第38話 ミリシオン王国
「着いたわ。ここがミリシオン王国よ」
「ここがそうですか」
ルキアとサクヤは、ムーンベアーとの戦いの後も魔物の襲撃を何度も受けたが、ルキアの支援魔法のお陰で大した苦労も無くミリシオン王国に辿り着いた。
「ゆっくり歩いてきたから時間がかかったけど、色々と実験も出来たし、良しとしましょう」
「はい、ご迷惑をお掛けします」
本来無限に等しく魔法が使えるルキアは、様々な魔法を駆使する事で、高速で移動する事も可能だ。しかし、ルキアはサクヤに戦闘経験を積ませたり、サクヤ用の魔法候補の使い勝手を調べたりする為に、あえて魔物と出会うようにゆっくりと移動していた。
ルキアは今までの奴隷に対しては、荷物の様な扱いをして、このような対応をしてこなかった。しかし、サクヤは今までの奴隷と違って、経験を積ませれば積ませるほど強くなっていくので、魔物退治や無駄な移動も楽しみながら行えていた。
「いいよ、私が好きでやっているんだから。それより、この国には戦闘用の魔道具を扱っているお店がたくさんあるらしいから、見て回りましょう」
「ありがとうございます」
ルキアは全ての魔道具の元になっている魔法も使用する事ができる。その為、魔道具を買うというのは全てサクヤの為の行為である。サクヤはそんな風に自分を気遣ってくれる主に対して、より強い愛を抱いていた。
そして、そんなサクヤの想いに対してルキアは、予備のアバターを着せ替えるような感覚で接していた。
◇◇◇
ミリシオン王国、この国は戦闘用魔道具の生産が盛んな国ではあるが、その品質についてはあまり良い評価は得られていない。要するに大量生産の粗悪品が多いのだ。
しかし、この幻界は最低限の力を持っていなければ、その日生きる事さえも困難な場所である。例え粗悪品だろうと、格安で戦闘用魔道具が手に入るミリシオンは、いつも人々で賑わっていた。
「おいテメェ! 今ガン飛ばしやがったな!」
「ああ! オメェの方こそ俺様にガン飛ばしやがっただろ!」
しかし、人々で賑わうという事は、こういった人間も集まりやすい事を意味している。基本的に平和である人界と違い、幻界ではこういった小競り合いは日常の光景だった。
「はぁ、ああいううるさいのは勘弁して欲しいわね。サクヤ、迂回しましょう」
「あの、あの程度であれば簡単に蹴散らせると思いますが……」
「そういう訳にはいかないでしょ、もう」
ルキアはこの世界の住人をゲームのキャラクターだと思っている。しかし、ルキアには街中のNPCを無駄に虐殺する趣味は無い。敵であったり、目的があったりしなければ、無理に戦おうとも思わないのだった。
「おい、そこの小娘! 今、俺の事を笑っただろう!」
しかし、そんなルキアの慈悲に気が付かない怒鳴り合いをしていた男は、自分からルキアに向かってくる。
因みにこの時、ルキアもサクヤも男の方は見ておらず、周囲の人間は完全な言い掛かりだと分かっていた。だが、他人の不幸を助ける余裕がある人間はこの場にはいなかった。
「どいつもこいつも俺様を馬鹿にしやがって! ぶっ殺してやる!」
そう叫びながら男は腕に付けた魔道具に手を伸ばす。その瞬間、サクヤが男に向かって跳ぶ。
「形成!」
正直言って、この時ルキアは困っていた。あらゆる魔法が使えるルキアは手加減というものが苦手で、街中で被害を抑えてという前提があると、咄嗟に使うべき魔法が選べないのだ。その為、サクヤが行動を起こしてくれたのは有難かった。だから、ルキアはサクヤの頑張りを見守る事を選択した。
そんな主の想いを受けて、サクヤは男に接近する。対して突然剣を出して襲い掛かってきたサクヤに驚いた男は、半狂乱になりながら、魔道具をサクヤに向ける。
「魔法シールド」
「クイック・ショット!」
男が構えた魔道具が大した威力の無いものだと判断したサクヤは、シールドの魔法を先行して発動。男の放った光弾は、シールドに防がれ砕け散る。
「ヒッ!」
女々しい悲鳴を上げる男の右肩に、サクヤは容赦無くグランエグゼを叩き込む。その一撃は男の肩を脱臼させ、そのまま男を転倒させる。
「アガッアアアアアアア!」
男は脱臼と殴られた事による痛みでのたうちまわるが、正直言って、殺されなかっただけ運がよかったとも言える。
「ははは……」
そんな地面をのたうちまわる男に、サクヤはゆっくりと近付く。その時のサクヤの表情はいつも通り死人の様な目に口元だけ笑っているというもので、周囲の人間達に恐怖の感情を覚えさせた。
「ご主人様を殺そうとする奴は許さない……!」
そう言いながら、サクヤはグランエグゼを籠手型魔道具に装着、男にその切っ先を向ける。
「お、おい何もそこまで……!」
「誰か止めろ!」
先程までルキアとサクヤを助けようともしなかった人達が急に騒ぎ出す。その様子を見てルキアは、イラツキを覚えながらも、サクヤに命令を出す。
「サクヤ、その辺で――」
「貫け、ペネトレイター!」
「や……め……」
しかし、ルキアの命令は間に合わず、サクヤはグランエグゼを撃ち出してしまった。その時の衝撃音、何かが突き刺さる音、一瞬だけ聞こえた男の悲鳴。それら全てが男の命運を語っているようだった。
「あ……ああ……」
しかし、ルキアが男の方を見ると、男は放心し下半身から洪水を発生させながらも生きていた。どういう事かと目を凝らすと、グランエグゼは男の手前の地面に突き刺さっている。どうやらサクヤは、自分で判断してちゃんと攻撃を外してくれたようだった。
「次は当てる分かったらもう――」
「うあああああああああああ!!!」
サクヤはもう、ご主人様に手を出すなと伝えようとしたのだが、男は叫び声と水飛沫を撒き散らしながら走り去ってしまった。そして、周囲の人々は、人死が無ければこの程度良くある事といった感じで日常に戻っていた。
因みに、最初に男と怒鳴り合いをしていたもう一人の男は、サクヤがグランエグゼを出した時点で逃走していた。
「ふう、良く判断したわねサクヤ。偉いわ」
「ありがとうございます」
ルキアの労いの言葉を受けるサクヤは、尻尾があれば振り回す勢いで喜んでいるのだが、その目がいつも通り濁っているので、不気味でしかない。そんなサクヤを一瞬でも見た人々は、関わりたくないといった態度でそそくさとその場を離れていった。
「いやぁ、お嬢さんお強いですね」
しかし、そんな人々の中でたった一人だけ、二人に声をかけてくる人物がいた。その男は中肉中背で顔も普通。特に特徴の無い人物だった。そんな、男を見て、サクヤはルキアを守る為にルキアと男の間に立った。
「ああ、警戒しないでください。僕はダリル、この国で魔道具技師をしている者です。お嬢さん達が珍しい魔道具を使いこなしているのを見て興味を持ったのでお声をかけました」
「魔道具技師?」
サクヤに殺気を向けられながらもにこやかに話し続けるこの男は鈍いのか、肝が据わっているのかどちらだろうと考えながら、ルキアはダリルを観察する。しかし、元々人付き合いが苦手でゲームにのめり込んでいたルキアには、見ただけで人の性格を読み取る能力など備わっていない。
だからルキアは、これがゲームのイベントなのだと考え、ダリルの話を聞いてみる事にした。
「サクヤ、取りあえず話を聞いてみるから下がりなさい」
「畏まりました。ご主人様」
ルキアの命令を聞いたサクヤは、ダリルに警戒しつつも、ルキアの横に並ぶ。そんなサクヤをダリルは値踏みする様に眺めていた。
「ふむふむ、君たちは主と従者といった感じなのかな? なるほど、良く訓練されている」
ルキア自身の強さを知らないダリルから見れば、サクヤは護衛のための人間で、ルキアはどこぞのお嬢様に見えるのであろう。そして、ルキアもその考えを察して、ここは強さを隠したまま話す方がいいと判断した。
「そんなところね。んで私たちはこの子用の魔道具を買い揃えにこの国に来たのよ」
「なるほど。そこの凛々しいお嬢さん用の魔道具ね。それで? 購入する店は決まっているのかい? この国にはたくさんの戦闘用魔道具店があるが、変な店にあたると大変だよ?」
ダリルは困っている二人にアドバイスをしてあげている様に振舞っているが、要は自分の店を紹介しようとしているのだ。ルキアはキャッチセールスをあまり信用していないが、この世界に来てから、相手に話しかけられてイベントが進行するのは珍しかった為、これが良いか悪いかは分からずとも、意味のあるイベントだと判断して話に乗る事にした。
(まあ、何かあっても、私の完全魔法があればどうとでもなるしね)
そんな楽観的に考えるルキアの横で、サクヤはダリルに対して警戒心を持ちつつも、ルキアの考えを表情から読み取り、従う事にした。
(ご主人様可愛い。ご主人様大好き。ご主人様守る。ご主人様に従う。ご主人様の為に……)
サクヤにとって大事な事はルキアが幸せな事である。だから、ダリルがルキアを幸せにしている間は、サクヤはダリルの事を道端の小石程度にしか感じない。 しかし、もしもダリルがルキアを不快にしたその時は、サクヤにとってダリルは処分しなければならないゴミとなるだろう。
「あらあら親切なダリルさん。そこまで言うならお勧めのお店も紹介してくださいな?」
「おやおや愛らしいお嬢さん。そんな風に聞かれると答え辛いが、どうだろう。僕のお店を見ていかないかい? 愛らしいお二人になら特別サービスするよ」
その一言に対して、ルキアは自分の最も重視している点を告げる。
「正直私はお金の事に不安は感じていないの。だから、サービスするのは品質でお願いするわ」
その言葉を聞いて、ダリルは満面の笑みを浮かべ、手を左右に広げて答える。
「はっはっはっ、それなら安心していいよ。なんせ僕の店、ダリル魔道具店は、物は良いのに売る気がねのか、何だこのクソみたいな値段は! と大絶賛されているお店だからね。期待してくれてかまわないよ」
「ふふ、それは期待できそうね。それじゃあ、案内をよろしく」
「はい、喜んでエスコート致しますよ、お嬢さん方」
ルキアは考える。一般的にゲームでこういった展開になる場合は、一癖あるけど本当に良い物ばかりの場合か、ゴミ置き場の様な惨状を見せ付けられる場合かのどちらかだ。
「さてと、どちらになるかしらね」
ルキアは誰にも聞こえないくらいの大きさの声でそう呟きながら、サクヤと共にダリルの店へと向かったのだった。




