鱗で覆われており、剣や槍による攻撃を受けても傷ひとつ付いていない。

 背中にある翼は体に対して小さいように感じるが、生えているからには飛行が可能なのであろうと想像できる。


 それに対して護衛の兵達はとても軽装だった。鎧どころか胸当てすら付けておらず、軍服に似た衣服を着ているだけで日常生活をそのまま過ごせる様な格好だった。手に持った武器は中世をイメージさせるのに防具に関しては現代に近い装備なので違和感があったが、サクヤは自分も大差の無い格好だと気が付いた。


 そんな、兵達に守られるマナステアは金髪碧眼で美しいドレスに身を包み、見た目でもお姫様か貴族だとわかる格好だった。見た目は外国人なのに日本語をすらすらと話しているのには違和感があるはずだったが、ゲームやアニメで慣れ親しんでいるサクヤは、それらの違和感をすぐに感じなくなっていた。


「グオォォオアア!」


 レッドドラゴンが躓いて体勢を崩した人に向かって長い尾を横薙ぎに叩きつける。


「うわああぁぁぁぁっ」


 棘だらけの尾を腹部に受けて、大柄な男性が血肉を撒き散らせながら50メートル程飛ばされ、受身も取れずに頭から地面に叩きつけられる。耳障りな音が響き渡り、男の首がありえない方向を向いた。その首からは白いものが突き出し、男の倒れた地面には赤い水溜りが出来上がっていく。

 確認するまでもなく即死だ。


「あ、ああぁ……」


 サクヤは恐怖で意味の無い言葉を漏らしていた。サクヤはオークと戦った時に命の危険をそれほど感じていなかった。それは、オークの目的がサクヤを生かして捕まえる事だったからだ。オークからは欲望は溢れ出していても、殺意は無かった。女としての自覚の無いサクヤには、一方的に犯される恐怖というのがよくわかっておらず、結果、恐怖心が希薄だった。


 しかし今、目の前で起こっているのは、純粋な殺戮だった。

 自分と同じ人間が当たり前の様に死んでいく。元の世界で人が死ぬ瞬間を見た事が無いサクヤにはその事が恐ろしかった。次に殺されるのは自分かもしれない。人間はあんなに簡単に死ぬのに、なぜ自分だけは大丈夫だと思える。サクヤには、いきなり異世界に飛ばされて死を恐れずに戦う、ゲームの中の少年少女達の気持ちが理解できなくなった。


 怖い、怖い、怖い、怖い。


「とにかく時間を稼いでください!そうすれば――」

「出来るならやってますよ!」


 恐怖で固まるサクヤの視線の先で兵達は必死に戦っていた。

 護衛対象であるマナステアはしゃがみ込んだまま一歩も動かず、その隣には頭は良さそうだが力は無さそうな中年の男性が寄り添っている。その二人からレッドドラゴンを遠ざけるため、兵達は無茶な戦い方を強いられ、どんどん疲弊していっていた。


 サクヤは知らない事だが、ドラゴンは逃げ出そうとする獲物がいると、その獲物をドラゴンブレスなどで優先的に狙う習性がある。そのため、マナステアは逃げ出す事が出来ず、兵達も勝ち目のない戦いを続けるしかなくなっていた。生き残った者達は人数が多い時にうまく逃げるべきだったと後悔していたが、もうどうしようもなかった。


「私の神意能力さえ発動できれば……」


 兵達の中で一人だけ未だにあきらめていない少女がいた。その大和撫子を思わせる腰まで届く黒髪の少女は他の兵に比べて明らかに動きが違った。誰よりもレッドドラゴンに近づきながら全ての攻撃を回避し、隙を見つけては手に持った日本刀の様な武器で攻撃を仕掛けている。だが、その攻撃は全て鱗によって弾かれ、結果的には何の成果も出せていなかった。


 しかし、少女には奥の手があった。それさえ使えればドラゴンにも負けない。それだけの自信が少女にはあったのだ。その奥の手を使うには準備の為しばらく動く事が出来なくなる。だからその時間を稼いでくれる様に他の兵達に指示したのだが、少女の様に戦える兵はおらず、準備が終わる前に妨害され続け、もう少女抜きではまともに戦えない状態になっていた。


(もう駄目かもしれない)


 必死に戦い続けた少女の心はもう限界だった。そんな奇跡は起こらないとわかっていても、誰かが助けに来てくれる事を祈るしかなかった。

 その祈りをあざ笑うかの様にまた一人、兵が死んだ。

 それを見て、その場にいる全員が同じ事を思った。自分はここで死ぬのだと。


「逃げよう……」


 サクヤは上半身がレッドドラゴンの口の中へ、下半身が地面へ落下した男の死に様を見てそう呟いた。

 サクヤにはまともな武器がない。レッドドラゴンも襲われている人達もサクヤの存在に気が付いていない。逃げたとしても誰も咎めないし仮に気が付く人がいても仕方がない事だとわかってくれるだろう。


「逃げるんだ……」


 だから、迷うことはない。逃げるべきだと自分に言い聞かせるが、足は一歩も動かない。それが少女達を助けたいという思いからなのか、単純に恐怖によって足が動かなくなっているからなのか。それすらもサクヤにはわからなかった。


 ただただ戦いを眺めるだけの時間が過ぎていく。助けるのならば早く助けなければまた人が死んでしまう。逃げ出すのなら少女達が全滅する前に逃げなければ危険だ。選択肢は二つしかないのにどちらも選ぶことが出来ない。サクヤの思考が完全に停止してしまった。


 その時、どこからともなく天使のように愛らしい少女の声が聞こえてきた。



『所持者から規定値以上の恐怖心を確認、精神崩壊の危険性あり』



 その少女の声は美しく、聞いたもの全てを虜にするような魅力があった。しかし、声の主は見当たらず、その声もサクヤにしか聞こえていなかった。



『緊急事態と判断。恐怖心消去装置を起動します』



 聞こえているはずの愛らしい声。しかし、サクヤの脳はその声を記憶することが出来ず、何かが聞こえた様な気がする程度にしか理解できない。


「あ……れ……」


 声は記憶に残らないが何かをされたという事実だけは残っていた。サクヤは自分の思考が急に動き出したと感じる。そして思う、今まで何を恐れていたのだと。



『精神状態安定、危険を伴いますが以後恐怖心消去装置は常時最大出力で起動を維持します』



 自分が何を怖がっていたのかわからない。自分以外の人間が死んだ?だからどうした。死ぬ事を何故恐れる。人間いつかは死ぬのだ、なら命を賭けてでもやりたい事をやるべきだろう。サクヤの頭はその考えで埋め尽くされる。

 サクヤの中で何かが壊れていった。



『所持者の逃走という選択肢を消去するため、闘争心増幅装置出力80%で稼動中』



 そうだ、逃げるなんていう選択肢は存在しない。異世界に来て、俺は既に一度戦っているのだ。相手がオークからドラゴンに変わっただけ、やる事は変わらない。簡単な事だ。死ぬまで戦い続ける。それが自分の存在理由であるかの様に。サクヤは自分に言い聞かせる。

 サクヤの心が、価値観が壊れていく。



『所持者を戦闘状態へ誘導完了。対神兵装は使用不可能の為、戦力差は歴然。所持者が死亡した場合の対応を準備』



「――戦う」


 それだけを言い残して、サクヤはレッドドラゴンへ向かって走り出した。その瞳は自らが下した決断になんの疑問も持っていないと語っていた。

 死へと向かうサクヤの手の中で、いつの間にか呼び出されていたグランエグゼが明滅した様に見えた。



『ここで死ぬ様な器ならあなたは用済みです。精々頑張ってくださいね、御主人様あたらしいおにんぎょうさん



 人間は自分の意思で考え、決断し、行動する。しかし、それは本当に自分の意思なのだろうか。



『全ては神を殺すために』

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